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第九話 狡猾

 流石は吸血鬼の王、と言ったところだろう。まさか反乱の中心人物──とまではいかずとも、反乱のきっかけを作った人物──を、自らの王城に招くとは。命を狙われている、そんなことわかり切っているはずなのに、なぜ本拠地に自ら呼び込むという暴挙を犯したのか………。

「………何はともあれ、助かったな………。」

 つい先程の失敗がなんとか取り戻せそうな予感に、安堵のため息を着く。だが、まだ安心してはいけない。私たち───ヴェアティ、ゲバルト、ベハオプテン───を連行しているのは吸血鬼たちの貴族兵だからだ。数多くの敵、それもこの街で最上位クラスの実力者ばかり………ベハオプテンから聞いたところによると、日々の訓練からもう普通とは異なるようだ。想像もできないような特訓内容だそうだ。そして、自由人ばかりな吸血鬼をここまでまとめ上げるブルベギーアドのカリスマ性、指導力、そして捩じ伏せる力も、桁外れなもののようだ。


 王城の中には様々な絵画や芸術作品が飾られていた。一面に塗り広げられた臓物や、カーテンのように縫われた筋繊維を見るに、この王は近代芸術を好むようだ。秋風組の中で言えば、ロマン派だろう。あいつらには良い思い出がないが………ひとまず一旦関係がないことなので、考えないようにしよう。

 それにしても、廊下が非常に長い。正門を抜け、城の中に入ったときから、ずっと廊下にいる。無駄にシャンデリアが天井に吊るされている。あまりにも狭い感覚に多く並んでいるものだから、常に強い灯りに照らされている。しかし、よく見てみれば、シャンデリアの材料も人間である。骨同士が筋で結ばれ、鉄糸で補強が行われている。面倒な工事だっただろうな、と思う。

 廊下の左右の壁にも、これ又芸術作品が所狭しと並べられている。ロマン派だけでなく、社会派や抽象派、一筆派の作品も展示されている。たった一つの流派だけを見ているわけではない、この王とは気が合いそうだと思った。私があっちの世界で見てきた数多くの芸術を語れるだろうから。


 さて、私たちがしばらく廊下を歩いていると、ようやく開けた場所に辿り着いた。今までの窮屈な廊下から一転、とんでもなく巨大なホールらしき場所になっていた。天井までどれだけあるのだろうか。それすらもうわからない。そして、部屋の隅がとてつもなく遠い。例えるなら、体育館四つ分はある。ボンボンたちが通う学校とかいう場所に、一度依頼で行ったことがあるのだが、その時でさえ体育館を巨大と感じたのに、それすら凌駕するこの大きさを、なんと言えばいいのかわからなかった。流石は街の支配者。スケールがまるで違う。

 そして、王は現れた。いや、街なのに王と呼ぶのはおかしいかもしれないが、確かにそれは王だと感じたのだ。夜の闇のように黒い長髪、血に塗れたように紅い目、痩せすぎとも言えるほど細い体。純白のタキシードを身に纏うその姿からは、明らかな支配者としての威厳を持っていた。彼は柔らかな拍手と共に、ホールの奥から歩み出てきた。

「………ここまで来てくれて、ありがとう。是非とも芸術を生み出した本人を見てみたいと思ってね。どうだろう、迷惑じゃなかったかね?」

 人の良さそうな笑みを浮かべ、シェリルに語りかける。

「私の名はブルベギーアド。もちろん、この街を知っていて私の名前を知らないなんて無いと思うが………念のため、ね。ああ、そうだ。君たちは下がっていいよ。私の会話に邪魔だ。」

 純粋に会話を楽しもうとでも思っているのか、ブルベギーアドは貴族兵たちを部屋の外に下がらせた。自信の表れか、壁際の椅子に腰掛けた。

「………君の名前を教えてくれるかな?製作者の名前は残しておかないと。」

 ブルベギーアドは手のひらでシェリルを指した。

「………私は芸術家じゃない。貴方が望むような美的感覚や信念などは何も持ち合わせていない。私は気のままに動くだけ。」

 しかし、それでもブルベギーアドは食い下がる。

「そう、それなのだよ。その自由さ。抑圧からの解放。それこそが、今私が求めている芸術なんだよ。その否定。自由の象徴………うむ、やはり君はいい芸術家だ。」

 話が通じない。シェリルは笑っていたが、内心この男に恐怖していた。今まで出会って来た奴は、大体力に従うか、狂って無茶苦茶になっているか。だが、この男は違う。力を誇示しているのでも、狂っているのでもない。ただ、一つのことに心酔し、それ以外を考えられないだけだ。そして、シェリルは、このようなタイプの思考が読めなかった。

「君に、いい提案をしたいんだ。私が聞いたところ、君はかなりの人身掌握の技術を持っているそうじゃないか。そして、今見ているところから考えるに、君は冷徹な支配者の気質も持っている。何より、自分自身しか信じないだろう?君はそういう人間だ。」

 王は純粋な厚意でそれを言っているようだった。だからこそ、恐ろしい。

「街をあげよう。そして、もっと面白い世界を見せてくれ。」

 普通なら、この条件は破格だ。もとより、利害は一致している。この王は、もっと面白い戦争を見せろと言っている。そして、シェリルは世界を支配するつもりでいる。戦争は必至だ。

「………いい提案に、間違いはない。」

 王は私の言葉に、期待を示したようだった。まゆが僅かに上がった。そして、私は次の瞬間には、王へ向かって銃を放っていた。懐から隠し玉だ。しかし、王はそれを華麗に避けた。それと共に、私に向かって笑いを見せた。

「なるほど、そう来るか。良いね、筋が通っている。君にとって、誰かの条件を飲むのは敗北と同じだろう?私の条件を聞き入れてしまうと、好きなようにできないし、何よりいつ気を変えられるかわからない。とてもわかるよ、だって私と同じだ。」

 ホールの扉の外で、うめき声が聞こえた。同時に、血が流れてくる。

「素晴らしい芸術にして見せよう。誰もが羨むような、そんな素晴らしい芸術に。」

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