追われる立場
眠い……。眠くて歩くのがだるい。やっぱ休めば良かった。こんなに眠い中の通学とかもはや拷問だ。
ネストの処理にはそこまで時間は掛からなかったのだが、その後が中々寝付けなかった。
戦闘の快感というか、生死を別つ緊張というか。
要するに興奮して眠れなかったという事だな。
まあ授業中に寝れば良いだろ。放課後はポイント稼ぎに行かないとだしな。
「……すみません。斑目先輩ですか?」
「……少しお時間を貰えますか?」
校舎が見えてきたと思ったら声を掛けられた。
女子が2人。顔がそっくりだな。双子か? 口振りからすると1年か。
「僕は凄く眠い。あと10分でHRが始まる。眠い頭で急がなければならない。また今度にしてくれ」
「ほんの少しでいいんです。……私たち、茉莉花ちゃんの友達で」
……ここでも茉莉花か。まあそうか。昨日の今日だ。
クラスメイトから話が漏れたか? 授業後に2人で話してるのは見られただろうからな。
「……茉莉花ちゃんは先輩の事が大好きだったんですよ。いなくなる前も先輩の事ばかり話してました。だから先輩ならって」
「茉莉花ちゃんの居場所に心当たりはありませんか?」
双子は真剣だ。僕の挙動も、一字一句も見逃すまいとじっとこちらを見ている。だが悪いな。話せる事はない。
「茉莉花さんとは校舎を出る前に別れたからね。その後の事は知らないんだ。僕も彼女の無事を祈っているが……」
我ながら白々しいとは思うが、校舎を出る前に別れたのは事実だ。
双子は変わらずこちらを見ている。……気に入らない視線だ。疑われているのか?
「……わかりました。お時間を取らせてすみません」
「ごめんなさい」
頭を軽く下げ、2人は校舎に向かって走っていった。
こういう事態は想定済みだ。だが面倒な事には変わりはない。これっきりにして欲しいものだが。
……しかし走るの速いな。相当急いでいるな。それもそうか。あと10分じゃ間に合うかどうか怪しいもんな。遅刻は嫌だもんな。
はぁ……。
「遅刻しよう」
ゆっくり行こう。1限目は及川の現文だしな。最悪そちらに足が出ても大丈夫だろう。あいつ教師じゃなくて寿司屋だし。
「……寝坊かな? 斑目君。どうやら大分夜更かしをしていたみたいだ。昼休みに生徒指導室に来るように」
全然大丈夫じゃなかった。なんでだよ及川。
どうでもいいだろ? 授業なんて。
「さて、本題に入ろうか」
まあ遅刻程度でお説教が始まるわけはない。
僕と及川の共通項はただ一つだ。話すテーマなんて決まっている。
「話し忘れでもあったのか? それならチャットアプリや通話でも良かっただろうに」
「君には危機感を持って貰いたかったからな。……これを見ろ」
及川が不機嫌そうにスマホをこちらに向けた。
画面に映っているのは勿論例のアプリ。左上部のアイコンには掲示板と書かれている。
「なっ!」
ネストダンジョン情報交換27
372 Sep 16 01:33
トロールの山が消えた。俺は近くにいたんだが、アナウンスによるとクリアしたのはケルベロス。バーバ・ヤーガを殺したのと同じ奴だ
373 Sep 16 01:35
レイドをソロ出来るならトロールくらいやれるだろ。
だけどケルベロスの奴なんて聞いた事ないな。神話は有名だけどさ
374 Sep 16 01:40
レイドソロとかイカれてんのか? どんな奴だよ
375 Sep 16 01:43
>>374 一応出入りする時に姿は見た。暗くて良く見えなかったけど。背は高かったな。たぶん男
376 Sep 16 01:47
>>375 見てねえのと変わんねえよ
けど男なら殺しやすくて良いな。女はやりにくい
「……見られていたのか」
「そうだ。迂闊な事をしたな」
及川が嗜めるように言った。
これは掲示板のスレッドか。書かれていたのは僕の事。
どうやら他のプレイヤーからマークされている様だ。
掲示板も確認しておくべきだったな。先入観を持ちたくなくて、ゲームに慣れてからと考えたのが仇となった。
「ダンジョンもレイドと同じだ。消滅時に近隣のプレイヤーにアナウンスがいく。……だから昨日は見張りをしていたのだが」
それは結構重要な情報ではないだろうか? クランの説明もされなかったし、及川の情報には歯抜けがあるな。
単なる伝え忘れとは考えない方がいい。付き合いは浅いが間抜けには見えない。
用心した方がいいだろう。
「……それは説明して欲しかったな。おかげで僕は人気者だ」
「それはすまなかったな」
及川の表情にはすまなさの欠片もない。
まあ聞いていた所で結果は変わらなかったと思うが。
スレッドにはチラホラ好戦的な奴もいるな。そういうタイプなら戦っても問題はないだろう。
「……口角が上がっているぞ」
「苦笑いだよ」
呆れた様に及川が溜息をつき、スマホをしまう。
しかしそれなら近所のダンジョンは控えた方がいいな。
戦うのはいいが身バレは困る。僕だけの問題ではなくなるからな。
あとで今日のダンジョン計画を練り直そう。酒呑童子はまたいつかだ。
「私には理解できない感覚だが……まあいい。折角だから食事を共にとろう。昼食は持ってきているか? なければ私のを分けてやる」
及川の弁当か……また寿司だったりしないよな?
だが僕はちゃんと弁当を持参している。寿司は美味いが毎日食うものじゃない。
「弁当は持ってきているよ。妹が毎朝作ってきてくれるんだ。僕はいいって言うんだけどね。うちは朝食夕食はそれぞれで済ませるスタイルなんだ。だからせめて弁当は用意したいんだってさ。律儀な奴だよ。ちなみに結構な料理上手だ。あんたの寿司も美味かったが負けてはいないと思う」
「……そうか。仲がいいんだな」
「まあね。そろそろ兄離れして欲しい所だが」
鞄から弁当箱を出して机に置く。蓋を開けると彩りの良いおかずが敷き詰められていた。
正直頭が下がるな。今度改めて礼をしよう。
向かいの席では及川も弁当を取り出している。円形の木箱だ。鱒寿司が入っている様な奴。
「……まさか弁当も寿司なのか?」
「学校の弁当に寿司を持ってくるわけがないだろう」
及川が蓋を開けてこちらに見せてくる。中には青菜に包まれた楕円形のおにぎりが詰まっていた。
「今日の弁当はめはり寿司だ」
めはり寿司って寿司じゃなかったのか……。




