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マンドラゴラ


 ————ネストダンジョン、マンドラゴラの森に入場しました。


 アプリからのアナウンスが頭の中に響く。

 さて、気張っていくか。


「————プロトコル起動。ケルベロス」


 俺を中心に放たれた力が辺りを揺らし、そして収束した。相変わらずの力の充足に気分が高揚する。

 ダンジョンに入ったら即プロトコル起動。及川先生によるレッスン1だ。

 スマホを取り出しアプリを確認する。画面には三つ首を持つ犬が映っており、頭の上に数字が表示されている。

 09:55。秒単位で数字が減っていく。プロトコルの残り時間だ。過ぎたら延長料金を払わないといけない。カラオケかよ。


「……ふぅ」


 猛る気持ちを抑え、周辺環境を観察する。

 燦々と輝いていた太陽は消え、空は星一つ浮かばない暗黒だ。プロトコルを使わなければ何一つ見えなかっただろう。

 辺りには鬱蒼と草木が生い茂っている。

 葉っぱの青臭さと墨汁に似た土の臭い。それに加え、何処からか甘い香りが漂っている。なんとも鼻に悪い。

 魔犬の嗅覚は人の身にはキツイな。身体強化は部分的にオフにする事も出来るが、そんな事をする奴は自殺志願者に違いない。


「この森は見渡す限り餌(・)だらけだからなッ!」


「————ッ!」


 蹴り折った大樹が、驚愕の表情を浮かべて息絶える。大方騙し討ちでもするつもりだったのだろうが、ケルベロスの鼻は誤魔化せない。同種の木々と比べて臭いが違う。ドブの様な臭いだ。


 ————トレントを撃破。20ポイントを取得しました。


 なるほど。ポイントはこうやって稼ぐものなんだな。

 とはいえプロトコル起動に使った量の1割にも満たない。呆れる程にぼったくりだが、元本割れは気にしなくて良いだろう。


「……………………!」


「————————」


「……………………」


 ポ(・)イ(・)ン(・)ト(・)なら沢山いる。人面樹の群れか。擬態するのはやめたようだ。浮かび上がった顔は一様に俺を睨んでいる。悪くない殺気だ。

 鞄からナイフを取り出し、怪物どもに突き付ける。


「俺は今空腹なんだ。やはり朝寿司はないな、及川の奴"寿司はたらふく食う物じゃない“とか言ってあまり握ってくれなかったし。……お前らは粗食だが量には期待できそうだ」


「——————ッ!」


 俺の言葉に反応する様に、前方のトレントが枝葉を伸ばしてきた。

 避けながらナイフを振るい、邪魔な枝を落としつつトレントに接近する。

 さすが寿司職人御用達のサバイバルナイフだ。ケルベロスの身体強化と合わさってスパスパ切れる。本命前に切れ味を試しておきたかったのだが余裕の合格である。


「ッ……」


 ばきりと小気味良い感触とともに、俺のアッパーカットがトレントの顔面を砕いた。


 ————トレントを撃破。20ポイントを取得しました。

 

 これで2匹目。拳を開いて左手を確認するが、傷一つなく痛みもない。肉体自体の強度も上がっているみたいだ。

 茉莉花の雷撃みたいな攻撃方法をケルベロスは持っていない。

 肉体がメインウェポンになるなら、格闘技を学ぶのも良いかもしれないな。

 

「……おっと」


 後方のトレントから葉っぱが大量に飛んできた。

 間髪入れずその場で跳躍。伸ばした手は俺の身長の3倍ほどの高さの枝に届き、そのまま鉄棒の要領で身体を振り上げ木の上に登った。

 葉はまるで飛蝗の群れの様に纏まって進み、進路上にある木の幹に着弾。

 切り刻まれた木は地面を揺らし、派手に倒れた。


「……優秀な飛び道具をお持ちで」


 トレントが再びこちらに枝を向ける。

 すると禿げた枝は急速に育ち、青々とした刃を芽吹かせた。

 10秒ほどか。装填速度は中々だな。そしてその間隔で木を切り倒す程の攻撃が遠距離からやってくると。それは大層驚異的だ。苦戦は免れないだろう。だがそれは、


「当てる事ができればの話だ」


 俺は乗っていた枝を強く蹴り、空中から真っ直ぐに奴を強襲する。

 再びこちらに葉の刃を放つトレント。気色悪い笑みを浮かべている。空中では回避も出来ないとほくそ笑んだか。

 だが残念。進行上にある木の幹を蹴って強引に方向転換。着地する。

 こいつの葉っぱは強力だが速度はそこまでではない。しかも直線にしか打てないようだ。そして次弾には10秒かかる。それだけあれば十分殺せる。


「ッ!?」


 スマホから撃破アナウンスが流れる。

 トレントは潰された顔面から体液を撒き散らし、そして沈黙した。

 殴りやすいから顔を狙っているが、どれも即死している。

 どうやらここが弱点と見て良さそうだな。わざわざ教える様に曝け出してくれるのだからありがたい。

 まさしくチュートリアルに相応しい敵だ。

 さて、こいつらの殺し方は覚えた。あとは喰らいつくだけだな。

 ポケットからスマホを取り出す。画面には06:48と表示されていた。延長システムがシームレスに行なわれるかも分からない。さっさと平らげるとしよう。


「さあ……巻いていこうか」

 

 投げたナイフが綺麗にトレントの眉間に刺さった……80。

 死体に近付き、ナイフを抜くと背後から葉刃の気配。今し方殺したトレントを盾にして攻撃を受ける。流石に普通の木より頑丈だな。

 俺は葉の刺さった枝を1本へし折る。それを右手に握って走りだし、駆けた勢いのまま装填中のトレントに枝を叩きつける。

 トレントは自らの刃で顔をぐちゃぐちゃ切り刻まれ、苦悶と共にポイントに変わった……100。


「……ん?」


 攻撃の気配が無くなったと思ったら、トレント達が背を向けて移動していた。見た目に反してかなり速いな。


「ははっ、かくれんぼの次は鬼ごっこか。いいね」


 ばきりばきりばきり……120、140、160。

 本当に良い感触だ。きっと打楽器の様な素敵な音を奏でたに違いないね。

 確かに速いが、その程度では追い付くのに数秒とかからない。


「………………ッ!」


 トレント達が蜘蛛の子を散らす様に逃げ惑う。

 中には逃げずに必死な様子で叫んでいる奴もいる。

 悪いが何を言っているのか分からない。……命乞いかな? だが1匹とて見逃すつもりはない。

 出された食事は残さないのが信条なんだ。



 

 刺突。上段蹴り。右フック。右ストレート、左スマッシュ、頭突き膝蹴り引き裂き…………320。

 余す事なく完食。森に静けさが戻ってくる。

 それなりに美味かったが茉莉花には遠く及ばなかったな。

 画面を見るとプロトコルはまだ4分弱も残っている。


「……少し疲れたな。休憩にするか」


 出来立ての倒木に腰を掛け、ペットボトルの水で口を濯ぐ。鞄の中に入れていたため、まだ辛うじて冷たいままだ。

 俺はスマホを取り出す。本当に圏外だな。

 ネストダンジョンについてはヘルプに書かれていた。

 茉莉花のネストと違い、まるきり異世界の様な空間だが基本は同じ。

 ネストの主を倒せばダンジョンクリアとなるらしい。貴重なアイテムも手に入るのだとか。ゲームかよ。

 富士の樹海より深そうなこの森でボス探しか。普通なら滅入ってしまいそうだ。


 ————ピピピピ、ピピピピ。プロトコル終了時間となりました。ポイントを使用し延長しますか?


 さてさて。プロトコル起動には300ポイント、10分間の延長に200ポイントが掛かる。新たに起動しなおすより維持した方がずっとお得だ。

 だから当然俺は、


「————延長はしない。プロトコルを解除するッ!」


 解除と同時に転がる様に倒木から移動する。

 その瞬間。何(・)か(・)が地中から現れ、倒木をへし折った。

 やれやれ、ようやく来たか。わざとらしく隙を作ってやったのに一向に現れないから心配になったよ。

 そして俺の力が霧散したのを見て出てきたと。なんとも慎重な奴だ。


 ————ネストオーナー、マンドラゴラが出現しました。


「————プロトコル起動。ケルベロス」


 こいつがボスキャラか。地中から漂っていた甘い香りの元。ずっと観察されていた様だな。

 プロトコルによる力の波動もどこ吹く風。敵は空中を楽しそうに遊泳している。

 地中から伸びた女の木像。それがマンドラゴラの姿だ。

 腿の付け根から両脚がくっつき、一体となって長く地面に伸びている。イメージとしては蛇女。触手の先端に人が生えているようにも見える。


「…………」


 彼女はニッコリと笑いながら体をしならせ、勢いよく俺に突っ込んできた。

 大きく開いた口からは鋭い牙を覗かせている。

 ——速い。トレント達とは比べ物にならない。ただ惜しいな。


「俺の速度はさらに比べ物にならない」


 キスをせがむ彼女に俺の拳が突き刺さる。緑色の体液を撒き散らし、美しい顔面は破裂した。

 残された上半身は急激に萎れ、枯れ木のように変色し地中に埋まっていった。


「ん? ……アナウンスがないな」


 そう思った矢先、地面から振動。地中から俺を取り囲む様に3体の木像が現れた。


「四姉妹だったとは知らなかった」


 木像。複数。体液。地中。枯れ果てる様な死に様。アナウンスなし。

 ————よし。これならいけるな。

 鞄からプラスチック製の袋を1つ取り出す。ドラッグストアで購入したとっておきだ。

 俺はそれを左手に持ちながら、右手でナイフを構える。


「————ッ!」


 何かを叫んだ様だ。威嚇する様に大口を開け、三方向から襲いかかってきた。

 左右からの同時攻撃。それを跳び退いて避ける。

 後ろを振り返ると、3匹目がその隙を狙って噛みつこうと高速で近付いてきた。

 良い連携だが速さが足りない。


「——ッ!」


 俺はナイフを口に咥え、3匹目の首を右手で掴む。そのまま彼女の背に跨ぐ様に乗った。

 振り落とそうと踠かれるが、すぐにおとなしくなり、そのまま空中高く舞い上がった。

 他の2匹が追従してくる。ここで仕留めるつもりか。

 急に足を締め付けられる感触。確認すると木像からツルが伸び、俺の脚を縛っていた。中々の策士だな。

 だが足場を固定してくれたおかげで両手が使える。

 存分に策に溺れてくれ。


「初対面の女性に跨るなんて、少し野蛮だったな。……こいつはお詫びだ」


 木像の背中に除(・)草(・)剤(・)の(・)袋(・)を押し付け、それごとナイフで刺し貫いてやる。


「ッ! 〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!?」


 直後、木像は激しく苦しんだ様子で地面に落下。俺は寸前でツルを引き剥がし脱出した。

 他2匹も同様に落ち、揃って萎れ枯れ果ててゆく。

 相変わらずアナウンスはない。つまり本(・)体(・)ではない。

 恐らく地中にいるのだろう。マンドラゴラはそう言う物らしいからな。

 ここまでの移動時間は長かったが、おかげで予習する暇は十分にあった。

 そして体液が流れているなら、除草剤は本体にもダメージが伝わる可能性は高い。現に毒を喰らっていない他2匹も御陀仏だった。


「おっと? ……ついにお出ましか」


 地震かと思える程に激しく地が揺れる。木像の出現時とは比べ物にならない。

 目の前の地面が隆起し、木々が倒されていく。

 地中から大きな芽が伸び、葉を開き、茎となる。

 その下から人の上半身を模した様な、巨大な根っこが現れた。木像と違い顔はなく、代わりに胸部に大きな口がついている。

 こいつが本体だな。


「さあ大詰めだ。ケルベロス——三ツ首解放。PPブースト」


 俺の身体強化は3段階まで指定して発動出来る。

 今までは1段階で戦っていた。上げるごとにプロトコル維持時間が2倍3倍と減っていくが、その分強力だ。

 マンドラゴラは大きな口を下品に開けている。向こうもやる気だな。


「ふっ!」


 俺は遠く後方に飛び、地面に手脚をつけて四つ脚に構える。出し惜しみはない。ここで決めてやる。

 呼吸を止め全身の力を爆発させる。放たれた弾丸は一直線にマンドラゴラに向かう。


「——————————ッ!!!」


 奴は大きな口を振るわせ懸命に叫んでいる。

 伝承にあった奴だな。引き抜いた人間を死に至らしめる絶叫か。

 だが本当にすまない。何度も言うが何を言っているかさっぱりなんだ。

 ダンジョンに入ってからずっと耳(・)栓(・)をしているから何も聴こえていない。

 聴力強化も切ってある。縛りプレイの様だったが、嗅覚依存の戦いの練習にはなった。


「楽しい体験だったよ。……じゃあな」


 十分に助走をつけた飛び蹴りが、マンドラゴラの体を貫通した。


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