あの夏 編 コミティアにて
夏。
私は新刊を持って、東京ビッグサイトでのコミティアにサークル参加した。
コミティアとは、一次創作オンリーの同人イベントである。
売り子には、仲のいい後輩が来てくれた。
私は自分のブースで本を頒布するのも楽しいが、サークル巡りもまた格別の楽しみにしていた。
数十分もブースを留守にするのも珍しくない。
後輩ゴメンである。
この日も、昼前の時間帯、私は売り子を後輩に任せ、ふらふらと館内を巡っていた。
この頃にはそれなりの数のサークルさんと顔見知りになっており、挨拶回りなど済ませながら、よさげな同人誌を物色する。
昼。
私は、自分のブースへ戻ってきた。
後輩が笑顔で迎えてくれた。
「クナリ先輩、お帰りなさい」
「ただいまー」
私もへらへらと返事する。
「そうそう、さっき、Sさんて方が見えましたよ」
私の体が、ぎしりと音を立てて止まった。
「今席をはずしてますが、いずれ戻りますと言ったんです。そしたら、『あ、いいんです』と言って、……先輩?」
なごやかだった後輩の顔色が、みるみる変わって行った。
そうさせた私の顔色がどんなものだったのかは、彼しか知らない。
だが、きっと今までに見せたことのない表情をしていたのだろう。
「Sさんと言ったの? その人?」
「……はい」
「髪が長くて、ほっそりしてて、白っぽい服装だった?」
「……はい」
間違いない。
そもそも他に同じ名前の知り合いはいない。
それでも、人違いであって欲しかった。
あんまりだ。こんなすれ違いは。
「ごめん……今戻ってきたところで、凄く悪いんだけど、俺……」
後輩は謝りながら送り出してくれた。
彼は何も悪くないのに。
落ち着け。
Sさんは今どこにいる?
ここは同人イベント会場だ。
そして、私と彼女の共通の知り合いも多くいる。
まだ昼時だ。会場してからそれほど経っておらず、まだイベントは前半といったところだ。
買い物をしているはずだ。もしくは、同人仲間とおしゃべりでもしているだろう。
そうに違いない。
私は、さっき挨拶を済ませたばかりのあるサークルに向かった。
私もSさんも懇意の仲の同人作家さんである。
「すみません」
「あ、クナリさん。また来てくれたんですか」
「Sさん来てませんか」
「え、Sさん? 今日来てるんですか? ここには来てませんけど」
一番の本命のはずだったのだが。
私は別のサークルに向かった。
私とSさん両方と仲良くしているサークルはそう多くはない。
その全てに、私は足を向けた。




