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月と太陽


「んー……」


 大きく伸びをする。欲を言えばベッドで眠りたかったが、保健室には出禁になっている。まあ机に突っ伏して眠るのも悪くない。

 程々に思考も晴れてきた。ちょうど最後の授業が終わったみたいだな。クラスメイトは帰る準備をしてたり、お喋りしていたりと各々だ。


「…………やっぱり…………だろ」


「…………3年の人とも…………らしい」


 チラチラとこちらを気にして小声で歓談している奴もいる。

 ウザったいが龍司に引き続き知り合いが消えるのは2人目だ。奇異な目で見られるのは仕方がない。

 もっとも茉莉花の方は仲良しでもなんでもなかったが。


「はぁ……」


 とはいえ暫くこの視線を浴びるのは憂鬱だな。

 授業も終わったし教室を出る事にする。

 廊下に出ると他の教室は授業中らしく、人影は見えなかった。

 スマホを見るとまだ時刻は授業終了の5分前だ。

 早く終わらせ過ぎだろあの教師。一昨日もそうだったけど及川は寿司屋だしな。というかよく授業出来てるよなアイツ。

 どうでもいい事を考えながら階段を登る。このまま屋上で一服したい所だが我慢。3階まで階段を登り1年の教室に向かう。


「…………と言うわけで……して……」


 うちの学校の教室はガラス張りになっており、授業の音も少しは拾う。

 緊張感と開放感がどうたら、いじめ防止がどうたら。色々理由はあるらしいが詳しくは知らない。

 1年生から驚いた様な視線を受けるが無視。邪魔してすまないな。

 薊のクラスは一番奥だな。そこで待ってよう。

 途中の教室でやけに黄色い声が目立つと思ったら及川の授業だった。相変わらずの無表情だが疲れた印象がある。せいぜい頑張れ。

 1-8、ここだな。教室を覗くと、ちょうど窓際の薊と目が合った。

 薊は窓に視線を逸らすが、後ろ頭を掻いている。照れている時の仕草だ。

 程なくして準備が終わり、薊が出て来た。


「薊」

 

「教室で待っててくれたら良かったのに……刃は目立つからさ」


 教室でニヤニヤしながら2人の女子が見ている。確か薊の友達だったな。軽く頭を下げると礼を返して来た。


「……その事だがこれから急用が出来てね、謝りにきたんだ」


 薊はじとっとした眼で僕の顔を確認する。それから溜息をつきながら言った。

 

「…………嘘じゃないみたいだね。直接謝りにきたし許してあげる」


「すまないな。最近は物騒だから真っ直ぐに帰れよ。いつもの通学路なら、まあ安全だろう」


 及川の話によるとたまに一般人がネストに迷い込む事があるらしい。

 だが通学路上にダンジョンはもう無い。とりあえずは大丈夫だろう。

 

「刃にいわれてもねぇ。まあいいや、夕飯はどうする?」


「今日は適当に済ます。……そういや弁当美味しかったよ。じゃあな」


 薊と別れて長い廊下を引き返す。他の教室も授業が終わった様で、生徒がチラホラと出て来た。

 階段に差し掛かり、振り返るとムスッとした顔の薊が2人に笑われているのが見える。……良い友達だな。

 階段を降りて玄関へ。そのまま靴を履き替え校舎を出る。その瞬間、


 —————ハティのネストに入場しました。


「なっ!」


 ネストだと!? 馬鹿が張りやがった! こんな大勢の前でやるつもりか!

 どうする? プロトコルを……いや余波で生徒が危ない。仕方ない、まずは及川に……


「その反応だけで十分。お前がケルベロスだね」


「ッ!」


 ————オーナーによりネストが解除されました。


「いやーポイントが無駄にならなくて良かったよ。ほぼほぼ黒だったけどね」


「ポイント使ったの私なんだけど……。でも駄目だよ先輩。可愛い子に惚れられてるって話されたのに、動揺もせずにアリバイの話するなんてさ」


 正門から2人の女が現れる。今朝の双子だ。

 長い茶髪をハイポニーにした小柄な女子。どちらも同じ姿で見分けが付かない。

 やられたな。ネストを張ったのはこちらの反応を見る為か。

 コイツらが俺を探っていたのは分かっていた。さも後輩の様に近寄ってきたが、この2人はうちの生徒じゃない。

 さっき1年の教室を確認した時にいなかったからな。

 くそ……早速身バレかよ。こうなった以上逃げる事は出来ない。


「こんな所でアプリの話をしていいのか?」


「だから先輩もシーしてないと駄目だよ? 他のプレイヤーがいないとも限らないから。……いやもしかして一般人の事気にしてる? 先輩って初心者なの?」


「一般人にはアプリの情報は認識出来ないよ」


 ……本当に及川は立派な先生だな。重要な話ばかり外しやがる。

 熟練者の振りは茉莉花の時に痛い目を見た。さっさとゲロってしまおう。


「始めて3日目だ」


「嘘ッ! 初日で茉莉花を殺したの!?」


「……ありえない」


「おい! 今の発言はまわりに伝わるんじゃないか!?」


 焦って辺りを確認するが聞かれた様子はない。

 注目を受けたらコイツらも面倒だろうに。狡猾そうなわりに抜けているな。

 そして茉莉花がバーバ・ヤーガだと言う事を知っている。知り合いというのは本当の事か。

 双子は訝しむ様に俺を見つめる。我ながらあの夜は出来過ぎだったと思ってるよ。


「……まあいいか。ごめんごめん! わざとじゃないよ。先輩に迷惑かけに来たわけじゃないんだ」


「今日来たのは提案のため。先輩にとっても悪い話じゃない」


 こっちは身元が割れてるんだけどな。その上でする取引に良い話などあるものか。

 だが向こうも姿を晒している。少なくとも話をしに来たというのは信じていいだろう。


「……用件を聞こう」


「そんな警戒しなくてもいいって。簡単に言うと勧誘だよ」


「先輩を仲間に誘おうと思ってね」


 双子は俺に笑いかける。

 片や花が咲く様な笑顔。片や淡く静かな笑み。


「「私たちのク(・)ラ(・)ン(・)に入ってよ。先輩」」


 まるで太陽と月の様だと俺は思った。



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