第十一話 崩れゆく自尊心
ベハオプテンの爪が、シェリルから引き抜かれる。シェリルは立ったまま、虚空を見つめていた。ベハオプテンは満足げに笑った。ホール内の空気が張り詰める。
さて、私は気づいていた。便利屋という職に就いておきながら、裏切りの兆候を察知できないはずがない。それも、ただの貴族の演技程度、初めから見破れる。
「シェリル、おい!」
ゲバルトの声がホールに反響する。彼女は叫んでいるようだ。私の身を案じているのか?そんな心配は無用だというのに。私はうるさい人間が嫌いだ。
「あらぁ………無様ね。まさか、私がブルベギーアド様を裏切るとでも思った?なわけないでしょ?」
知っている。この女は、注目を浴びることを最優先にしている。今の状況を考えれば、私と共にブルベギーアドと芸術にされるより、革命の首謀者を仕留めた人物として栄誉を得る判断をするのは当然だ。私だってそうするだろう。
床に多くの赤い血が流れている。しかし、まあ問題はない。私の脳は一定時間の酸素不足程度、ものともしない。それに、筋肉は人工筋繊維に変換している。ほぼ要らないものだ。
「………ベハオプテン君、手伝ってくれたまえ。余分な筋肉を落とすためにもね………。」
ブルベギーアドが私の腕に手を伸ばす。血に塗れ、赤く染まった手が、伸びてくる。まだ、まだだ。あと少し近づいたら………、よし今だ。
「残念だったな、芸術家気取り。」
腰に身につけていた空間拡張のポーチから短剣を取り出し、ブルベギーアドの腕を切り裂いた。確実に肉を裂く感触があった。ぷしゃあ、と鮮血が飛び散る。ブルベギーアドは心底意外な顔をしただろう。まさか、ここまでして生きている人間など、見たこともあるまい。この世界の人間は皆軟弱だから、尚更だろう。
「ふふっ………はははっ!面白い女だ!どうやって生き永らえている、興味が湧いてくるな!?」
耳に障る狂笑が発せられる。………まさか、コイツも頭のイカれ方がとんでもないとは。普通、人が心臓を貫かれても生きていたら、腰を抜かすだろう?
「よし、ヴェアティ、私を援護しろ。」
くるくると短剣を回し、手首の具合を調節する。先ほど体を貫かれたので、身体制御機構が少々バカになってしまったが、すぐに直せる。身体修復機構もしっかりと仕事をしてくれているので、心配は無用だな。一体何が私を殺せるというのか。
「ゲバルト。」
シェリルはゲバルトの方へ指を差した。
「ベハオプテンの相手を頼むぞ。殺さない程度にとっちめてやってくれ。」
「………あ、了解だ。」
呆気に取られたままだったゲバルトも、ようやく戦闘を再開する。私の背後にまだ留まっていたベハオプテンに斬りかかる。後方で金属の競り合う音が聞こえた。
「残念ながら、私がしぶといのは企業秘密なんだ。だから、伝えられないね。」
ブルベギーアドはますます顔を歪めた。邪悪な笑みだ。ま、私も人のことは言えないが。
「そうか、それでも構わん。謎もまた良いものだ。考察のしがいがある!」
ホールの中に、血が染み込んでくる。赤黒く、生気のない血。おおかた、吸血鬼のものだろう。先ほど聞こえた吸血鬼のうめき声は、血を失って苦しむ時のものだったのだ。部下も手駒の一つとして扱うとは、なんと非常な奴だ。私だったら、もう少し長く使う手段を取るぞ。
シェリルは再び、ポーチから武器を取り出した。銀の長剣が、怪しげにきらめいた。
「じゃあ、吸血鬼狩りと行こう。全く芸術を感じさせない、事務的な方法で。」
吸血鬼用に清められた──元は儀式用だが奪ってきた──長剣で空を切った。止まっていた空気が切り裂かれる音により、二人の戦闘の再開は告げられた。




