決裂
————ハティ
北欧神話に由来する狼。古ノルド語で憎しみを意味する。
絶えず月を追いかけており、月食はハティが月を喰らった為に引き起こるとされていた。
スコルという双子の兄弟がいる。
なるほど狼か。身体能力は強そうだ。ケルベロスとどちらが上かな。
茉莉花にも俺にもモンスターが由来する特殊能力がある。
ハティにもあるはずだが文面から読み取るのは難しいな。追いかける……追跡能力? いや必中能力とかか? ……考え過ぎか、なんとも戦ってみないことには分からない。
双子と考えるともう片方はスコルだが、これはこじ付けだな。
「ねー先輩さぁ! こんな可愛い子2人に挟まれてスマホ弄ってるのはどうなの? あっ、もしかして照れてたり?」
「美人なら見慣れている」
「うわ鳥肌立った。いくらビジュ良くてもその発言はキッツ……」
俺たち3人は電車に揺られている。
学校から二駅先に良い密談場所があるんだとか。
詭弁だな。内緒話が出来る個室なんていくらでもある。
だが拒否出来る立場でもない。コイツらもそこまで分かっていての方便だろう。
そこで何が起きるか。想像するのは容易だ。
実にわくわくするね。
「美人って茉莉花の事? 見る目ないなー。あいついかにも文学少女みたいな顔して中身エゲツないから! 自己顕示欲の塊かつ猜疑主義者なのが本性だから!」
「わかる。借りたポイントも返さないまま死んじゃうし。マジギルティ。死刑」
死者に対して言いたい放題だな。確かに夜の茉莉花はそんな感じだったが、聞いていてあまり良い気はしない。
……だが殺したのは俺だ。何か言える立場ではないな。
「本当に知り合いだったんだな」
「そーだよ。一時期組んでプレイしてたんだ。先輩の事も聞いてたよ。どこに住んでるのかもね。だからスレのトロール云々を見てピンときたんだ」
「あいつマジストーカーだから殺しておいて正解」
なるほどな。それに加えて今朝の尋問で疑いの芽を育ててしまったのか。
何気ない解説だがこれは脅しだ。プレイヤーってのは皆食えない奴ばかりなのか? 面白すぎるじゃないか。
「電車の中は校庭より危険なんじゃないか? そうペラペラ話をして大丈夫なのかい?」
「うーん大丈夫じゃないかも? だからもっと密着してコソコソしよう!」
「ちなみにこれ色仕掛けだから。私達の仲間になったらもっと凄いコトあるかもよ?」
さよですか。辺りを見渡すと何人かの乗客と目が合った。騒がせてすまない。
だが視線はみんな柔らかい。兄妹かなんかと勘違いされてるな。髪の色似ているし。
「はぁ……」
やっぱり夕食も頼んでおけば良かったな。
「じゃあ詳しい話をしようか」
「損はさせないよ」
連れて来られたのは廃校になった小学校だった。
茉莉花と双子の住所の中間辺りにあり、集会所として利用していたのだとか。
今はグラウンドにある木陰のベンチに座っている。
「まずクランという物の説明を聞きたいな。何せヘルプにも書かれていない」
「全然いいよー。クランってのはね。システム外の話なんだ。だからヘルプにも載っていない。プレイヤーが勝手しているだけだからね」
「簡単に言うと互助会みたいな物だよ。毎日リーダーにポイントを納める代わりに、ピンチな時に助けてもらう。クランメンバー同士でダンジョン攻略とかもするね。あとは抑止力にもなる。組織に属していれば襲われ辛いから」
理解出来る話だな。数は力だ。命懸けのゲームに挑む以上徒党を組むのは合理的な策だ。
だが誰だって我が身が一番可愛い。そんな物がこのデスゲームで成り立つのか?
「……プレイヤーは誠実な奴ばかりなのか?」
「そんなわけないじゃん?」
「だからこれを使う」
双子のローテンションの方がスカートのポケットからガラス製の小瓶を出した。
何だこれは? 中には透明な液体が入っている。
これが今の話にどう繋がる?
「これはねー、ステュクスの水っていうアイテム。あるダンジョンで取れるもので、オークションでも安価で落札出来る」
「この水に誓った事は破れないんだ。破ったら死ぬ。契約に使うには持ってこい」
なるほど。それなら統制出来そうだ。
茉莉花がポイント奴隷にすると言っていたが、これを使うつもりだったのか。
ならあの時スマホがいるって言っていたのは嘘だな。思った以上に薄氷の勝利だった様だ。
「正誤判断はどうなるんだ? 水が決めてくれるのか?」
「言葉に矛盾があるかないか。それだけでーす」
「曖昧な表現も駄目だよ。抜け道はいくらでもある。契約書は良く読むように」
駅で買ったカフェラテをストローで飲みながら答える双子。
絵面だけ見たら放課後で駄弁っているだけの女子高生だ。間違ってもいないが。
「まあそんなこんなでね。巷で噂の先輩を勧誘しにきたんだよ」
「茉莉花はポイント計算ミスる様な馬鹿じゃないからね。殺されてポイント枯渇に陥ったんだと私達は思った。あなたは茉莉花とレイドの連戦で勝ったんでしょ?」
「……そうだよ。いきなり襲われての不可抗力だったが」
コイツらは確信している様だ。誤魔化しても心証を悪くするだけだろう。もう少しアプリの事を聞いておきたい所だからな。
「あーそれは災難だったねぇ。あいつポイント不足で焦ってたから。妙なプレイヤーに目を付けられてたらしくてさ。私達にポイント融資の打診がきたよ」
「回収の見込みないのに貸すわけないじゃんね。前に貸したのも返してもらってない」
ノリと違ってドライな奴らだ。
だがクランとしてならその方が頼もしいな。情に流される組織なんかに入りたいとは思わない。
これは命懸けのゲームなのだから。
「話が逸れたね。どうする? 先輩も私達のクランに入る?」
「初心者が入らない理由はないよ。色々教えてあげる」
確かに俺は初心者でゲームについて殆ど分からない。
及川は信用ならない所があるし、情報のルートは複数あってもいい。
絶対遵守の契約書があるなら裏切られる心配も薄いだろう。だがな、
「断る」
「…………理由を聞かせて貰ってもいい?」
「…………賢い選択ではないよ」
双子の雰囲気が変わった。刺す様な圧力を感じる。
しかし驚いた様子はない。想定済みなんだろうな。こんな所にまで招待されるくらいだし。
「つまらないと思ったからだ。補助輪付けて遊んで何になるんだ? お前らのやり方は俺の願いと合致しない。退屈なんだよ」
それが理由だ。それしかない。俺の願いはゲームで遊ぶ事。楽しむ事。
仲良しこよしで生き残る事ではない。
それに気になってる女の悪口を聞かされて良い気分な訳ないだろ?
「私達は姿を晒した。こちらは先輩の身元も知っている。……どういう事かは分かるよね?」
「ステュクスの水で円満に別れられるなんて思わないよね?」
……ああ。やはりゲームはこうでなくてはな。
モンスター相手とは違う脳がひりつく感覚が堪らない。
「覚悟の上だよ。さあ、————やろうか」
熟練のプレイヤー2人。ステージは敵のホーム。
相手にとって不足はない。




