第十七話 貴族たちの晩餐
今、ブルベギーアドは死んだ。それは確かなことだ。まさか、こんなミイラになって生き返る吸血鬼など居はしないだろう。……念には念を入れて、この城の何処か狭い部屋にぶち込んでおくか。窓などない場所、地下牢とかだろうか。後でベハオプテンに探させよう。
私はブルベギーアドの死体の横に立っていた。もうそろそろ夜明けが近い。疲れ切って眠ってしまったゲバルトをどうするか悩んでいた。ベハオプテンは自分の屋敷へ運ぼうとしているようだった。それに、ヴェアティが反発している。まるで取り合っているみたいだな。面白い。しかし、そういうことは私のいない場所でやれと言っていたはずだが。……ベハオプテンには言っていなかったな。これは仕方のないことだろう。私は冷たい石畳の床の上に座り込んだ。
超次元収納ベルトの中には、様々な道具が入っている。手先が器用になるガントレットだったり、強制的に指をつぶす指輪だったり、便利屋時代の大切な品物たちだ。私はその中から、一本の瓶を取り出した。BFR薬。あのときゲバルトに使用してやった、貴重な回復薬だ。
口から血が垂れる。ベハオプテンに心臓を刺されたダメージがまだ色濃く残っている。確かに生命活動には何の異常もない。だが、ダメージはしっかりと入っている。このまま活動を続けるのは、極めて不都合と言えよう。
BFR薬は、ズィーベン社の高価な医薬品だ。どんな傷もたちまち元通り!それがキャッチコピーだった。私は、その中身を一気にあおった。クソまずい。やはり、この味に慣れろというのは厳しいものだ。ゲバルトにやったように、身体にぶっ刺して使ったほうが、味覚細胞的には優しいだろう。
思わず吐き出してしまいたくなる不快感が迫り上がってくる。だから、使いたくないのだ。色は黄色、ドロドロとしていて、のどごしは最悪。おそらく、田んぼの水を飲んだほうがいくぶんかマシな味だろう。ベハオプテンから血でも分けてもらうか。
そう言っているうちに、体が正常な状態へ復帰していく。胸の辺りの違和感は綺麗さっぱり無くなった。
「あのですね、私が先にゲバルトさんと知り合ったんですから、私が看護するのが当然ってもんじゃないんですか?」
「知らないわよ。私は勇敢なる剣士に相応の褒美を与えようとしているだけよ?何そんなに拒むことがあるのよ?」
「それは……色々ですよ!まだ信用し切ってませんからね!?」
「あらぁ、それは悲しいわね。また裏切ると思った?裏切ると思った?あの時どんな気持ちだったのか聞かせてもらえるかしらぁ〜?」
私の後方で、騒々しい二人の喧嘩が聞こえる。思わずため息が漏れてしまった。ベハオプテン、お前はどうしてそこまで調子を取り戻せるんだ。私が先ほど心を折ってやったばっかりだろう。まあ、心の強いのは良いことだ。簡単に崩れるお豆腐みたいなメンタルでは、これからやっていけないだろうからな。しかし、あまりにも長くやられるとこちらにも精神的負荷がかかる。終わらせてやろう。
「ヴェアティ、ベハオプテン。あまり五月蝿くするな。ゲバルトに響く。それに……ゲバルトは私が診ておいてやる。」
ぱた、と言い争いの声が止む。それと同時に、二人の視線がこちらを向いた。驚きの感情が滲んでいる。
「そもそも、あなたたちには役を用意してある。まさか、ブルベギーアドを殺しただけで、この街が手にはいるとでも思っていたのか。よって、これから私たちは吸血鬼の貴族たちを従え、人間たちを支配する作業に取り掛からなければならない。その大役を務めてもらうぞ。」
吸血鬼の貴族たちが、円卓に招かれていた。第一貴族を中心に、政治の中枢にかかわる者たちが集められている。彼らのもとにはすでに、ブルベギーアドの死去の情報が伝わっていた。
時は深夜。ベハオプテン主催の街議会では、静寂が広がっていた。誰も一言たりとも言葉を発さない。お互いに睨み合い、肩をいからせ、牽制し合っている。
一人の給仕が、円卓に置かれたグラスに血を注いでいく。ややくぐもった音が、鮮明に耳へ届いた。全ての議員たちのグラスに血が満たされたが、誰も手を付けようとしない。重苦しい空気が、手を伸ばすことを禁じていた。
廊下から、足音が近づいてくる。規則正しく、一定の速度で、空気がわずかに揺れる。ある貴族はネクタイを締め直し、ある貴族は肩を払った。
開かれた議場の扉。そこから、一人の人間が入室した。まだ年若い少女。一歩ごとに、銀の髪が揺れる。その目は血のように紅く、獲物を見据えているように鋭かった。
彼女はベハオプテンの所へと真っ直ぐ向かった。そして、空席に座ると、口を開いた。
「ごきげんよう、貴族の皆様方。私、シェリルと申します。…急な召集、お詫びいたします。しかし、何故これを開くに至ったかは、皆様方、既にご存知でしょう。……よって、この会議、公正と平和のもと、合意に向かいたい。よろしいですか?」
私は少女を見つめた。やけに堂々としており、絶対的な自信が見て取れる。纏った黒いスーツには、一切の汚れもシワも無かった。
「……良いでしょう。我々も、あなたとお話したかった。貴族議会議員一同、礼節を持ってお出迎えいたしましょう。」
第一貴族ヴォルヤードが浅く礼をするのとともに、私も小さく礼をした。少女も、頭を少し傾けた。
「感謝いたします。では、早速本題に入らせていただきたく。……私が望むのは、私兵の使用権と、ベハオプテン令嬢の首長継承です。今後これ以上を望むことはなく、そして、これが最大限譲歩した要求です。」
その言葉を聞き、第一貴族レイティシアが少女に質問を投げかけた。
「……街の所有は望まれないのかしら?街議会長であったブルベギーアド様を殺害されたのですから、それぐらいは譲歩できますわよ?財産に税をかけたり、人民の解放など……何を言われるか、冷え冷えとしておりましたのに。」
一瞬、少女が固まった。まさか、吸血鬼がこれほどまでに狂気的だとは想像もしていなかったのだろう。少し考え込む素振りを見せた後、少女はベハオプテンに何かを囁いた。ベハオプテンは席を立つと、一礼をして廊下へ出ていった。少女はこちらへ向き直り、次の言葉を紡いだ。
「……望みません。あくまで、先ほど述べた二つ。それさえ了承していただけたら、今日の議会は散会となります。」
これから、どうなるか。それは一目瞭然であった。誰もが結末を予測していた。
「では、決を採る。シェリル殿の要求を飲むことに反対のものは起立せよ。」
ヴォルヤードの言葉が発せられた後、僅かな音も議場には響かなかった。
「……可決とする。我々は今後、シェリル殿の派兵要求に従い、そして、新街議会長ベハオプテンの指導のもと、ルウィニーアートを運営していくことを誓う。」
議場に拍手が起こる。力強い拍手を行う者もいれば、興味なさげに適当な拍手を行う者もいたが、手を動かさない者は居なかった。
文書が回されてくる。一応、新たな法ということになるので、全貴族議会議員の署名が必要だ。私は胸ポケットからペンを取り出し、署名した。
しばらくしてお開きとなった議会だったが、我々にはまだ、アレが残っている。そう、パーティだ。今日の主催者はもちろんベハオプテン。もともとは貴族たちの溜飲を下げる為だったのだろうが、全く反対しなかったため、単純な交流会となっていた。
会場では、様々な話題が飛び交い、今日の議会について話している者は僅かであった。かく言う私も、あの議会に大した興味はなく、このパーティに参加したのも、暇だったからなのであるが。
「ごきげんよう、ヴィッセント財務大臣。今後の見通しをどう持たれますか?」
「……私が思うに、おおよそ安定とは言い難い方向へ進むでしょう。ただ、退屈を紛らわすのにはうってつけだとは思いますがね。」
「貴重なご意見、ありがとうございました。」
「かまいません。私も誰かに話したかったもので。」
おそらく記者だろう、若い吸血鬼はそそくさと去って行った。しかし、財務大臣である私に聞かれてもしょうがない。専門家ではない以上、いかに立場があるとしても、素人同然の意見しか言えないのだから。
「……今後は、しばらく遊戯を見に行かずとも良さそうだな……。」
私は新鮮な血の入ったハーブティーに、そっと口をつけた。




