古賀楓
「いや助かったよ。連れ回し案件になってしまう所だった。デートの邪魔をしたのは申し訳ないけどね」
「あー! やっぱりお姉ちゃん達付き合ってるんだー! すきぴなんだー!」
「僕らは兄妹だよ」
「従兄妹です! 従兄妹!」
一気に騒がしくなったな。声を掛けたのは迂闊だったか。
元気いっぱいの女の子はスズ。小学三年生らしい。姦しさの9割はこの子だ。
そして隣の席でコーヒーを飲んでいる女性は古賀楓。
灰色に染めた長髪に藍色のスウェットとジーンズ。派手目な外見だが、本人の雰囲気も相まって落ち着いて見える。
「……刃見過ぎ」
薊から窘めるような視線を感じる。だが気になるのは仕方ないだろ? だってこの人白衣を着てるんだから。
さっきは気付かなかったが間違いなく白衣だ。遊園地に白衣? ミスマッチ過ぎる。
「気になるかな?」
古賀が白衣の襟をぱたぱたと開く。
まあ気になる。まさか遊園地の常駐医でもあるまい。
「不躾ですみません。……でもそうですね、医者なんですか?」
「そうだよ。しがない町医者だけどね。白衣を着ていると分かりやすいだろう? 道で急病人が出てもすぐに声が掛かる。……あっ、ちなみにこれは私服だよ。仕事中はスクラブ……まあ仕事着とは分けてるから、いつもちゃんと清潔だ」
変わった奴だ。プライベートの日まで人命の事を考えているのか。まあ余暇の日に迷子の世話をするぐらいだしな。
というか休日に一人で遊園地というのも度胸がある。大方コラボ目的だろうけど。
「やっぱりお医者さんだったんですか。まだ若いのに凄いですね」
「ただの若作りだよ。こう見えて君の倍は生きてるんだ。でも嬉しいな、ありがとう」
「嘘ッ!? あっ、……いえ」
薊が笑窪を作りながら視線を逸らす。古賀は美人だからな。こいつの医院では仮病の患者が多い事だろう。
「しかし母親と逸れたなら迷子センターに行けば良いのでは?」
この規模の遊園地だ。保護施設もあるし、マニュアルも整っている筈だ。家族が既に待機している可能性も高い。
すると古賀は肩をすくめて言った。
「何度も提案しているんだけどねぇ」
「だめ! ママが悪いんだもん! わたしに黙ってパパと電話してた! わたしだってお話したいのに! だからハンセイするまでお姉ちゃんと遊んでるの!」
「……との事だよ。ちなみに強行したら、次の遊びは鬼ごっこになると宣言されている」
「50メートル9秒だよー!」
我儘に付き合ってやっていると言う事か。だが血相欠いて探している母親が見たら危ない状況だ。それも織り込みなんだろうが……本当にお人好しなんだな。
対するスズは頬を膨らませてご立腹な様子。子供の説明ではなんとも分からないが家庭事情は複雑そうだ。
「君達さえ良ければ一緒にまわってくれないか? スズちゃんは実にエネルギッシュでね、三十半ばの体力では大変なんだ」
「お姉ちゃん達も遊ぼうよ! 次は観覧車に乗るの! あれ楽しー!」
「いいよ、観覧車は私も好きなんだ。みんなで一緒に乗ろうか」
薊の顔色を確認するまでもなく次の予定が決まった。
僕もお前が良いなら構わない。少々喧しいが、二人とも付き合ってて煩わしいタイプじゃないからな。
「ありがとう。ではその前に…………少々場を離れても良いだろうか? 早速のところ悪いんだが急用があってね」
「急用?……ああ、どうぞ」
「すまないね」
頬を軽く掻いて古賀は席を立った。まあスズとずっと一緒だったらしいからな。目も離せないか。
「お姉ちゃんどこ行くの? 一緒に観覧車乗ってくれるんだよね? わたしを置いてかないよね……?」
「安心して。古賀さんはトイレに行くだけだから」
「なーんだ。おしっこかー!」
お前らな……古賀が早歩きになったじゃないか。
スズは薊にも懐いた様でお喋りが止まらない。薊は面倒見が良いからな。
しかしそれを踏まえてもスズは警戒心が薄過ぎる。保護したのが古賀で良かったな。
「お姉ちゃん……まぎらわしいなー。あざみちゃんって呼んでもいいー?」
「いいよ。スズちゃんの好きに呼んでね」
「やったー! じゃああざみちゃんと……じん!」
「何故僕は呼び捨てなんだ……?」
大体お兄ちゃんで差別化出来ているじゃないか。まあ妹は薊だけで良いが。
「えー? じんはじんっ!って感じだもん。……駄目なの?」
「いやいいけどさ……」
「やったー! じんじんじーん!」
スズは大喜びで薊とハイタッチしている。本当に明るい子だな。僕がこれくらいの頃はどうだっけか?
昔の僕は捻くれたガキだった気がする……。あまり思い出したくはないな。
「ただいま。待たせたね」
「お姉ちゃんおそーい! あっ、もしかして……」
「よし! 早速観覧車に向かおうか。昼時だし空いてるかもしれない」
「いくーーー!」
「あっスズちゃん待って!」
手を叩いて会話を切るとスズが椅子から降りて駆け出した。それを薊が急いで追いかける。
しかし本当に遅かったな。まあ、あまり考えるべき事ではないが。
そう思っていると古賀はちょんちょんと僕の肩を叩き、耳元で囁くように言った。
「……実はインフォメーションセンターに電話を掛けていたんだ。スズちゃんのお母さんもいて直接話した。観覧車が終わったら合流する手筈さ」
なるほどな。スズは観覧車をとても楽しみにしている。
その後ならクールダウンしてそうだし丁度いいかもしれない。
「良い人ですね、本当に」
「いい大人なだけさ」
変わり者だとは思うが尊敬出来る女性だな。年長者として及川にも見習って貰いたい。
「あー! お姉ちゃんとじんがイチャイチャしてるー!」
「は!? 刃どう言う事?」
あー面倒な所を見られたな。特に薊に。
古賀を見るとウィンクして笑い、肩を叩いてきた。
……はぁ。本当にいい大人だな。




