六文銭
「殺してやるよォ……ガキィ!」
さて、大口を叩いたが舐めてかかるつもりは毛頭ない。
確かに俺は茉莉花には勝った。だがそれも本気の茉莉花にではない。
彼女はポイント不足であったし、俺を殺すつもりで戦ってはいなかった。
恋慕の為……と言いたいが、今思えば殺した際のオリジン化を防ぐ為だったんだろう。
「やってみろ」
ブギーマンに向かい駆け出す。念の為にポイントは温存しておきたい。取り敢えずPPブーストは使わず、このままいく。
「死ねェ! カース・ライトニング!」
桂馬の如く右前方に跳ねる。それに合わせる様に空気を裂く大音が響き、俺の僅か後ろに雷が落ちた。
カース・ライトニングには予備動作と発声が必要だ。
その初動さえ分かれば避ける事は十分可能。進行先を予測して撃たれたら危ないが。
俺はそのまま距離を詰め、右腕で攻撃を放つ。狙いは腹だ。
「……シッ」
「チィ!」
ブギーマンが両腕を交差させ、ボディアッパーを受けた。思ったより戦い慣れているらしい。
だが脚が止まったな。俺はポケットから小瓶を取り出し、中の液体をブギーマンに振りかけてやる。
「グアッ! なんだコレェ!」
中身は蓮お手製の香水だ。お近付きの印にと歓迎会の時に貰った。
効果は実体験済み。獣系のモンスターにとっては劇薬そのもの。
バーバ・ヤーガオリジンは鼻が良かった。茉莉花を模しているなら効果はありと予想したが大当たり。ブギーマンは鼻を抑えて悶えている。
隙だらけだ。このままサッカーボールの様に蹴り飛ばしてやる。
「俺に近付くなァ! アングリー・テンペストォ!」
「ッ!?」
ブギーマンを中心に暴風が吹き荒れ、俺は風に押される様にバランスを崩してしまう。
知らないスキルだ。バーバ・ヤーガには気象を操る力を持つと伝承にはある。雷が使えるなら風も使えて然るべきだな。
身を丸めて転がり、体勢を立て直すとブギーマンの姿は消えていた。
「消えッ……透明化だ! 気を付けて!」
そして今度は透明化か。だがそれも問題はない。
香水の匂いを撒き散らしながら隠れた所でな。
一直線に匂いの元に駆け出し、透明化したブギーマンの体を蹴り上げた。
「カハッ!」
助走をつけて放った右脚は胴体に刺さり、ブギーマンの体を空中へと吹き飛ばした。
そのまま落下するも勢いを殺せず、ぐるぐると床を転がり回る。いつの間にかその姿は元の男の姿に戻っていた。
「あああああああ! 痛いんだよこのグズがァ! ナンデ場所が分かった!? そもそもどうして怖がらないんだよォ!?」
「ちゃんと怖がってるさ。バーバ・ヤーガには苦しめられたからな。だが怖かったから何なんだ? それで身を竦ませるとでも? 大体お前はあいつじゃない。あいつはお前みたいな馬鹿じゃないからな」
「ハァ〜〜〜!?」
ブギーマンは顔を大きく歪ませている。こんな安い挑発に憤る所も小物らしい。
だが妙だな。ブギーマンは楓から位置を離して戦っている。こいつの性格なら盾に出来ないまでも、射線に置くくらいはしてきそうだが……。
「アアアアアアア〜〜〜! ムカつくゥ! 今の女はハズレだ! 今度はこの恐怖でお前を殺してやるよォ!」
そう言いながらブギーマンが姿を変える。
日本刀を構え、その精悍な顔付きを憎しみに歪めている。
ほう。今度の相手はこいつか。
「うそっ! PKの付喪神!? 君始めて一週間でどんな経験しているんだ!?」
それは俺もそう思う。しかし九十九か……。
確かに九十九には悔しい目を見せられたが、こいつの力は茉莉花ほど使いやすくはないぞ。
捨てられた物と位置を交換するスキルもここでは使えない。
「つまり正面突破で良い」
「だから舐めるなァ!」
ブギーマンが俺に突進し刀を振り回す。
雑な攻撃だ。後方に下がりながら斬撃を避けていく。
こいつ自身は刀を振るった事は無いのだろう。能力をコピーするだけ。これでは棒切れの方がマシだ。
ブギーマンが痺れを切らし、大きく水平に刀を振った。身体が横に流れ、隙が出来る。
馬鹿が。俺は反転し拳を握って突っ込む。
「くっ、————鋼ェ!」
そのスキルは前に見た。硬化スキル。確かに大層硬かった。
だが一度突破している。どの位の威力で壊れるのかは学習済みだ。
「二ツ首解放…………シャアッ!」
「ギビャッ!」
PPブーストした拳がガラ空きの顎を捉えた。
急所狙いなら二ツ首でも十分にダメージを与えられる。
「段階参——斬ッ! クソガァアアアアアアア!」
投げやりに刀を振り回してきた。今度は攻撃力強化か。これは受けた事がない。ひとまず下がって様子を見る。
「ハァ……ハァ…………ふぅ。……なぁガキィ? ここいらで終わりにしないかァ?」
「……馬鹿なのか? 命乞いをするにしても、俺には応じる理由がない」
「ほらほらァ、あれだよ……私を殺したらオリジンになってしまうダロ? 流石に連戦は辛いんじゃないかと思ってさァ。……ムカつくが私にはお前らと戦う理由はないしねェ」
オリジン化を突き付けてそれが脅しになるとでも? 本当にそう考えているとしたら、こいつの脳みそはスポンジか何かで出来ているんだろう。
この狂人はここで殺す。そう決めた。
「……そうだ! 鈴蘭にはもう手を出さない事を誓おう! 信用出来ないならステュクスの水を使ってもイイ! ……それでどうかなァ? 仲直りしようよォ……」
怒りに狂っていたのが嘘の様に媚びた声を出すブギーマン。顔を不気味に歪ませ笑っている。
打つ手がないとみての降参か? ……いや、何かおかしい。何かを狙っている?
「……貴方はスズちゃんに固執していた様に見えたけど? 父親の目では無かったけどね」
楓が訝しみブギーマンに尋ねる。奴は楓に向き直り、一際口角を上げた。
歯を剥き出しにし、眼には爛爛と獰猛な光が灯っている。
まるで獲物を見つけた捕食獣の様に。
「ああ、確かに鈴蘭は大事だよォ? でも所詮は換えのきく玩具さ。だからもう捨ててしまうとしよう!」
「……っ!? 逃げろ楓ッ!」
「え? ……ぐっ!?」
「遅いよォ。油断しちゃだめだろォ?」
ブギーマンが楓を羽交締めにし、喉に刀を当てながら嘲け笑う。
やられた! スズと位置交換された! コイツにとってはスズは物でしかない。捨てたと認識すれば付喪神の力が使える。そういう解釈か!
「……クズが。親が子を捨てるのか?」
「親だからこそ発動条件が成り立ったんだよォ。ラッキーだったねェ。と言うことで動くなよォ? 結界を解くのも無しだ。私のゲートのクールタイムが終わるまでなァ……」
ブギーマンは楓の結界の中にいる。これでは不意を打つ事もできない。結界を解いたら奴は躊躇なく楓を殺すだろう。
そもそも位置交換もある。下手すれば攻撃がスズに当たってしまう。
してやられたな。自分を殴りたい気分だ。
「……そうは言ってももう限界なんだ。そろそろ貼り直さないといけないよ」
「嘘だァね。光の索敵に箱状の結界。……お前はあのアテナだろォ? 結界の維持なんてワケない筈だ」
「…………よく知ってるね」
「レッド狩りに勤しむクランなんて殆どないからなァ。私だって命は惜しい。自分を狙う奴等の事を調べるのは当然の事だろォ?」
楓が苦虫を噛み潰した様な表情を見せた。
どうやら話を聞かれていたらしい。索敵の光も確認済みか。最初から罠だったというよりは、父親の意識に隠れて盗み聞きをしていたか。
「あまり舐めないで貰いたいね。ここから放てる切り札だってあるんだよ?」
「強がりだなァ。お前には攻撃スキルがないって噂だ。デモ念のため——付喪神深化段階参——鋼。……これで安心だなァ」
「くっ……、どうすれば……しかし……」
楓が悔しそうにぶつぶつと言葉を溢す。泣きそうな視線が俺の眼に刺さる。
それを見たブギーマンが機嫌良く笑った。
「ウヒヒ、何言ってるのか分からないよォ。悔しそうだなァ……そう言うのは大好きさァ。待ち時間の娯楽には丁度イイ!」
……なるほど。しかし下手には動けないな。
ブギーマンの戦闘能力は低いが、追い詰められる事には慣れている様だ。先程までの短絡的な様子とは一変して油断なく俺の挙動を伺っている。
何か契機が必要だ。この状況を動かすきっかけが……。
「…………パパ?」
「スズちゃん!?」
「ぁ…………」
スズが目を覚ました。そして眠い瞳が父親の姿を捉えた。楓に刃物を突きつける父親の姿を。
「違うッ!? あなただれっ!? 何してるの!? やめて! お姉ちゃんに酷い事しないでえええ!」
「あ……ちがっ、違う! 違うんだ鈴蘭…………これはっ!」
ブギーマンが狼狽えている。身体は変わらずに楓に刀を当てているが、眼と声は震えている。
————やはりだ。だからスズを巻き込まない様に戦っていたんだ。
「…………黙れェ! 私のカラダから出て行けェ!」
男が被りを振って叫ぶ。これは明確な隙だ!
「出て行くのは君だ————グラウクス・サーチ!」
「なッ——!?」
楓の掌の上に光の粒子が出現し弾ける。至近距離から強烈な翠光を浴び、ブギーマンは怯んだ。
めくらましをする。
楓が独り言に混ぜた小さな声。ブギーマンすら聞き取れない声量だが、魔犬の耳には問題なく届いた。
今が好機だ!
「ケルベロス——三ツ首解放。PPブースト」
床を強く蹴りブギーマンに向かって飛び掛かる。同時に楓が結界を解き、拘束していた腕から逃れた。
流石はベテラン。良い判断だ! 俺は跳ねた勢いのまま刀を握った手首を殴り砕き、逆の手で奴の頭を掴んだ。
「痛ァい! 痛い痛い……ッ!? 何故だァ! 何故位置交換が使えないィ?」
それは父親がスズを捨てていないからだ。そもそも物でもない。愛している娘だから。
苦痛からかブギーマンの姿が元に戻り、娘にその姿を晒した。
「……パパッ!? パパなの!? 刃やめて! パパを虐めないで! 今のはきっと勘違いだよ! パパは優しいの! だからはなしてぇぇ!」
出来ればこのまま終わらせたかった。だがそう上手くはいかないか。これは必要なコストだ。俺は戦いの結果について正しく覚悟をしなければならない。
「くっ……私を殺すつもりかァ! だがいいのか? オリジンが来るぞォ! オリジンになったら真っ先に鈴蘭を食い殺してやるゥ!」
結局それね、浅はかな考えだ。そんな物が脅しになるとでも思っているのか? 愚かな奴め。
俺は掴んだ頭を眼前に引き寄せる。そして初めて男と目が合った。
「おい! お前はそれでいいのか!?」
「ハァ……? 何を言って……?」
「お前の娘だぞ! 危険に晒していいのか!? 化け物になる姿を見せたいのか!?」
眼に帯びた狂気が消える。父親は震えた指でスーツのポケットに手を伸ばしスマホを出した。
「なあああっ!? お前何して…………まさか。馬鹿が! 死ぬつもりかァ!? ……糞がァ! カラダが動かないィ!」
「1000で足りるか? 2000だな? ……よし」
父親が小さく首を下げた。ギリギリになってしまったが何とか足りたな。ポイントを温存しておいて良かった。
そしてこれで終わりだ。
「——ケルベロスからブギーマンへ。2000ポイントを譲渡する」
「クソがあああああああ………………ありがとう」
その呪いの様な言葉を胸に留め、俺は父親の首をへし折った。




