大赤字
夕食はビーフシチューだった。
梅粥云々は単なる意地悪で、まだ調理をしていなかったらしい。そういえば髪も結んでいなかったしな。
時計の太い針が真下を指したところで、万年残業の母さんを待たず2人きりで夕食をとった。
「……機嫌いいね。何かいい事でもあったの?」
「まあね。内緒だけど」
浮かれていたのを見透かされた様だ。
家族というのは厄介だな。隠し事が出来ない。
「…………彼女でも出来た?」
「お前はすぐそこに繋げたがるよな。生憎気になる女性はいない。薊こそどうなんだ? お前は変わり者だし兄としては心配だ」
何度か付き合った事はあるが、どの女性とも長続きしなかった。彼女らには悪いが僕には合わなかったな。あまり楽しくはなかった。
……茉莉花と一緒にいた時は退屈しなかったのに。
いや駄目だな。昨夜が楽し過ぎたせいか彼女の事ばかり考えてしまう。
自分が殺した相手に恋など。これではサイコパスではないか。切り替えていかないと。
「はぁ……。刃こそすぐに妹扱いするのやめてくれる? 私達従兄妹じゃん。おにいちゃんとでも呼んで欲しいわけ?」
「それも悪くないな」
「絶対ヤダ。あり得ない」
薊は変わっているが心優しく面倒見が良い。洒落っ気がないだけで美人だ。モテない理由がない。
変な虫が付かないように気を付けないとな。
「ご馳走様。美味かったよ。僕は部屋に戻るから、風呂の番になったら教えてくれ」
ようやくアプリをいじれる。不機嫌な薊を置いて部屋には戻れなかったからな。
ダンジョン、オークション、掲示板。気になるシステムがいっぱいある。
ヘルプを熟読しなくては。
「はいはい。……そういえばこの前刃がさ、得意気に話してた会社あったじゃん。あれ大丈夫なの? 店員の不祥事とかで炎上してるけど」
「は?」
話してた会社? 新興の寿司チェーン銘柄の事か? いや馬鹿な。炎上? 確かに昨日今日はニュースも株価もチェックしていない。でもでもこの銘柄はなんか良い感じだったし? 確かに上昇に飛び付いて買ってしまったが、このタイミングでそんな事ある? いやそんなはずはない。兎に角すぐに株価チェックだ。あっ、
「馬鹿な…………」
暴落してる……。
2日連続で……。
「…………売るか」
「刃さ、そういうの向いてないよ」
うるさいな。これは損切りだから。たまたまだから。トータルでは勝ってるから。
はぁ……。僕は下がったテンションのまま自室に戻った。
意識を切り替えていこう。名投資家は大局を見るものだからな。トータルでは勝ってるし。
ヘルプは読み終わった。だがここに全て書かれていると思うのは危険だ。
茉莉花の言っていたクランというのは載っていなかった。まあこれも探り探りだな。
先ずは一番重要な事柄であるポイントについて整理しよう。
現在、僕は3100ポイント所持している。内訳は初期ポイント1000、バーバ・ヤーガで2000、トレントで320、マンドラゴラで1000、3回のプロトコルで−900、一日の維持コストで−50だ。数値が合わないのは茉莉花の時の怪我の治療費だ。ネストから出る際に、過度なダメージはシステム側が治療する。ポイントの10%を徴収されるが。
消費ポイントはモンスターによって差があるらしい。ケルベロスは強力な反面相当重いみたいだ。プロトコルのポイントを聞いて及川も驚いていた。
ちなみにネストで1000、リペアで2000消費する。まともに使えたものじゃない。
しかし、いざとなればリペアは必要だ。ポイント3000ラインは維持しておきたいな。
ついでに言うと死亡時のペナルティも3000だ。こちらは死に場所さえ間違わなければ考慮しなくても良いな。
次にネストダンジョン。
僕にとってはこちらがメインの遊び場になる。今一度確認をしておこう。
アプリのダンジョンの項目をタップすると、郡空全域の地図が現れる。そこに発見済みのダンジョンの位置が表示されるのだ。
及川が昨日のダンジョンを未発見と言っていた根拠はこれだな。
さて、次の予定を立てようか。
酒呑童子の御殿⭐︎27、トロールの山⭐︎8、マルバス病院⭐︎13。
近場だとこの3つだな。⭐︎の数は危険度の様なものだ。
簡単に言えばダンジョンで死んだプレイヤーの数である。
だがそれはおかしい。これでは数が多過ぎる。
行方不明者の数と合っていない。
まだアプリには秘密がありそうだな。
「刃。出たよ」
ノックもせずに薊が入って来た。僕は扉の方を向いているのでアプリ画面を見られる心配はない。
「……お前な。まずバスタオル姿のままでいるな。それから入る時はノックしろ」
「ヤダよ。汗引くまで着たくないし。……妹らしいから構わないでしょ?」
こいつ外でもこんなズボラじゃ無いだろうな?
とりあえずアプリは中断だな。棚から着替えを出し、扉に向かう。部屋から出た薊のそばを通ると甘く芳しい匂いがした。
「……シャンプー変えた?」
「あっ、うん。……知り合いから勧められてさ。どうかな?」
薊が遠慮がちに答えた。
そうか。香水じゃなくてシャンプーの匂いだったのか。
「好きだよ、その香り。お前に合ってる」
「……ありがと」
照れた様に顔を逸らす薊に背を向け、歩き出す。
風呂場に着くまで、暫くジャスミンの匂いが消えなかった。
夜も更けて深夜0時。開けた窓からは何も聞こえず、僅かに冷んやりとした風が流れて来た。
家族はみんな眠っている。
仕事帰りの母は、ビーフシチューをつまみに酒を飲み速攻寝入った。
薊はいつも8時過ぎには寝ている。おばあちゃんかよ。スマホもらくらくフォンだし。
「……ふぅ」
深呼吸。意識をリセットする。戦う為に。殺す為に。
窓を閉めてコートを着る。昼は暑いが夜は涼しくなってきたからな。
薊は毎朝登校の前に父に挨拶をしに行く。
通学路途中の小山を登った先にある墓場だ。道は舗装されていて危険はない。
だがマップ上では印が付いている。
赤いマークの上にはトロールの山と書かれていた。
「昨日が森で今日は山か。まだ夏休み気分だな」
————その夜、地図からダンジョンが一つ消滅した。
獲得ポイント : 1530
消費ポイント : 2900
トロールの棍棒を入手。




