第十話 ブルーベリー色の芸術作品
ヴェアティは怖かった。震えていた。まさか、計画が失敗し、尚且つこの王と直々に対面することになるなんて、と。屋敷に連れて来られる間、そして今でも、一言も発せないでいた。当然だろう、周囲には恐ろしい貴族の軍がいて、矮小な自分がどうかできるなど思ってもいなかったからだ。
それはゲバルトも同じだった。たったの一言すら発しなかった。だが、少しだけヴェアティとは違った。彼女は思考していた。まさか、あいつがここで終わらすような真似はするまい。ファイクに対する復讐は完遂したとはいえ、まだ村の奴らには何もできていない。この恨みを晴らさずに、どうしてくたばれようか。そうして、今の最大の難関として立ちはだかっているブルベギーアドの特徴、仕草などを観察していた。もしかしたら、攻略につながる鍵があるかも、そう思って。
「どうしたね、君たちも芸術の制作過程に参加しないのか?」
「………残念ながら、俺は芸術だとかそんな崇高なものには触れたことがなくてね。」
シェリルの剣技をさばきつつ、余裕なそぶりを見せるブルベギーアド。彼はゲバルトの方向を向いた。今まさに背後から斬りかかろうとしているゲバルトの方向を、向いた。
「そうか、ならば今からでも遅くない。芸術について勉強してみてはいかがかな?」
そしてそのまま口から血を吐き出した。それは鋭く尖っている。その血飛沫がゲバルトの方へ真っ直ぐ飛んでいく。おそらく、触ってしまったら想像している通りの結末を迎えるだろう。全身蜂の巣で、見事な芸術作品──こいつが言っている通りの──になる、もっとも、こんなお粗末なものが俺に届くことなどないだろうが。
「俺は座学とかは嫌いでね!」
全身にみなぎってきた力で、それら全てをはたき落とす。ちょうど吸血鬼が剣っぽいものを持っていたので、それを拝借していたのだ。なかなかにグリップも強く、扱いやすい。これなら、思う存分暴れられるだろう。その勢いのまま、ブルベギーアドの顔面目掛けて剣を突き刺した──はずだったが。
「ゲバルトさん、上、上!」
ヴェアティの声で視線を上に逸らす。そこには、もう一人のブルベギーアドがいた。いや違う。俺が今刺したのは、偽物だ。もっと詳しくいえば……操血偶。ベハオプテンが使用していた、血による操り人形。剣の先で固まっていた血が崩れる音がした。
「はっ、こりゃないぜ………。」
天井にはいくつものツララがあった。そのどれもは赤く、血の色をしていた。そうか、血で人形が作れるのだから、当然ツララぐらい作れて然るべき、と言うわけだ。しかも、恐ろしいことにその血柱の向かう先は全て俺になっている。かわせるか?いや、不可能だろう。あんな量の攻撃をいなし続けるのは無理がある。どうすれば………。
「ヴェアティ、お前も働け!何の為に仲間にしたと思っている!」
「あっ、はいシェリル様!」
ヴェアティが急いで魔術を唱える。その指先から放たれた玉虫色の──あまり気分のいい色ではないが──魔力は、天井と俺との間に防護壁を形作った。ブルベギーアドの血柱はそれに阻まれ、風化するように消えていった。
「………何だ、その技術は。」
初めてブルベギーアドの顔に困惑が浮かんだ。きっと、魔法というものを知らないのだろう。現に、この街には魔法の産物がなかった。吸血鬼たちは魔術を扱う代わりに、血を操るのだ。しかも、吸血鬼はその身体の特異性から魔力を蓄積できない。だから、魔術を学ばなかったのも、ある種の必然だろう。
「俺は知らねぇな。ま、知らなくてもいいもんだとは思うぞ!」
ブルベギーアド目掛けて斬りかかろうとした時、俺自身も防護壁に阻まれた。
「うっ……。」
「あっごめんなさいゲバルトさん!今解除しますから!」
バリアは解かれた。もう一度体制を整え、天井を見上げた先には何もいなかった。目を離した隙に、奴はどこかへ移動していた。
「ゲバルト、右だ。」
「はっ!?」
シェリルの指示で、右に剣を振る。すると、右手に鈍い衝撃が走り、少しよろめいてしまった。遅れて金属同士がぶつかる音が耳に届く。一瞬のことで全体像を把握することはできなかったが、今俺の剣とぶつかったものは、血でできた槍だ。ブルベギーアド………想像していた通りとても手強い。スピードで負けている。
「クソッ、どうやったら当てられるんだ?」
無闇に刃を振り回しても、易々と躱される。では、追い込んでみるのはどうだ?しかし、一人では難しい。ヴェアティには頼めない。シェリルには………どうだ?ベハオプテンなら………ベハオプテン?
「あいつ、今どこにいる?」
ベハオプテンも、このホールへ連れてこられたはずだ。しかし、先ほどから戦闘に参加していない。では、一体何をしているのか。俺は視線を彷徨わせた。
ぼとり。
内臓がこぼれ落ちた。そんな音が耳にこびりつく。
「うむ、やはり素体も良いようだ。」
ブルベギーアドの声のした方向を見る。彼の足元に、赤が広がっていた。じわりじわりとそれは石床を染めていく。
「ははっ、やっぱり簡単ね。単純だもの。」
ベハオプテンの言葉が、ホールの中で響く。驚くほど空気が冷たい。冷え切った静寂が、俺の心臓に突き刺さる。
「………シェリル様?」
ベハオプテンの爪が、シェリルを貫いていた。背後から、一刺し。心臓を躊躇なく抉るほどに。
「これもまた、芸術になるだろう。脳髄を取り出して、型を取ってみるか。いや、そのままを表した方が美しいだろうか………。」
溢れ出した血が、床の継ぎ目にすら染み込んでいく。俺は、死を覚悟した。




