創作編 高校
さて、そんな私も、高校生になった。
よく意外に思われたのだが、私は黒髪に眼鏡といういでたちで、いかにもオタクくさい風貌でありながら、オタク的な文化にかなりうとかった。
ゲームは、流行りのゲーム機を持っていない。
漫画はたまにジャンプを読む程度。
アニメはジブリすら観ていない。
小説は、父親の持っていた西村京太郎の鉄道ミステリをたまに読むくらい。
クラスメイトからはナチュラルにオタクだと思われており、自分でもその素養は充分にあると思っていたのだが、いかんせん実体験を伴わないまま空しく高校生活を送っていた。
今にして思えば、自分をオタクだと確信していながら、この多感な時期にいち早くオタク道に足を踏み入れていなかった、己のうかつさを呪うしかない。
転機が訪れたのは、高校二年生の時である。
私は当時、将棋部のはしくれとして、後者の片隅にある和室で日々将棋を指していた。
そんな折、将棋部員のひとりが私にある誘いを持ちかけてきた。
「クナリくん。俺たちは今度、テーブルトークRPG同好会を立ち上げるんだ。君も入らないか。ていうか入って。入るよね」
テーブルトークRPG(以下TRPG)、という単語をこの時初めて聞いた。
妖しい。
大変妖しい響きではないか。
RPGといえばドラクエやFFのように、剣と魔法の幻想世界をコンピュータで遊ぶものだ。
それがテーブルでトークとは。オタクくさい。すごくオタクくさいぞ。
当時の私は、TRPGこそがロールプレイングゲームの元祖であり、それをコンピュータRPGが追随したのだということも知らなかった。
「なんだい、そのTRPGというのは」
もしうさんくさい内容だったらスルーしよう。そう心に決めつつ、私は訊いてみた。
彼は得意満面で説明してくれた。
「現実にはいないキャラになりきったりとかするんだけど。魔法とか、ファンタジーみたいな。もう、なりきるわけ。その、実際にはいない人に。そうしたらもう、なんでもできるわけ。テーブルでのトークだから。自分じゃない自分になって、違う世界にも旅立てるし。もう、自由なトークで。なりきってるから。ドラクエやFFは知ってるだろう? それを、テーブルでトークしてやるんだ。君も勇者になれるんだぜ。魔法も使えるし、なんならロボットにだって乗れる。ガンダムは好き? 世界を救おう!」
うさんくさい。
というか何を言っているのかさっぱり分からない。
ドラクエやFFはもちろん、ガンダムも名前くらいしか聞いたことのない(当時)オタク劣等生の私は、断固として断ろうと思った。
そもそも彼は、この勧誘文句でホイホイついて来るような人間が地上に何人いると思ったのか、未だもって定かではない。
しかし何の魔がさしたのか、私はTRPG研究会の部室(ただの空き教室だが)へ足を運んでみた。
するとそこには、十人ほどの男女が立っていた。
空き教室の窓際に勢ぞろいした高校生男女というのはなかなかフォトジェニックではあったが、当時の私は
「ああ、こう見えてこの人たちは全員変人なんだな。テーブルでトークして世界を救おうとしている人達なんだな。怖い。ほぼ人外」
と胸中で震えていた。
と、その中に、一年生の時に仲の良かった男友達を見つけた。
私は衝撃を受けた。彼は私が見たところ完全に「パンピー側」であり、オタク感などまるで感じていなかったからだ。
「ああ、クナリくん。君も来たのか」
「馬鹿な……なぜ君がこんなところに」
悪の科学者のアジトで旧知の科学者に遭ったかのようなリアクションを取りつつ、彼がいるのならそんなにおかしなものではないだろうと、私はTRPG研究会に入ることにした。
なおこの時点で、私はTRPGがなんなのか分かっていない。
簡単に言うと、TRPGというのは「架空(でない場合もあるが)の舞台と架空(同左)のキャラクタを用意し、プレイヤーがおのおのそのキャラクタを演じる遊び」というものである。
例外は数えきれないほどあるが、まあだいたいこんな感じのはずだ。
なお最低限の打合せが事前にないと、たとえばいざ中世ヨーロッパ風ファンタジーのシナリオを始めた時に、パーティが
「ドワーフと戦士しかいない筋肉部隊(回復手段なし)」
や
「エルフと魔法使いしかいない頭でっかち遠距離ゲリラ(生命力皆無)」
や
「僧侶しかいない、味方に優しいが敵にはもっと優しい慈愛集団(攻撃手段が杖とか)」
と化すので、注意が必要である。
さて、このゲームを遊ぶにあたっては、多くの場合、キャラクタの名前・能力・性格・持ち物などを記載したキャラクターシートという紙を作成する。
このキャラクターシート、これも多くの場合A4程度のコピー用紙で事足りるのだが、小窓のような枠が設置されていて、そこにキャラクタの外見を絵で描き込めるようになっている。
やはりここには、かっこいい絵をバシッと描き込みたいところである。
しかし残念ながら、私には絵心というものが皆無だった。
美術の授業が嫌いだった。
絵筆というものがトラウマだった。
美術の先生についても嫌な思い出があり、一生絵なんぞ見るのも描くのも好きになるものかと思っていた。
しかし、キャラクターシートにかっこいい絵をバシッと描き込みたい欲求には逆らえぬ。
いちおう、頑張って描いてみた。
今でも当時の絵をトラウマのごとく覚えているが、ひどかった。
本当にひどかった。
「ザ・子供のらくがき」と呼べる出来だった。
それが悲しいというか悔しいというか、そんな理由で、私は絵を描き始めた。
高校二年生でのスタートというのが早いのか遅いのかは判断の分かれるところだが、私としては、もっと早くに始めればよかったと何度も思った。
そうして、私の創作活動の、小さな第一歩は始まったのである。




