口ずさみメロディー
父には、癖があった。
洗い物をするとき。バスを待つとき。新聞をめくるとき。いつも同じ八つほどの音を、ふんふんと口ずさむ。
高い音から階段を降りるように下がり、最後の一音だけがふっと沈んで、また最初に戻る。
終わりのない曲だった。
子どもの頃、それが恥ずかしかった。
友達が遊びに来た日、
「結衣のお父さんの歌、いつも変な音で終わるね」
と笑われて、私は父に言った。
「それ、やめて」
父は「ごめんごめん」と笑って黙った。
三十秒後には、また口ずさんでいた。
大学生のとき、鼻歌で曲を探すアプリにかけてみたことがある。
結果は「該当なし」。
音痴の父が、適当に作った節なのだろう。そう決めて、考えるのをやめた。
三十二歳の秋、私は娘を二十八週で産んだ。八百グラム。ひなた、と名づけた。
NICUの保育器の横には、小さなモニターが並んでいる。心拍、呼吸、酸素の数値。
そして、ピ、ピ、と鳴り続ける電子音。酸素の数値が下がると、音も低くなる。
面会が許された三日目の深夜、私は椅子に座ったまま、ぼんやりその音を聞いていた。
ピ、ピ、ピ、ピ。
ひなたの呼吸が一瞬止まって、音が、ふっと沈む。
ピ……。
看護師さんがそっと足の裏をさすると、音は高いところへ戻ってきた。
ピ、ピ、ピ。
私は、息をするのを忘れた。
――今の、知ってる。
階段を降りて、最後の一音だけが沈んで、また最初へ。
子どもの頃から、台所で、玄関で、聞かされてきた旋律だった。
翌朝、長野から父が来た。ガラス越しに保育器を見つめる横顔は、思っていたより小さかった。
「お父さんの鼻歌さ、あれ、何の曲?」
ずっと聞けなかったことを、私は初めて聞いた。
父は少し黙って、モニターを指さした。
「お前の音だ」
私が未熟児で生まれたことは、知っていた。
けれど、父がその三か月をどう過ごしたのかは、聞いたことがなかった。
「毎日、保育器の横でこの音を聞いてた。下がるたびに、心臓が止まりそうだった。でもな、不思議と、必ず戻ってくるんだ。下がったあとに、高い音が」
父は照れくさそうに、鼻の下をこすった。
「だから、下がって終わりにしたくなかった。戻ってくるところまでが、一曲なんだよ」
音痴の鼻歌なんかじゃなかった。
父は三十二年間、誰にも教えず、私の命の音を歌い続けていたのだ。
「……やめてって、言ったのに」
声が震えた。
「ああ。でもな、やめると音が止まる気がしてな」
その夜も、モニターは時々沈んだ。
ピ……。
父と私は、同時に息を詰めた。
やがて父が、小さく口ずさみはじめる。
ふんふ、ふんふ、と階段を降りて、最後の一音。
私も声を重ねた。
ひなたの音が、ゆっくり、高く戻ってくる。
ピ、ピ、ピ。
目が合って、二人で小さく笑った。曲は、ちゃんと最初に戻った。
もう、恥ずかしくなんてない。
いつかこの子に「ママの歌、変なの」と笑われても、私は口ずさみ続けるだろう。
下がったあとには、戻ってくる音がある。それを、私は知っているから。




