その後 編 ネットカフェにて
未練を断つため、画材を捨てた。
使い始めていたリキテックスも、ペーパーパレットも、面相筆も捨てた。
食費を切り詰めて買いそろえた、百本を超えるコピックも捨てた。
「コピックは色ムラが出るから使い方に限界があるよ」と言われ、ムキになってその色ムラを抑えたり、逆に色ムラを生かす塗り方を追求したのも、今となっては無駄なことだった。
上質紙、イラストボート、ケント紙、キャンバス地、全て捨てた。
褪色しないように直射日光を避けて保存していたカラー原画も、折って、破って、捨てた。
徹夜して作ったオフセットの同人誌も、真ん中から破いて捨てた。
生原稿も破いた。
キャラクタの頬の線が気に入らずに何度も書き直し、ホワイトが盛り上がって立体的になってしまった、重い漫画原稿用紙を捨てた。
絵を描き始めた頃、さらにずっと下手だった、でももう二度と引けない、勢いだけの線と形のかたまりのような絵も捨てた。
イベントでいただいた差し入れのお菓子の、もったいなくて捨てられずにとっておいた箱も、潰して捨てた。
自分の心と思い出を、自分の手で握りつぶすようで、辛かった。
しかし、すぐに何ともなくなるだろうと思った。
私ごときが作ったものが、そんなに大層な意味など、持つはずがないのだから。
数年が過ぎた。
私はイベントにも出ず、絵も描かず、本も作らず、漫画も小説も読まず映画も観ず、基本的に休日のない社会人生活を送っていた。
忙しい日々は、余計な趣味に時間を割く必要もなく、貴重なプライベートはニュースと専門知識を仕入れる時間にあてて、それなりの「普通」の職業人を営んでいた。
感情の浮き沈みは小さくなり、昔を思い出すこともなくなった。
高校時代のTRPG研究会など、本当にあったのだろうか。
自分は漫画研究会なんて、本当に入っていたのだろうか。
本当に同人誌を作って、イベントになんて出ていたんだろうか。
当時の思い出が妙に空虚で、嘘っぽかった。
すっかり自分は砂になれた。
そう思った。
そんなある日、私は、ネットカフェに行く機会があった。
必要に迫られてのことだったのだが、その必要な用事は早々に済んだので、時間を持て余してしまった。
ふと、昔交流のあった同人作家たちのことが気になった。
今更私は、同人サークルをやろうとは思わない。
過去の知己がどうしているのか、見るくらいはいいだろう。
私は別に、喧嘩してみんなと絶交したわけではないのだから。
はるか昔に放置した私のHPへ行った。
掲示板は宣伝業者のコピペ文で埋め尽くされ、あの頃競うように書き込んで交流した形跡はもう、見る影もなかった。
ただのネット掲示板の言葉の羅列なのだが、荒涼とした廃城を見るようだった。
あの頃、このHPは確かに、私の城だったのだ。




