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バーバ・ヤーガ


————バーバ・ヤーガのプロトコル起動を確認。現在、ネスト内のモンスターは1体です。


 スマホから音声が聞こえる。確認したくなるがそれは危険だ。

 男は死んでいた。恐らく殺したのは茉莉花だ。

 あの暴風も彼女から発生している様に見えた。茉莉花はその時にスマホを持っていた。例のアプリを起動させて。

 こちらがスマホを取り出す事で相手を刺激してしまうかもしれない。


「学校とは随分雰囲気が違うね。正直驚いたよ」


「ふふ、今の私は森の魔女なの。知ってるでしょ?ここは私のネストなんだから。そっちのモンスターも教えて欲しいなぁ。刃君の性格を考えるにバリバリの攻撃タイプだったり? 」


 バーバ・ヤーガとは茉莉花を指す言葉で間違いは無さそうだな。そしてネスト。プレイヤー。Monster/Battle。

 ……なるほど。極めて現実味に欠けるが話の輪郭は見えてきた。

 目の前に死体がある以上現実にしがみ付いてはいられない。


「さてね、俺の手の内を晒すつもりはないよ。……しかしやり過ぎではないかな、これは。この人は多分死んでしまっている」


「それは仕方ないじゃん。刃君がいきなり入ってくるんだもの。自衛の為にも補給は必要でしょ?もうポイントカツカツなんだよ私。……もう後がないの」


 余裕のある表情から一変。焦った様に親指の爪を噛む茉莉花。

 どうやら最初から警戒されていた様だ。俺の登場はイレギュラーであったらしい。

 それにたった今彼女は自衛と言った。こちらからの攻撃を懸念しているのか? つまりは襲われる立場にあるという事。いや、そういうアプリなのかもしれない。


「黙ってないで何かお話しようよ。……そうだなぁ、私は刃君の契約悪魔について知りたいな。そっちも連れてきてないみたいだけど」


 今度は悪魔ときたか。常識のなんと薄っぺらいことか。

 まだ俺には何も分からない。取り敢えず話を合わせるか。


「……僕のは相当気難しくてね。制御が出来ないんだ。何をするか分からない」


「ふーん、そうなんだ。悪魔ってよく分かんないもんね…………嘘吐き」


「ッ!? 」


 茉莉花の姿が消えた。目を離す事など無かった。まばたきすらしていない。どこだ? どこへ————


「かはっ! 」


 胸に強い衝撃。俺は尻もちをつく様に転倒した。急いで起き上がり体勢を立て直すと、目の前には脚を伸ばした茉莉花の姿があった。

 俺は蹴られたのか? 女の蹴りの威力ではないぞこれは!


「悪魔なんていないよ。嘘っぱち。刃君ってやっぱり初心者だったんだね。ネストの主の前で力を使わないとかあり得ないし」


 騙された。カマを掛けられたか。情報差が痛い。しかしこいつも馬鹿じゃないな。学校での印象はここで捨てよう。

 どういう思惑か分からないが、茉莉花は追撃せず値踏みする様にこちらを眺めている。何も知らない事がバレて警戒レベルが下がったのか? 好都合だな。

 骨は折れていないし、内臓に痛みもない。運が良い。

 目に見えない程のスピードにしてはダメージは低い。瞬間移動だとすると消えてからラグがあり過ぎる。

 見たまま透明化能力といったところかな。断定はできないが。全くふざけているな。


「……実はそうなんだよ。見栄を張って玄人ぶってみたけど情けなかったな。見ての通り初心者なんだ。今日のところは見逃してくれないか? 」


「無理だね。何の拍子に扉が開くか分からないもん。狩れるうちに狩っとくのがこのアプリの鉄則だよ。……初心者じゃポイント持って無さそうだけどさ」


 まあそうなるだろうな。向こうはやる気の様だ。活路を見出さなければ。ポイント……補給……死体!


「……さっき補給と言ったね」


「必要なかったけどね。それがどうしたの?」


「いやなに、俺もそれにあやかろうと思って……ねっ! 」


「なっ!? 」


 俺は茉莉花の不意をついて駆け出した。

 この場にはもう1人生きている人間がいる。ニット帽は気絶しているだけだ。まだ使える。

 ポイントが何かも分かっていない初心者染みた判断。我ながら稚拙な行動だ。


「やめろ! 」


「ぐっ……」


 ニット帽に近付く寸前で殴り倒される。駆ける速度も俺以上か。

 しかし必死な様子だ。やはりポイントは茉莉花にとって重要らしいな。

 再び消えた様で彼女の姿は見えない。だが、


「ぁ…………ああ」


 ニット帽の姿がみるみる干涸びていく。先程の死体にした補給という行動だ。

 思った通りだな。茉莉花は初心者の俺を殺す事より、目先のポイントとやらを優先したのだ。

 まったく笑える。それは弱者の考えだ。敵は倒せる時に倒さなければ痛い目を見る事になる。

 そして姿は見えないが、補給しているのならばそこに居るのだろう。

 俺はポケットからライターと制汗スプレーを取り出して構える。


「死ね」


「えっ? ……ぎぃあ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!! 」


 千円で買える火炎放射器だ。

 炎は何もない空間を燃やし、その直後に服が着火された茉莉花が現れた。

 やはり透明化が濃厚だな。トドメを刺すなら姿が分かりやすい今のうちだ。俺は空になったスプレー缶を捨て、代わりにニット帽の落としたナイフを拾う。


「あ゙づい゙っ! あついあついあついあついぃぃ! あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙ぁ! 」


 この年で殺人歴がつくのは遺憾だが、そうはならない予感もする。何せ行方不明者は誰も見つかっていないのだ。

 

「……じゃあな」


 ……お勧め本の候補を聞いとけば良かったな。そうすればこうはならなかったかもしれない。

 逆手にナイフを持ち替え、熱に踠き苦しむ茉莉花に狙いを定める。

 

「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙ぁ……ぼいんどしようう、りぺあああああああああ!! 」


「なっ!?」


 茉莉花の声に合わせ、彼女の身体が強く光り目が眩む。

 腕で目を庇った刹那。俺は右脚を掴まれ、そのまま投げ飛ばされた。


「くっ! ごほっ……はぁ……はぁ」


 落下の衝撃がきつい。ナイフに意識がいって上手く受け身を取れなかった。

 しかしなんて力だ。女子高生が持ってよい腕力ではない。

 油断したな。さっさと殺せば良かったのに。本当に自分の甘さが嫌になる。


「ハァ……ハァ……」


 視線を戻すと、彼女に纏わりついていた炎が消えていた。

 肩で息をしているが、見える範囲に火傷の痕はない。燃えていた衣類すら何の傷もない。

 リペア。回復、いや修繕か。まるでゲームだな。

 好機は逃したが敵は疲弊している。しかし俺には碌な手札が無い。時間が味方するのは向こうの方だ。今仕留める。

 ナイフを腰に構えて茉莉花に接近する。今度こそ殺す。

 近寄る俺に対して茉莉花が右腕を突き出してきた。今度は消えないのか? ————まずい予感がする。

 刺突をやめ、ナイフを投擲する。放たれたナイフは真っ直ぐに飛び、茉莉花の右肘を掠めた。


「痛ッ……舐めるなぁ! カース・ライトニングゥ! 」


「なっ!? ——————ガアアアアアアアアッ! 」


 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いっ!

 突然の激痛に足がもつれ、地面に倒れ込む。

 左腕に焼け付く様な痛みと痺れ。何を貰った? 光が見えた気がする。……ライトニング。雷か! 何でもありだな本当に。

 腕にナイフが当たってくれたから急所は免れたか……いや違う。狙うなら首だった。それで終わった。知らない動作にビビって的を間違えた。馬鹿か俺は。

 いや馬鹿だ。痛みに惑うな敵を見ろ。まだ終わってはいない。


「痛い痛い痛いぃ……なんなの? あなた初心者でしょ? 意味わかんない! 」


 茉莉花は右肘を抑えている。派手な出血はしていない。傷は浅いか。しかし痛みはある。なのに先程の様に修繕をする気配はない。ポイントがカツカツと言っていた。使用にコストが掛かるのか。もう使えないのか、それとも使わないだけか。何にせよ余裕は感じられない。なら、


「はぁ……はぁ……くっ、本当に……初心者なんだ。何も分からない。俺は攻撃されたから反撃しただけなんだよ! もうやめにしないか? 痛くて死にそうなんだ! 」


「……嘘は言ってなさそうだけどね。何も分かってないのは本当みたいだし。でも私は燃やされたし無駄にポイントを使わされた。簡単には見逃してあげられないよ」


 簡単には。意外にもこいつは直情的ではない。悪魔のカマかけといい冷静な奴だ。もしかしたら俺を殺さなかったのは理由があるのか? ならばまだ活路はある。


「……はぁ、どうすれば良い? 何をすれば見逃してくれる? 」


「ポイント奴隷になって貰おうかな。って言っても分からないよね。アプリの事も含めて後で説明するよ。それから学校でも仲良くしてほしいな。結構相性いいと思うんだよね、私達。同じ図書委員だし」


 よく喋る奴だ。そういう面は昼間と変わりがないな。

 だが優位に立っているからと言って、殺されそうになった相手に交渉など普通は出来ない。命のやり取りに慣れている証拠だ。

 そしてポイント奴隷か。茉莉花はポイントが無いと。後が無いと言っていた。ポイントが無い事に何かしらの不都合があるのだろうか? しかし人を殺して得る様な物だ。従っても碌な事にはならないだろう。


「あっ、ああ。俺もそう思ってたよ……。じゃなきゃ名前でなんて呼ばせないさ。んぐっ……はぁ……、ポイント奴隷ね。いいよ、よく分からないが茉莉花さんの言う通りにしよう。何をすればいい? 」


「……やっぱりそうだったんだ。嬉しいなぁ。でもそう言われると心苦しいね……仕方ないけど。……じゃあ右手を挙げてくれる? 」


「……こうかな? 」


 はぁ……。またあれを食らうのか。憂鬱だが必要経費だ。それに武器はまだある。次は外さない。


「……ごめんね。 カース・ライトニング」


「ッ!? あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙っ!」


 頭上から雷が落ち、もう片方の腕を焼く。

 とんでもない痛みだが今回は予想済みの納得済みだ。覚悟は出来ている。だが痛いものは痛い。立っていられずに、俺は再び転んでしまう。


「なんでっ……なんでえええ! 痛い痛い痛い痛い痛いいいい! 」


「クラン登録する為にはスマホが必要でね。近付かないといけないんだ。悪いけど安全策を取らせてもらったよ」


 そう言って茉莉花が近付いてくる。表情が悲痛だ。どうやら本当に罪悪感を感じているらしい。

 左腕に比べればまだ感覚は残っている。手加減されたのか。


「大丈夫だよ。モンスターさえ呼べればリペアが使える様になるから。……じゃあスマホを出してくれる? 」


「わかった! わかった! 今出すから! いま……痛っ!」


 ポケットから急いで出したスマホは、俺の手を離れ地面に落下する。

 前方1メートル程の先。それを見た茉莉花がさらに近づき、屈んで俺のスマホを手に取る。


「……茉莉花さんって首筋に黒子があるんだ。ちょっと色っぽいね」


「えっ! 」


 隙ができた。今(・)度(・)は(・)外(・)さ(・)な(・)い(・)。

 俺は地面を強く蹴り、蛇の如く跳びついて茉莉花の喉元に噛み付く。


「ひっ————!」


 強く暴れるが決して離さない。殆ど使い物にならない腕で小柄な身体を抱き締める。


「ッ! ん゙〜〜〜〜〜! 」


 足を踏まれ顔を殴られる。だが密着しているおかげで、攻撃に力が伝わっていない。

 そして茉莉花が踠く程に喉の痛みは増し、組織が裂けていく。化け物みたいな腕力も全力では振るえまい。

 魔法の様な力も発動時に発声していた。推測だが喋れなければ使えないのだろう。発声せず使えていた透明化など最早意味を成さない。


「………ぷっ」


 そのまま喉肉を噛み千切り吐き出す。

 口の中に広がる鉄の味が不快だが、この女よりはマシだ。


「かぱっ……ごぼっ………ご……」

 

 こいつは喉からの出血により、程なくして血に溺れて死ぬ。

 だが念には念をだ。満身創痍だが倒れた女の首を踏み砕く事くらいは出来る。

 横たわった茉莉花の首に脚をかけるその瞬間。彼女のスマホから音声が流れた。


 ——————致死ダメージが検出されました。ポイントの全消失を確認しました。Game Over!


「ぐっ!」


 突如として茉莉花を中心に暴風が生まれる。俺は吹き飛ばされ、樹木に背を強く打ち付けた。

 プロトコルと言った時と同じ現象。しかし勢いはその時の比ではない。

 ぱきりぱきり、と音がする。

 茉莉花は宙に浮いていた。

 まるでマリオネットみたいに。見えない糸に吊られるが如く。

 その全身には無数のヒビが走っていた。

 焦点の合わない瞳は何も映さない。しかし俺にはこう訴えている様に思えた。

 お前のせいだ、と。

 そして柏音茉莉花の身体は砕け散った。

 代わりに現れたのは黒い表皮。黒い眼窩。黒い魔女。

 ……なるほど、確かにこのアプリはモンスターバトルに違いない。

 頭の中で何者かの声がした。

 

 "前菜は平らげたな? さあ次はメインディッシュだ。さて、どちらが喰われるのか? "


 ————レイドバトル発生! プレイヤーの消滅によりオリジンモンスター、バーバ・ヤーガが出現しました。


「キャハハハハハハハハハハッ!」


 茉莉花だったものが楽しそうに笑った。

 無邪気で、残酷な、子供みたいな笑い声。

 これからする遊びが嬉しくて仕方がないのだろう。


「……ははっ」


 釣られて俺も笑ってしまう。

 どちらが喰われるのかって? そんなの決まっている。

 勝つのは俺だ。

 

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