第十四話 ようこそ、ベハオプテン
「ところで、ベハオプテン。目立つ状態に成れて嬉しいか?」
胸を剣が貫き、そこから血を滴らせているベハオプテンは、片方の口角だけを上げた不気味な笑みを浮かべるシェリルを睨みつけた。握られた拳は震えていて、息を荒げているところからも、苦痛に耐えているのだろうということは推測できた。何故ここまで心を保っていられるかの予測はついている。ブルベギーアド。あの男が自分を助けてくれるだろうという根拠のない確信に縋り付いているのだ。ならば、それを完膚なきまでに叩き潰すのが最善だろう。
「………何勝ち誇ったような笑みを浮かべてるのよ………。笑うがいいわ、どうぞご勝手に?」
「おっと……意識してやったつもりはなかったんだ。どうか許してくれないか?」
「煽ってんの?………うざったいわね。」
こんな態度をされてしまっては、薄笑いを浮かべて当然じゃないか。なんと惨めなこと。
「私はいい情報を教えに来たんだ。お前もきっと驚くような、有用なネタをね。」
人差し指を立てて、ベハオプテンに見せつけると、彼女は怪訝な顔をした。
「………どうせくだらないことでしょう?聞くに値しないわ。」
「が、ずっとそのままの状態で観戦もつまらないだろうから、私が付き合ってやろうと言うことだ。そもそもお前は私の言葉を拒める立場にいないことを理解しておくべきだ。こんなふうに………。」
手に握られた銀のナイフを、ベハオプテンの首筋に這わせる。わずかな力を込めれば、白い肌に赤い血が糸を作った。とっくのとうに暗い紫色へと染まった水色のドレスが、血を滴らせていた。本当はもう少し痛めつけたいところだが、この欲はおそらく裏切りからくる私的な復讐感情だろうから、抑えておくことにする。たとえ裏切りを予想できていても、ムカつくことはムカつくのだ。
「全身が醜い切り裂き痕だらけになる前に、耳を傾けたほうがいい。先んじて言っておくが、あまり我慢強い方だとは思わんことだ。」
ようやく観念したのか、ベハオプテンは肩をがっくりと落とし、小さなため息をついた。やれやれ、という感情が滲み出ている。どこまでプライドが高いのだろうか、この女は。
「はいはい、聞いてあげるわよ………。で、どんな話なの。」
後ろの方で、ヴェアティたちが戦っている。金属がぶつかり合う甲高い音や、何かが燃えて溶け落ちる音、あのジジイの笑い声まで聞こえてくる。それに、ゲバルトが暴言を吐いているのが、あちらの戦況が行き詰まっていることを暗示していた。その戦いの副産物として後方から飛んできた血の槍を、頭を少し捻ってかわした。そしてそれはベハオプテンの左頬をがっつり削ぎ落とし、左耳を串刺しにした。
「……では話を始める。」
「待ってくださらない?私たちが安心して会話ができる環境でないことを、いま身をもって体験したわよね?場所を移動しませんこと?」
「くだらないな。いつ自分の顔面に棘がブッ刺さるかわからない状況でこそ、交渉は成立する。考えを無限に引き伸ばされてはかなわんからな。ちょうど良いタイムリミットにもなってくれるだろう。」
「一体どんな環境で生きてきたのよ………。」
これはベハオプテンのためだけのタイムリミットではない。あの二人がどこまで持ち堪えられるか。ブルベギーアドが決着をつける前に私がこいつを陥落させるという、私自身への時間制限でもある。どうも冗長に話してしまう癖が私にはあるようなので、それに対する対策をたてるのは当然必要不可欠だろう。呆れたようにため息混じりの笑いをしたベハオプテンと対照的に、私は静かな笑みを浮かべていた。自己認識ではあるが。
「本題から入ったほうがいいか?それとも、認識のすり合わせから始めようか?」
「……時間がないこと、わかってらっしゃる?本題から始めて。今すぐに。興味のない無駄話で命を削るほど私は脳みそが足りてないわけじゃないのよ。」
一歩だけ、ベハオプテンへ歩み寄る。彼女の顔に一瞬だけ警戒の色が浮かんだのは言うまでもないが、それでも構わない。むしろその敵対感情を今から叩き潰して泥沼にぶち込んでやるための甘言なのだから。まだ、ベハオプテンとの間には五十センチほどの距離がある。
「……ブルベギーアドがあなたを助けると、思っているのか?」
その一言に、彼女の目が見開かれた。しかしそれも一瞬で、余裕のある、疲れたような笑みにすぐ戻った。私の発言を鼻で笑うように反論する。
「当然でしょう。私はブルベギーアド様に味方したのよ?協力者を助けないやつがどこにいるのよ。」
「……はっ。」
「………何よ。」
思わず嘲笑が漏れてしまったか。まあ仕方のないことだろう。あまりにも状況を理解できていない愚かさがどうしょうもなく面白かったのだ。右目から垂れてきた涙を、人差し指で拭う。気持ちをリセットするために、深呼吸をすれば、鉄臭い匂いが肺いっぱいに広がった。
「失礼。もう少し提案を見直す必要があるみたいだ。……では始める。」
さらに、ベハオプテンとの距離を詰めた。もう、互いの呼吸音が聞こえるぐらいの近さににいる。後ろから飛んできた血の針を、人差し指と中指で挟み、キャッチした。……なかなか骨の折れる対話になりそうだ。主に外的要因によって。
「……結論から言いましょうか。ブルベギーアドは、あなたを助けない。むしろ、散々遊ばれて、しまいには芸術作品送り。」
「………はぁ?ふざけているの?」
「いいえ。まず、ブルベギーアドの性格や行動原理について説明しましょうか。彼は徹底的な芸術思考の、極めてセンスの高い芸術家。芸術活動ができることを第一の目標として、たとえ戦いの最中であったとしても、芸術作品にどう活用できるか思考する。また、インスピレーションのために、戦いを引き延ばす。もう理解したでしょう?」
「それとこれにどう関係が………。」
声が段々と自信を失っていく。まだ強がりを見せてはいるが、あとすこし。今は、まだ自分自身で結論を納得できていない状態なのだ。導き出せていないわけではないだろう、流石に。だから、納得させる強力なソースをぶち込んでやればいい。ちょうど目線が同じ高さにあるため、よくよく表情が見える。愉快だ。
「……あなたは自分の目的に同行する人物を、自分の手を煩わせてでも助けるのですか?いえ……その人物を殺せば、自分がもっと目立てるとしても?」
顔が歪んだ。かろうじて保てていた余裕は、完全に消え失せていた。ぴたぴた、と垂れる水滴の音が、耳に残響する。
「……ここで提案だ。私ならばあなたの生存を約束しよう。あなたが生き残り、そして私の忠実な部下として、その天性の才能で輝ける場所をつくってやろう。」
長い長い一瞬が終わった時、ベハオプテンは私へと手を伸ばしていた。縋り付くように、必死な顔で。
「……ようこそ、ベハオプテン。」




