兄妹
————Congratulations! ネストオーナー、マンドラゴラの撃破に成功しました。達成プレイヤーには特別ポイントが贈与されます。オーナーの消失により、まもなくネストダンジョンが消滅。入場プレイヤーは強制的に退去されます。
なんとか倒せた様だな。やっと耳栓を外せる。
窮屈な感じも嫌だが、頭の中に響くアナウンスが煩くて敵わない。どんな状況でも聞こえるってのは良いけどな。
「……ふぅ」
久しぶりにクリアになった聴覚が虫の声を捉える。
植物の縄張りという事は虫の縄張りとも言えるか。
伝承では蝋で耳を塞いでマンドラゴラを採取していたらしい。
それに倣った作戦というわけだが、失敗は死に直結だ。半ば賭けの様なものだった。
まあ確実な勝利なんてつまらないからな。戦いは半丁博打くらいが丁度いい。
しかし倒せたはいいが——、
「……きったねぇ」
全身マンドラゴラの体液塗れだ。ぬれぬれのべとべとである。甘い香りなのが救いか。
本当に茉莉花が羨ましい。遠距離技が欲しくなってきた。
……さて、ヘルプの通りならこのまま待っていれば帰れるわけだが。
「ん?」
マンドラゴラの死体から赤い光の球が出てきた。蛍の光の様に小さく揺ら揺らと飛んでいる。
光はそのままこちらへと進み、俺のスマホの中に消えていった。
————マンドラゴラの根を入手しました。
ああ、これが貴重なアイテムという事か。ポイント以外の旨みね。
だがその激レアはスマホの中に入ってしまった。どうやって取り出すんだ?
仕方なくヘルプを開こうとした瞬間、周囲の空間が捻れ歪む。
……ああ、こういう風になるのか。
————ダンジョン消滅により強制退去されました。
アナウンスが聞こえ、俺の視界が急に白んだ。
「くっ……」
あまりの眩しさに、咄嗟に腕で顔を隠す。
ゆっくりと眼を開けると、そこは元のキャンプ場跡地だった。戻ってきたのか。
同時にプロトコル終了のアナウンスが流れ、解除を選択する。
全能感が消えるが、昨夜と違って大きな疲労やダメージはない。そして重要な事に体中の液体が消えている。よっしゃ。
これはネストが消滅したからか。茉莉花の時と同じだな。
「……ボスを倒したのか? まだ20分も経ってないぞ。無茶はするなと言った筈だが」
しかめ面で及川が出迎えてくれた。日光が不機嫌そうな顔を照らしている。太陽の位置に変化はないな。スマホの時刻を見ても15分ほどしか経っていない。どうやらダンジョンの内外で時間の流れは変わらないらしい。
「入口で待ち構えられていたんだ。偶々だよ」
「……今後も続きそうな偶々だな。まあいい、車に乗りなさい。近くに馴染みの店がある。昼食をとってから帰るぞ」
おっしゃる通りだ。細かく遊ぶなんて性に合わないからな。今後もダンジョンではボス狙いを継続していくつもりだ。
「いいね。寿司でも奢ってくれるのか?」
「寿司は今朝食べただろう? これから行くのは蕎麦屋だ」
及川は不思議なものを見る目で言った。
……そこは寿司じゃないのか。
及川の行き付けの蕎麦屋は名店だった。
僕は天ざるを頼んだのだが、これがまた美味。
蕎麦も天ぷらも文句なし。食後に蕎麦湯が出てきたのもポイント高い。リピートしたいくらいだな。
ちなみに及川が頼んだのはかけ蕎麦稲荷寿司セット。奢りの食事で野暮なツッコみはしない。
「美味かっただろう?」
運転席から及川が尋ねてきた。変わらずの無表情だが、何処となく雰囲気が柔らかい。
「美味かったな。店が遠いのが残念だ」
「同感だな。食事の為に移動するには遠すぎる距離だ。……昔はこの近辺に住んでいてな、子供の頃から慣れ親しんだ味なんだ。この店は私が食の道に進んだ理由のひとつでもある」
及川は顔に似合わずお喋りで、話してみると結構面白い奴だ。
昨日までは何の興味も湧かなかったんだがな。
やはり生活が充実すると物の見方が変わるようだ。
「蕎麦屋ではなく寿司を選んだのはどうしてだ?」
「龍司は寿司好きの蕎麦嫌いだ」
ブラコンか。思えば龍司と飯に行く時は寿司ばっかりだった。
その割には兄の事などアイツの口から聞いた事はない。
実は嫌われていたとか?
いや違うか。龍司は大切な事ほど誰にも話さない奴だった。まるで宝物を大事にしまっておく様にな。
だが実際には分からない。単に嫌われていただけかもしれないし。
今考えても仕方ないか。いつかアイツの口から聞けばいいだろう。
その後及川と適当な雑談を交わし、気付くと見慣れた街並みまで戻ってきた。
「ここら辺で降ろしてくれ。一緒にいる所を誰かに見られたくない」
僕も及川もとてもよく目立つ。おまけに車も高級車だ。嫌でも視界に入るだろう。万が一にも家族に伝わったら今夜は質問の嵐だ。近所の住民は噂好きだらけだからな。
「今更だな。昨夜のうちに君の家族には連絡してある。体調不良で街を彷徨いていた所を保護したとな」
なんと面倒な事を。僕が家にいない事なんて日常茶飯事なのに。逆に説明に苦しみそうだ。
「マメな奴……」
「仮初めでも教師なのでな。……何かあったら連絡してくれ。緊急性がある時はアプリのフレンドチャットを使えば良い。アナウンスですぐに気付く」
行きの車内で及川とフレンド登録をした。アプリ経由で会話が出来るだけの機能だが。ここら辺のシステムは本当にゲーム的だ。
「何かあったらな。お守りはもういい。暫くは1人で試行錯誤を楽しむさ。それと龍司の事については出来る範囲で探ってみる。分かったらすぐに教えるよ」
「……君にも願いがあってアプリを起動したのは分かる。私もそうだったからな。だが無茶はするな。君がいなくなれば悲しむ者もいる」
もう僕の願いは叶っているんだがな。
今日のダンジョンは楽しかった。すぐにクリアしてしまったから少々遊び足りないが。
気兼ねなしに戦えるのは良い。僕にだって倫理観はある。無作為にプレイヤーとバトルなんて出来ないからな。
「僕はあの馬鹿ほど慕われちゃいませんけどね。今日はありがとうございました。それではまた学校で」
「ああ、また明日。それと授業はきちんと受ける様にな。今日話してみて、君の成績が悪いのはやる気がないからだと分かった」
車から出て一礼する。正直今日は色々教えてくれて助かった。
だが授業については余計なお世話だな。卒業後は投資とぱちプロで生きる予定だ。学業なんて適当に流せばいいのさ。
及川に背を向け帰路を歩く。ここから自宅まですぐだが、向かう足は重い。
アイツが余計なフォローを入れたせいだ。家に帰ったら、教師のマンションで一夜を過ごした不調明けの僕を演じなければならない。クソだな。
「はぁ……」
溜息が出る。本音を言えばすぐにでもダンジョンを探しに行きたい。
だが連日帰らない訳にはいかないからな。今日のところは諦める事にする。
時刻は3時を過ぎたあたりだ。妹が帰ってくるまでまだ時間はある。
家に帰ったらヘルプの読み直しでもしよう。
漫然と歩き、気付けば我が家だ。古く小さいが庭だけは広い。
「ん?」
鍵が掛かっていない。母さんが帰っているのか? こんな時間に珍しいな。
まあ母さんならいいか。自他共に認める放任主義だし、子煩く言ってはこないだろう。
「……ただいま」
「おかえり」
そいつは包丁を突きつけながらそう言った。
僕そっくりの顔に母親譲りの黒髪。肩まで伸ばしているのは拘りではなく、切るのを面倒がっているだけだ。
獲物を光らせながら眠そうな目でこちらを見ている。
「……薊。料理中なのは分かるが、何で包丁を持って出迎えてくるんだ」
「その方がインパクトあるでしょ?」
薊は笑いながら切先を下ろした。
常日頃から妙な冗談を言う奴だがここまではしない。……相当怒っている様だ。
「連絡しなかったのは悪かったよ。昨日は体調が悪くてさ、あまり余裕がなかったんだ」
「刃が体調不良とかあり得ないから。どう先生を丸め込んだかは知らないけどさ、あの人に嘘付かせない方がいいよ。下手くそだから」
あの食えない男の嘘が下手? 何を言ったんだアイツ。わざとじゃないだろうな?
こうなったら誤魔化せない。薊は酷く頑固で考えを曲げない。こちらが折れる必要がある。
「ごめん、嘘をついた。及川とはゲーム仲間なんだ。本当はアイツの家で寿司食ってゲームしてた」
「……嘘ではないね。けどなんか誤魔化されてる気がする」
薊は勘が良い。だがデスゲームに巻き込まれて殺し合いをしてたなんて想像は出来ないだろう。言える事でもない。
「まあいいや、明日は一緒に帰ってよね。昨日は校舎中探しても見つからなかったし。ちゃんと教室で待っててよ」
「僕と一緒にいるのは危険だ。前もそれで屑どもに絡まれただろ。そんな事より学校はどうしたんだ? やけに帰りが早かったみたいだが」
尋ねると薊の表情が曇った。何かあったのか? 早退した? 具合が悪い様には見えないが。……まさか同級生とのトラブルとかじゃないだろうな?
「……刃は聞いてないの? 昨日の夜から茉莉花先輩の行方が分からないんだって。だから午前で授業は終わり。午後から緊急会議があったみたい」
茉莉花の件か。
他者から話を聞くと嫌でも実感するな。
……そういえば薊も図書委員だったか。名前で呼んでるし親しかったのかもしれない。
「……ごめん。嫌な事思い出させちゃったね」
薊は泣きそうな顔で俯いた。
しまったな、黙っていたから勘違いされたみたいだ。
「いや、大丈夫だ。きっと2人とも無事だよ。……それより今日の夕食は何だ? こんな時間から支度するなんて気合い入ってるじゃないか」
「うん……そうだね。えっと、メニューか。今日は梅粥と豆腐の味噌汁、あと青菜のおひたしだね。体調悪いらしいから食べ易いメニューにしてみたよ」
薊は意地の悪そうな顔で微笑んだ。
……まあなんだ、笑顔が戻った様で良かったね。




