第十二話 夕焼けと焼けつき
私は恐ろしかった。何が起きているのか、全くもって理解できなかった。普通の人間なら、心臓を貫いたら死ぬものではないのか?けれど、今までのシェリル様の行動を見ていたら──一切動揺することのなく完璧に計画を遂行していたあの姿を見ていたら──ままあり得ることか、などと納得してしまった。どうやら私の価値観も、シェリル様によってかなり変えられてしまったらしい。けれど、あの腐った紫の顔の姉どもによって叩き込まれた価値観など、一刻も早く塗りつぶしてゴミ箱にインしたいところだから、利害の一致か。私はシェリル様に従えばいいのだ。あんなクズたちに蔑まれていた時とは違うのだ。私は認められている。
「シェリル様、援護します!」
私はシェリル様に身体強化魔術を施した。即席かつ、あまり勉強できなかったので──させてもらえなかったので──強さは弱ぐらいだろうが、少しはマシになるはずだ。この戦いは、その少しが勝敗を分ける。それほど緊迫した状況だろう。
「ヴェアティ、防護壁と進路遮断の魔術も頼む。」
「わかりました!」
ブルベギーアドの攻撃は、よく見てみたら単調なものだ。血でできた槍を使って、一直線に標的へ獲物を飛ばす。そして、大量の血の棘で相手を襲う。もし、相手の攻撃が届きそうになったら、血で自分のコピーを作って、それと戦わせて自分は逃げる。これの繰り返しだ。やはり本人はあくまで支配者で、芸術家。戦闘は得意ではないのだろう。それでも吸血鬼の中でも上位の力の持ち主だから、基礎スペックで戦闘経験の少なさを補っているのか。厄介なものだ。
王眼。魔術の中でも上位の空間把握魔法。心理眼の派生先。それを常時展開して、今のブルベギーアドの行動に合わせた障壁展開、相手への攻撃の通路作成、対比などを行う。魔力にはまだ余裕があるので、まだまだ使い続けられる。それに、たとえ尽きたとして、そこら辺に溜まっている血を飲めば魔力程度回復できる。吸血鬼の血は高エネルギーだからな。
一方、ゲバルトはベハオプテン相手に結構な苦労を要していた。相手は操血偶で配下を召喚。しかも、本人まで攻撃に参加してきている。今では三体同時相手を強いられていて、どうにか攻撃を防ぐことで手一杯だ。シェリルから渡された銀の長剣は確かに良い業物だが、これで傷をつけられないんじゃあ無用の長物だ。
「ああくそッ!避けんなよ!」
「無理でしょう?敵がそんなに手加減をしてくれるとでも!」
実際、ベハオプテンも全力を出しているようではあった。体に力が入っていることは見て取れたし、操血偶の動きもだんだん大雑把になってきている。大ぶりの一撃で早く仕留めようとしているようだ。避けるのは簡単なのだが、一回でも当たったら大怪我以上は必至だろう。気が抜けない。神経を常に緊張状態に保っていなければいけないな。
「………チッ!うっせえ邪魔だ!」
右から迫ってきた操血偶に、なぜか急にイラつき、全力で肘打ちをかました。すると、そいつは音を立てて崩れ去った。パン!と空気をいっぱいに詰め込んだ風船が割れたみたいな音だった。それと同時に大量の血が飛び散った。操血偶は、血の塊。なるほど、外の膜だけ破れば良いんだな。
攻略法を見つけた。その通りにもう一体をぶっ飛ばしてやろうじゃないか、そう思ったは良いのだが、いや待て、まずはこの攻撃を掻い潜る必要がある。そして、その後に攻撃手段を考えるのだ。先程は運よく攻撃が当たったが、今度はそうもいかないだろう。更なる警戒が待ち受けている。
「生成……操血偶。」
「まだ作れるのかよ!」
一体失ったところで、どうってことない。そんな思考が顔に滲み出ていた。こちらを嘲笑するような、見下し目線。とんでもなく腹が立ってきた。体の中に熱いエネルギーが生じ始める。あの時と同じように。
「………ああ!邪魔だ!本当に!煩わしいことこの上ねえ!」
銀の長剣を持って、大きく突進する。操血偶のうち一体は俺の上、もう一体はベハオプテンを守るように立っている。俺はそいつらについて考えないことにして、ベハオプテンだけに狙いを定めた。どうせ本体をぶっ飛ばせば、取り巻きの二体も消える。そうすれば一番効率がいい。うん、効率がいい。シェリルのやろうも驚くだろうな。俺がまさかこんな賢い方法を思いつくなど。
ベハオプテンは上にいる操血偶を使役して、俺に斬りかからせた。鋭い鉤爪が、俺に向かってやってくる。だが、俺は覚悟を決めたのだ。こんなもの、当たってもいい。
「ゲバルトさん!操血偶の爪には毒があります!」
「早よ言え!」
当たっていいわけがない。全力で迫る鉤爪をはたき落とした。銀の長剣は便利なもので、どれだけ乱雑に扱おうと、ちっとも欠けやしない。一体どんな名匠から盗んできたんだ。そうそういないぞ、このレベルの力を込められる聖鍛治師は。
「………あちらのお嬢さん、思っていたより博識ね。」
「そうだな!でも俺に言っても意味ねえぞ!」
操血偶の顔面に長剣をブッ刺して、そのまま横に薙ぐ。ぶしゃあ、と血が噴き出すとともに、膜は一気に消滅、操血偶は血の塊へと戻った。そして、このままベハオプテンのところに行き、一刻も早くもう一体を始末、そしてベハオプテンに一撃を加えなければならない。………俺にできるか?こんな、ギミックボスのような倒し方を。いや、やるしかないのだ。俺ならできる。
「………牙突俊戦。」
一歩、前に踏み出す。右足に重心を移動させる。体を低く落とし、主に右膝の力を使い、前方に大きく跳躍する。剣は、心臓の前にまっすぐ構える。狙い澄まし、研ぎ澄まし。目指すは、一瞬の隙。
「…っ!?」
かかった。理解した頃にはもう遅い。操血偶、一体撃破。破裂した血を浴びながら、まだ止まるわけにはいかない。そのまま、そのまま血飛沫の中を突っ切り………そして、俺の刃はベハオプテンの右胸を貫き、壁に突き刺さった。
「………よう、どうだ、磔にされた気分は。」
口から血を吐きながら、橙の吸血鬼お貴族様は答えた。
「ふっ……最悪…よ…!」




