スライム下水道
「はい……様子がおかしくて。服に血が付いてましたし……はい、女の子を連れていました」
薊が近場の従業員に話しかけ、共にインフォメーションセンターに向かった。
俺も捜索に加わる事には反発されたが、楓からの説明により渋々頷いて貰えた。
一人にさせるのは心苦しいが仕方がない。連れて行くわけにはいかないからな。
「さて、追い掛けるには私達もゲートを開かないとね。スタッフ用の施設に向かおう。今なら空いてそうだ」
そう言って走り出す楓の後を追う。確かに先ほどより従業員の数が多い。休憩中の人達も駆り出されているのだろう。何かトラブルがあった様だからな。
「走りながらで悪いけど自己紹介だ。小声で頼むよ。……私のモンスターはアテナ。能力は主に防衛と探索。ポイントはある程度自由に使える。これでもそこそこベテランだ」
そこまで開示してくれるのか。しかしアテナか、俺でも聞いた事がある。どこだかの女神だった筈だが調べる時間はない。
「俺のはケルベロスだ。身体強化と雷を放てる。ポイントはそこそこ。リペア一回分くらいの余裕はある。今週始めたばかりだからゲートは使えない。そこは任せた」
「君が噂の……というか初心者だったのか。イメージと違うけど……まあいいか、戦える事はわかった」
楓がこちらを向いて目を見開くも、すぐに納得した様子。掲示板では人気者の様だからな。ああ言った雰囲気は苦手なんだが。
「ゲートについては私が引き受けよう。彼は“スライム下水道”と言っていた。あそこは管理ネストでも実入りが少なくて有名、おまけに不衛生だ。つまりプレイヤーは殆ど入らない。レッドが利用するにはぴったりの場所だ」
「レッドというのは?」
「ああ、すまない。プレイヤー間ではマナー違反の人達の事をレッドプレイヤーと呼んでいるんだ。マナー違反というのはつまり……一般人への攻撃さ」
……なるほど。ゲーム的でわかりやすいな。
一般人を殺したら近隣にアナウンスが聞こえる。それをネストで防いでも今度はネストの姿が見えてしまう。
管理ネストへの誘拐は殺人鬼にとって合理的というわけか。
「あの男の目的はそれだと?」
「……さあね。でも急いだ方が良さそうだ。…………よし、着いた。予想通りガラガラだ。スタッフが一人いるけど、この角度からなら見えないだろう」
目的地についた様だ。木々に隠されたコンクリート製の建物、ここが従業員スペースか。
「準備はいいね? ポイント使用。————ジャンプゲート。対象二名。行き先。スライム下水道」
突如として黒球が現れる。そして躊躇う事なく、楓はその中に飛び込んでいった。
……覚悟を決めないといけない。この戦いの結末がどうあれ、気持ちの良いものにはならないだろう。
俺は拳を握りしめ、黒球に突入した。
「———プロトコル起動。ケルベロス」
転移後即プロトコルを起動する。力の波動により汚水が大波を起こして撥ねた。
一方目の前の楓はどこ吹く風だ。既にプロトコルは起動済みか。
しかし臭いが酷い。追跡が目的でなかったら嗅覚強化を切りたいくらいだ。
所々に電灯が設置されているが、それが却って不気味だ。ホラー映画の研究施設みたいだな。
楓が白衣を脱ぎ捨てて近付いてきた。
「端的に言う。今から探索スキルを使う。相手の位置は分かると思うけどバレる可能性も高い。なので位置が分かり次第全力で向かうよ。ネスト内では他のネストにジャンプは出来ないし、ゲート使用にはクールタイムがある。逃げられないとは思うけど何をしてくるか分からないからね」
「わかった」
「よし、————グラウクス・サーチ」
楓がスキルを唱えながら指を弾く。すると碧い光の粒子が現れ、それが収束して梟の姿となった。
梟は楓の肩に留まり心地よさそうに頭を撫でられている。なるほどな。縁があるとはこの事か。
楓は目を瞑り腕を振るう。すると梟は舞い上がり、再び粒子状に変化。光の筋となってダンジョン内を走査した。
「……いた! スズちゃんも無事だ。だけど光を見られたみたいだ。急ぐよ!」
楓が走り出す。プロトコルの身体強化のおかげか、速度は生身の比じゃない。だがそれでは遅いぞ。
「ケルベロス——三ツ首解放。PPブースト」
「きゃっ!」
後ろから楓を抱きかかえる。横抱き……所謂お姫様抱っこだ。
警戒心が薄くて心配になるが、これは信用されているからかな。
「この方が速い。その都度方向を指示してくれ」
「君ねぇ……とりあえずそのまま真っ直ぐ、突き当たりを左。……しかし憧れのお姫様抱っこが下水道でなんてね。後でやり直しをお願いしようかな?」
「解決した後でな。しっかり掴まっていろよ」
軽口を聞き流し、言われた通りに下水道を駆ける。通路は近代的で走りやすい。しかし、
「……スライムか」
進路上に楕円形の物体が幾つか。半透明な体に目玉だけが浮いていて非常に気色悪い。この忙しい時に!
「大丈夫だよ————アイギス・キューブ」
楓が指を鳴らす。その直後、俺たちの体を翠色の光の箱が覆った。これはアテナのスキルか。
「防御結界だ。そのまま走って」
「わかった!」
スライム達がその形状を鎌の様に変化させる。大歓迎の様だが、楓の言葉を信じて突っ込む。
スライムの凶刃が光の箱に触れるその瞬間、
——バキブチャァ!
鎌は砕け、粘性の体は弾け飛んだ。
次々とスライムに当たり、彼らを撥ね殺して行く。粘液ひとつ俺たちの体に付かない。
「ははっ、トラックになった気分だ」
「私も自分の力の可能性に気付けたよ……次の通路を右、そのまま直進だ。その先に扉があって中に大きな空間がある。今の速度なら3分ほどで着くかな」
「わかった。……あいつは俺が抑える。楓は隙を見てスズを確保してくれ。あんたの力なら安心して力を振るえる」
スズを巻き込むわけにはいかないからな。
敵の力は分からない。しかし楓の力が防御に秀でているならば、俺が奴を担当し楓に護らせるのが無難だろう。
「……辛い役割になるよ。彼はゲートまで使ってスズちゃんを攫った。手慣れた印象だった。多分初めてじゃないんだろうな。……場合によっては終わらせる必要がある」
「……問題ないさ。それこそ俺だって初めてじゃない」
「……そうか」
楓は何もいわない。ただ俺の肩を抱く力が強くなった。
通路の奥に扉があるのが見えた。意識を切り替えなければならない。
……やはり自分を誤魔化す事は出来ないな。
扉の先で待っているものはゲーム等ではない。
この感情が刃を鈍らせなければいいが。




