あの夏 編 いさかい
それは、ある漫画家さんのサイン会のことである。
当時名古屋に住んでいたSさんは、大ファンであるその漫画家さんのサイン会に出るため、東京に来ていた。
私もちょうど会場の近くに用事があり、ついでにSさんに挨拶だけはしておこうかと思い、顔を出した。
その時のことを、帰宅してから自分の日記掲示板に書いたのだが。
どうも、その書き方がいけなかった。
特にまずい書き方をしたわけではないと思ったのだが(実際、文面というよりはその裏側を悪い様に推察させてしまい)、私が思っていたのとは全く違う形でSさんに受け取らせてしまって、彼女を困惑させて傷つけてしまった。
私がうかつだったと言うほかない。
今でもその文面は覚えているが(ほんの一行なので)、大したことではないと受け取られても難であるため、ここでは控える。
彼女はその悲しみをご自分の日記に書かれた。
私は誤解を解くべく、とても(気持ち悪いほどの)長文で彼女に弁明と謝罪をし、許しを請うた。
泣きそうだった。
というか割りと泣いた。
これほど大切な存在であるSさんを傷つけてしまった自分が、信じられなかった。
自他ともに知る健啖家で知られ、四十度の熱が出ようが、食べるもの全て戻しまくるほど胃を壊そうが、まるで意に介さずに三食食べる私が、生まれて初めて食欲をなくした。
彼女のいない人生など、私には考えられない。
こうまで思いながら、付き合いたいとか男女として意識されたいとかは全く思わなかった当たり、私も徹底したものではある。
許してもらえるなら、ネットも絵もやめても構わなかった。
もともと彼女に憧れて磨いた絵であり、彼女との交流が楽しくて続けたネットである。
結果から言えば、Sさんの誤解は解けた。
Sさんの方からも謝られ、「クナリさんに嫌われてしまったと思った」などと驚愕の告白を受けながら、なんとか私たちはまた交流を持つにいたった。
しかしやはり、以前と同じようにはいかない。
どこかぎくしゃくとして、前のように本音で、あるいは突っ走った言葉でのやり取りができなくなった。
また傷つけたらどうしよう。
今度また誤解させてしまったら、誤解なんですでは済まないかもしれない。
それがあまりにも恐ろしかった。
彼女もきっと、息苦しさを感じているだろう。
少しずつだが、疎遠になっているような気がする。
しかし、断絶よりはいい。
そう思って、ぎこちなくもそれなりに楽しい日々は一応続いた。
「でも、本当はこうじゃないんだよな」
そう思いながら。
ネットでは毎日のように生存確認できるが、直接会う機会が少ない関係というのは、こういう時にもどかしさがあった。
顔を合わせ、しぐさや表情で、私の気持ちを伝えたかった。
しかし、それができない。
私は彼女の住所もFAX番号も知っていたが、携帯電話や家の電話番号は、いちおう女子相手ということで聞かずにいた。
もっとも、番号を知っていてもなかなかかけることはできなかっただろうけども。
しかし、この夏、私はSさんの携帯電話番号を聞いておかなかったことを心底悔やむことになった。




