ダンジョン
及川は頭を下げたまま動かない。そしてテーブルには拳銃。
本物かどうかなんて分からない。この懇願さえ単に僕を騙す為の罠かもしれない。だが、
「頭を上げてください。……龍司は生きているんですか? 」
「ああ……、私はそう信じている」
信じている……ね。確証はない様だ。だがそう思うだけの根拠はある筈だ。それが知りたい。
黙っているこちらの意図を汲んだのか、及川は話を続ける。
「龍司とは今も連絡は取れない。ただ一緒に遊んでいたゲームがあってな、それにはたまにログインするんだ。……龍司本人だという保証はない。こんなものを生存の根拠にするのかと、君は笑うかもしれない。だが私にはそれで十分だったんだ。弟を諦める事など絶対に出来ない」
「……笑いませんよ」
及川は自嘲するように笑った。
その胸元を見ると、Tシャツのドラゴンが大きな牙を剥き出し、獰猛な笑みを浮かべている。
言われてみれば龍司の選びそうなセンスだ。
得意気にシャツを渡す姿が容易に想像できる。
そうか。生きているのか。あいつは。
……いや及川の言う通りだ。強い根拠ではない。
だがそうだな、あの悪運の強い馬鹿の事だ。
それくらいの可能性があれば、ひょっこり出て来てもおかしくはない。
「私は龍司が失踪したと聞き、すぐに帰国してこの街に来た。独自に調査していたんだが、その途中でスマホに妙なアプリが入っている事に気付いてね。そこからは君と似たようなものだ。物知り顔で説明したが、たかだか一ヶ月間の先輩なんだよ私は」
一ヶ月と言う割には底知れない雰囲気がある。さっきの拳銃での脅しといい、その胆力は少なくとも一介の教師が持つものには見えない。
……いやまて、一ヶ月間? ひと月前は夏休みだ。それまで海外にいてこの街に来た? こいつは現文の教師なのに……違う! 現文の教師は女だった。こいつじゃない。
まさかこいつの能力は——
「認識操作? 」
「……驚いたな。これだけで力を当てられてしまうとは。隠すつもりも無かったがね。まあそう言う事だ。私の本業は寿司職人であって教師ではない。ちなみに前任の小林先生は、臨時収入を抱えて退職されただけだから心配はするな」
やはりそうか。それなら銃を突きつけて来た時に、及川を見失った事にも説明がつく。
銃をテーブルに置いたのもまやかしだったかもな。食えない奴だ。
「丁度いい。私だけ君のモンスターを知っているのも誠意に欠けると思っていた所だ」
及川はスマホを取り出しアプリを起動する。
画面にドット絵で描かれた襖の絵。……僕のとは違うな。
さらに彼が画面をタップすると、襖が開かれ中から着物姿の老人のキャラクターが出て来た。
画面上部のウィンドウに何か文字が書いてある。
NURARIHYON……ぬらりひょん?
「——ぬらりひょん、それが私のモンスターだ。能力は認識操作。情報集めには重宝する力だよ。攻撃力は物足りないがね」
名前は聞いた事があるな。確か日本の妖怪か。
能力がモンスターの伝承由来なら、今後は予習の必要がありそうだ。
「その力で学校での認識を操作していたと。さっきのあれといい、もしかしてプロトコル無しでも力を使えるんですか? 」
「イリーガルと呼ばれるシステムだ。生身でも力が使える。ポイント効率はあまり良くないが」
そういえば茉莉花もプロトコル前に補給を行なっていたな。仕様については後で詳しく確認しておこう。
「話を逸らしてしまいましたね。……僕としても龍司の行方は気になります。先生を手伝うのは構いませんが、何をすれば良いのですか? 」
「別に大仰な事を頼みたいわけじゃないんだ。情報の共有だけしてくれたらいい。このゲームではそんな仲間を作る事すら難しいんだよ。それに弟の友達に無理はさせられないからな」
何が無理はさせられないのか。やはり及川は食えない男だな。
昨夜は出て来るタイミングが良過ぎると思っていた。
大方認識操作を使って最初から覗いていたんだろう。
こいつの言う事を鵜呑みにするのは危険だな。
だがまあ……龍司の兄だというのは嘘ではない気がする。あいつもこいつも変な奴だしな。
「わかりました。それくらいならば是非」
「……ありがとう。改めて名乗ろう。私は及川一郎、龍司の兄だ。苗字は違うが気にするな。それと今後は及川でいい。敬語も不要だ。勿論学校以外の話だが」
「斑目刃だ。よろしく頼む」
差し伸ばされた及川の手を握る。硬く分厚い掌の割に、しっとりと柔らかい。これが寿司を握る者の手か。
いやなんで男の掌のレビューをしているんだ僕は。
「よし、では後回しにしていたポイント入手の話に戻ろうか。先ほど言った通り実践して貰う。今から出るぞ」
「……今日は平日だぞ。学校はいいのか? 」
今日から茉莉花は欠席だ。下校時に話していた僕まで休んだら悪目立ちする。
授業なんて欠片も興味はないが一応聞いてみる。
「どうでもいいだろう? 学校なんて」
及川はきょとんとした目をして言った。
教師らしからぬ発言にため息が出る。
寿司職人だもんな、お前は。
「……確かにそうだな。今はゲームに慣れる事の方が重要だ。僕は初心者なのだから。初戦が上手くいったからといって天狗になるつもりはない」
これは本音だ。折角面白いゲームを見つけたのだ。
何も分からずに負けてしまうのは面白くない。
僕はチュートリアルをよく読んで遊ぶタイプだ。
「良い心掛けだな。君が龍司の友で良かった。……では行こうか。目的地はネストダンジョン。マンドラゴラの森だ」
「……着いたぞ。ここにダンジョンの入り口がある」
及川の車に乗せられて1時間半。太陽も大分頂点に近づいてきた。
場所は隣の市との境にある山の麓。閉園したキャンプ場だ。
車の扉を開けると虫が飛んできた。それを手で払いのけ、砂利の敷かれた地面に立つ。
九月半ばとは言え、まだまだ暑い陽気にうんざりする。
気分転換に煙草を取り出すと及川が睨んできた。料理人に煙草は御法度らしい。
はぁ……。仕方なく道中のドラッグストアで買ったガムを口に放り込む。リラックスしたい気分なんだけどな。
「……ところで何処に入り口があるんだ? 道中でダンジョンの話は聞いたが、そこについては伏せていたな」
「これも体験した方が早いからな。そこに大きな杉の樹があるだろう? アプリを起動して幹を見てみろ」
言われた通りにアプリを起動して前方の杉を見てみる。
「……なるほど」
いつの間にか、杉の樹には扉が付いていた。
木製の扉には大量の蔓が絡まっており、扉そのものが蔓で形作られている様に見える。
「あそこの先がネストダンジョンだ。中には文字通りの化物どもが蔓延っている。要するにノンプレイヤーのエネミーキャラだ。……注意事項は覚えているな? 」
ゲームでの例えは分かりやすい。龍司とゲームで遊んでると言っていたし、意外にもゲーマーなのかもな。
まあいい。注意事項か。
「入ったらすぐにプロトコルを起動しろ。中にいる奴は全て敵と思え。ヤバそうなら逃げろ」
「物覚えの良い生徒だ。よし、では気を付けて行ってこい。私はここでプレイヤーが来ないか見張っている。未発見ダンジョンだとは思うが絶対ではないからな」
先生の引率がなくて本当に良かった。お守りつきでは楽しめないからな。
鞄のチャックを確認して背負い直す。
お茶にサンドイッチ、冷感タオルにガムとナイフにエトセトラ。ドラッグストアで色々用意してきた。
まるでピクニックに行くみたいだ。
それも間違いでは無いだろう。ただ普通のピクニックより命の危険が大きいだけだ。
「じゃあ行って来る」
俺は駆け足で杉に近寄り、扉のノブに手を掛けた。
本当に楽しみだ。……わくわくするね。




