休日の終わり
「こんにちは、四名でお願いします」
「お預かり致します。……はい、それではご遊覧をお楽しみください!」
古賀が人数分のチケットを従業員に渡す。ようやく僕らの番だ。
観覧車はこの遊園地の目玉だ。高さはなんと100メートル以上ある。一定の角度で停止する仕組みで、一周に20分程かかるらしい。
「かんらんしゃ! かんらんしゃ!」
「中では動き回っちゃダメだよ」
はしゃぐスズの手を握りゴンドラの中に入る薊。その面倒見の良さは何処で培ったのか。
二人に続き古賀と共に入室する。スズ薊と対面に僕らが座る事になった。
「……あ」
「……すまないね。スズちゃんは薊さんの隣が良い様だから」
「いえ、……スズちゃん、ここからジェットコースターが見えるよ。あれは悪魔の様な乗り物なんだ」
「えー! スズ乗った事ない! 乗りたいけどまだダメなんだってー!」
本当に仲が良いな。二人とも楽しそうだ。
なんとなく薊の将来を想像してしまう。料理も得意だし良い母親になりそうだ。僕は良い叔父にはなれないだろうけど。
「ふふっ」
声に振り向くと古賀と視線があった。
窓枠に肘を置いて頬杖を付いている。何が楽しいのか僕を見て微笑んでいた。
「なんですか?」
「おっと失礼。ずっと無表情だった斑目君が笑っていたからさ。でも君はもっと笑っていた方がいい。その方が年相応に見えるよ」
笑っていたのだろうか? 自覚はないが……まあ、悪い気分ではない。こういう時間も楽しめる様になったのはアプリのおかげかもな。
「別に幼なく見られても良い事はないです。……あと僕の事も名前呼びで良いですよ。苗字で呼ばれるのはあまり好きじゃないんです」
斑目の名が嫌いなわけではない。薊や母さんは本当の家族だし愛している。斑目に養子入りした事に後悔はない。
ただ……いや、我ながら女々しい話だな。
「……名前かぁ。男性を名前で呼ぶのってハードル高いんだよね。刃君? 刃さん? それとも呼び捨ての方がいいかな?」
古賀が頰を掻いて視線を逸らした。距離近い癖にそういうのには照れるのか。
面白い人だな。なんだか可笑しくなってきた。
「ははっ、呼び捨てでいいですよ」
「よし……じゃあ……刃、改めてよろしく。……私の事も楓でいいからね」
「それはちょっと……」
「ツレないじゃないか。私だって勇気を出して呼び捨てにしたのに……ふふ」
古賀はわざとらしく頰を膨らませた後、声を出して笑った。
こいつは人格者の上、茶目っ気があり面白い。何より美人だ。名前で呼び合って変な気分になっても困る。
「…………仲良いね」
「サンカクカンケイだあ!」
……やれやれ。妹は本当に兄離れ出来ないな。
しかし今日の主役は薊だ。配慮が足りなかったな。
薊はスマホを手に持っている。ゴンドラからの風景をカメラに収めていた様だ。
そしてスマホには、先ほどの黄色いストラップが付けられていた。
「早速付けたのか。……なんというか特徴的なキャラだよな」
コーヒーカップの中で狸が溶けている。園内のアトラクションとコラボしているみたいだな。
ちなみに僕が買ったのは犬のキャラクター。こちらはジェットコースターに乗っている。
「可愛いでしょ? タヌルポさんは主人公かつ一番人気なんだよ…………あっ、さっきはありがとうございました。譲って貰っちゃって」
「ああ、気にしないで大丈夫だよ。アウルンのストラップが欲しかったのは本当だし。まあタヌルポさんも好きだけどね」
古賀はそう言って包みから黒いストラップを出した。
観覧車の上に梟が乗っている。梟だからアウルンね。安直だがゆるキャラの名前はそういう方が良いのかもしれない。
「梟にはちょっとした縁があるんだ。今日はその縁がまた一つ増えたね」
古賀は愛おしそうに梟を撫でた。
女性に人気な動物だしな。確か市内にも梟カフェがあった。それなりに流行っていた気がする。
「かわいー! タヌルポさんのやつだ! スズも欲しいなー! あとでママに買って……やっぱり欲しくない」
まだまだ怒りは冷めやらぬ様だ。この底抜けに明るい少女にしては意外に思える。
どういう事情かは分からないが、単純な親子喧嘩ではなさそうだな。まあ深入りはしない。
「なら僕のをやるよ。別に拘りはないからな」
「えー! いいのー! じん優しい!」
別に優しくはない。買ったのもなんとなくだ。言葉通りの意味しかない。
外に視線を移すと、既に地上の人々が豆粒の様に小さくなっていた。
「……わぁ」
薊が景色を見て笑っている。普段は感情をあまり見せないからな。これはシャッターチャンスだ。
——カシャ。
「えっ! ……勝手に撮らないでよ」
「あー! トウサツだー!」
「盗撮じゃない。せっかく遊園地に来たんだ。写真くらいは撮らせろよ」
薊はムスッとした表情に戻ってしまった。だが今の一枚は悪くないな。母さんにも送っておこう。
「……薊さん、席を交換して貰ってもいいかな? そっちからの景色も見てみたい。ちょうどゴンドラも止まったしね」
「えっ……はい! 是非」
二人が立ち上がり移動する。おいおい、ゴンドラの中を歩くなと説明を受けただろ。スズが真似したらどうする。
薊が僕の隣に座る。表情はムスッとしたままだ。
「……美人の隣じゃなくなって寂しい?」
「美人ならまだ隣にいるだろ? いつも今日みたいなメイクだと嬉しいね」
「馬鹿」
言葉の割に嬉しそうだ。化粧なんてしなくてもお前は美人だけどな。
「君たちこそ仲が良いね。僭越ながらカメラマンを引き受けようか?」
「お願いします」
「らぶらぶつーしょっとだー!」
「ちょっ」
体が勝手にスマホを渡してしまった。席を変えたのはこの為か。
スズのヤジに照れる薊だが今日くらいは勘弁してくれ。
いつまでこうしていられるか分からないからな。
「よし承った。……っ!」
「どうかしました? ……刃まさか変な画面見せてないよね?」
「……いや、ただのホーム画面だよ。高校生にしてはシックだったから驚いてしまった。じろじろ見てしまってすまないね」
「気にしてませんよ。それより早く撮ってください。高度が下がってしまう」
「ああ、重ねてすまないね。じゃあ撮るよ」
肩を抱いて薊を引き寄せる。恥ずかしそうにポーズをとる姿が可愛い。
……しかし参ったな。考えなしだったか。
まあ言葉通りだ。気にはしない。
「はい、上手く撮れたつもりだよ。確認してみてくれ」
「……ありがとうございます」
「わざわざすみません。後で薊にも送っておくから」
薊が無言で頷く。……中々いい写真だ。古賀はカメラマンの才能があるな。
「いいなー! 私も撮って撮って!」
「なら私達もツーショットを撮って貰おう。頼めるかな?」
「……勿論」
古賀からスマホを受け取る。ホーム画面を映しており、沢山のタヌルポさん達でデコられていた。
誠意を見せたつもりか。律儀な奴だ。
カメラアプリを開いて写真に収める。古賀にスマホを返すと、二人は楽しそうに画像を眺めはじめた。
こうして見ると親子みたいだな。母親には悪いが。
ゴンドラがゆっくりと下降を始めた。窓の向こうにはミニチュアみたいな街並みが広がっている。巨人にでもなった気分だ。
……トロールは強かったな。あんな見た目で搦手を使ってくるとか詐欺だろうに。まあ、それがあのゲームの面白さか。
「……刃ってば。話聞いてた?」
「あ、すまない。景色に見蕩れてた」
いかんな、今日は休日だ。アプリの事を考えるのはよそう。
メリハリがあってのゲームだ。今はこの景色を楽しまなければ。
「……お気をつけてお降り下さい。有り難うございました」
「絶景でした。良い時間を有難う」
「スズも楽しかったー!」
従業員の出迎えを受けてゴンドラを降りる。
……入れ替わりの客の姿が見えないな。入口の方に目をやると点検中の看板が掛かっている。
「どうかしたんですか?」
「えっ、いや……アトラクションの音響システムに不具合が生じまして。これから点検を行なう予定なんです」
「そうだったんだ。私達は運が良かったね」
説明を聞いた薊がほっとした様子で頷いた。
なんだか従業員の様子がおかしい。……僕の気のせいだろうか?
それに何か違和感がすると思ったらBGMが止まっていた。閑散とした乗り場に観覧車の駆動音だけが響いている。正直不気味だ。
「…………取り敢えず行こうか」
先導する古賀の表情は固い。こいつも感じるものがあった様だ。
無言で彼女の後を追う。背中から聞こえる薊とスズの声が賑やかだ。二人が何も気付かないのは幸いか。
「…………聞いた事がある。遊園地では大きなトラブルがあった際はBGMや放送を使って伝達すると。放送は無いけど楽し気な曲は止まったね。そしてスタッフは忙しなくインカムで会話をしている」
古賀が囁く様に言った。二人に聞こえない様にか。
「何かあると?」
「さてね。ただゴンドラが下がるときにね、救急車が見えた気がするんだ。それからパトカーもね。揃って入口に留まっていたよ。関係ないといいね」
古賀はこちらに振り向かない。忙しなく視線を周囲に走らせている。
そして探る様な目付きのまま、スマホを耳に当てた。
……そういえばスズの母親と待ち合わせをしていたんだったな。番号も交換していたのか。しかしそれっぽい女性は見えない。
コール音は続き、やがて留守電になった。
「……出ないな」
古賀はもう一度通話を掛けたが、それも同じ様に留守電に変わった。
……妙だ。まさか番号の伝え間違いでもあるまい。
「あー! お父さんだー!」
突然スズの大きな声が聞こえた。元気な彼女の一際大きな声だった。
スズが一直線に駆け出した。向かう先にはスーツ姿の男が立っていた。
男は喜ぶスズを抱き抱えると、笑いながらその頬にキスをした。
味見だ。何故か分からないが俺はそう思った。
「パパだパパだパパだー!」
「あはは、鈴蘭は相変わらず元気だなァ。少し太ったかな? 前より重くなったよォ」
「もー! 女の子にひどーい!」
「あははァ、でもやっぱり大正解だなァ。鈴蘭は観覧車が大好きだったから、ここじゃないかと思ってたんだァ」
降ろされたスズが愛おしそうに男の手を握る。本当に嬉しそうだ。……それだけに残念だな。
古賀が男に近付く。表情は無い。
「すみません、スズさんのお父様でしょうか? 私は故あってスズさんをお預かりしていた古賀と申します。ここでお母様と待ち合わせをしていたのですが……」
古賀が男に話しかけた。それを聞いたスズが腹を立てているがどうでもいい。
男は大事そうにスズの手を握り、古賀を睨んだ。
——決して渡さない。そんな強い光を男の眼から感じた。
「……ああ、妻の代わりに私が来たんだ。妻は体調を崩してしまってね」
「そうですか。……しかし変わっていますね。家族で遊園地に行くのにスーツ姿だなんて」
「……半休だったんだよ。そもそも白衣の君に言われたくはないな。もういいか? 私にも用事があるんだ」
男が背を向けて歩き出す。スズが申し訳なさそうに手を振った。
深入りはしない。そのつもりだった。
だが俺にも多少の情はある。このままでは休日を楽しめないだろう。
それに、
不審者の通報は市民の義務だ。
「待て」
「なっ!」
俺はスズの手を引く男の腕を掴んだ。体はそれなりに鍛え込まれているな。
「え……?」
「刃っ!」
困惑した様子のスズと薊。古賀からの反応はない。
そして男は仇を見る様な眼で俺を睨みつけてきた。
「……腕が痛いよ。何の真似かな? これは立派な暴行罪だ。警察でも呼んでやろうか?」
「警察を呼ばれて困るのはアンタの方じゃないか? ……スーツに血が付いているぞ」
「ッ!?」
男が右腕を振り回してきた。後ろに軽く跳び、その攻撃を回避する。
……だが失敗したな。避ける時に腕を離してしまった。スズの存在がチラついて判断を誤ったな。
「私が約束した相手はスズちゃんのお母様だ。彼女はどこにいるんだい?」
「…………クソが」
男が血走った眼で俺たちを睨む。
こいつの目的は分からないが、尋常な様子じゃない。
例え父親だろうと連れて行かせられるか。
「どうしたの!? みんなこわいよ! パパ、大丈夫だよ。みんな優しいの」
「スズちゃんっ……!」
騒ぎに気付いた客の目が俺たちに集まる。従業員が焦った様にインカム越しに何かを叫んでいる。応援を呼んだか、それとも警察か。
兎も角この視線の包囲網から逃れる事は出来ないだろう。
「ああああああああああァッ!」
「ひっ……!」
出し抜けに男が吠えた。獣の声だった。
男は身を縮こませたスズを片手で抱き上げ、首を大きく振って周囲を見渡す。
衆目に晒されている事に気づき、大きな舌打ちをした。その直後、
「馬鹿どもがァ! 父親が娘と会って何が悪いッ! そもそもお前ら一般人に私が捕まるわけないんだよォ!」
男はそう吐き捨て、スーツのポケットからスマホを取り出した。
————まさか!
「まずいっ!」
「しくじった!」
古賀と俺の声が重なる。男は嘲る様に笑いながら叫んだ。
「ポイント使用ォ!————ジャンプゲートッ! 対象ニ名ィ! 行き先ィ! スライム下水道ォ!」
「えっ……パパ」
男の目の前に黒球が現れ、一瞬でそれが消失。二人の姿も同様に消え去っていた。
「二人がいない! なんで!? どこに!?」
薊がいきなりの事に混乱している。
こいつには二人が唐突に消えた様に見えるだろう。アプリで起きた事象は一般人には観測出来ないから。
「……薊さん、刃。君達はインフォメーションセンターに向かってくれないか? 恐らくそこには警察がいる筈だ。事情を説明して欲しい。私はスズちゃんを探してくる」
古賀が薊の肩に手を置き、ゆっくりと話して指示を出す。
一人で追いかけるつもりか。まあ行き先も分かっているからな。
だがのんびりと吉報を待つつもりはない。
「行くのは薊一人だ。俺も奴を探す。……いいよな? 俺の画面は見ただろう?」
「えっ……刃?」
戸惑った様子の薊が目に痛い。申し訳ないが休日は今終わった。埋め合わせは明日以降に期待していてくれ。
古賀が顎を親指で撫でながら俺を見つめてくる。
値踏みでもされている気分だが、そう間違ってもいないだろう。
「分かった。緊急事態だしね。……ただ年長者の言う事は守ってもらうよ」
「できるだけな。それとも水はいるかい?」
「……いいさ。君はきっと信用出来る」
古賀が薄く笑いながら手を伸ばしてきた。
まったく、どうしてこのゲームには魅力的な女性が多いんだ?
俺はその手を強く握りしめた。
「改めてよろしくな、楓」
「よろしく、刃。……やれやれ、君は女ったらしだなぁ」
昨日に引き続いての対人戦。スグリとの協力プレイは楽しかった。
楓は視野が広く洞察能力も高い。きっと相棒として頼りになる。組んでいて退屈はしないだろう。
——じんじんじーん!
——えー! いいのー! じん優しい!
——どうしたの!? みんなこわいよ!
…………ゲームは楽しい。その筈だ。
なのに何故か俺の胸中にはいつもの高揚が欠片もなかった。




