PvP
ゴブリンの声が途絶えた。
ここからでも分かるほど血の臭いが濃い。相当遊んだな。スマートに始末するタイプではなさそうだ。
そいつは真っ直ぐこちらに向かっている。結構速いぞ。遠目に姿が見えてきた。あれは男だな。肩に担いでいるのは……日本刀か?
「よぉ、はじめましてだ」
「ッ!」
飛び退き、落ちているナイフを拾って構える。一瞬で距離を詰められた。……瞬間移動だろうか? 厄介そうな能力だな。素晴らしい。
「まあ待てって。俺は九十九って言うんだ。お前の名前も教えてくれよ」
「ケルッ!……ケロちゃんだ」
浅黒く焼けた30代くらいの男。九十九は楽しそうに肩を震わせていた。
「偽名使うにしてもセンスありえねーだろ! まあ馬鹿正直に名乗り上げる奴じゃなくて安心したわ。そんなの相手にしてもつまらねぇから」
“つまらねぇから”ね、俺とは気が合いそうだ。
しかもコイツはやる気らしい。ギラギラと心地良い殺気が肌を撫でる。たまらないね。
「殺す相手とのお喋りを楽しむタイプなのか?」
「ん? ああ、そうじゃない。一応ポイント残高を聞いておこうと思ってな。デスペナの量も。うっかり殺しちまったら勿体無いからよ」
死んだ時のペナルティはプロトコル起動の10倍だ。勿論俺は払えない。
ポイント目的の強盗なのだろうか? へらへら笑っているし、残高を尋ねてきたのも脅しの一環か。
手慣れているし期待は出来そうだな。
「生憎初心者でね、貧乏なんだ。だから先輩のポイントを分けて貰えると有難いな」
そう言って九十九にナイフを突き付ける。脅されたしちゃんと正当防衛だ。うっかり殺してしまっても仕方ない。
「ゲッ……マジかよ。言われてみたら確かにそれっぽいな。無手だし、あんな大騒ぎしたのに移動もしないし。そんなんじゃプレイヤーに襲われちまうぞ?」
なるほど。戦闘後はプレイヤーに狙われない様に離脱するのが定石なのか。その発想は無かったな、勉強になる。
九十九は面倒そうに頭を掻いている。
殺気が止んだ。……まさかこれで終わりじゃないよな?
「……はぁ。いいよ、行けよ。初心者狩ってもポイントになんねぇからさ。運が良かったな、にいちゃん」
「運が良いのが自慢なんだ」
九十九に背を向ける。これではナイフが無駄になってしまうな。
デザインは雑だが、抜き身の刀身はとても美しい。
ナイフは鏡面の様に背後の風景を映し出していた。
————刀を振りかぶる九十九の姿を。
「シッ————なっ!?」
振り返りながら半歩横に逸れる。斬撃は俺に掠める事すらなく通り過ぎ、目の前には驚愕の九十九。
「ははっ、そう来なくては!」
「てめぇ!」
俺は遠心力のまま右手のナイフを振り抜く。狙いは首だ。
しかし寸前で首を振られ、左耳を切り裂くに留まった。
「くっ!……チッ。——リペア」
九十九は片手で刀を振りながら後退、リペアで左耳を治療した。判断が早い。ポイントも潤沢にある様だ。
やはり俺は運が良いな。大当たりだ。遊び相手として申し分ない。
「初心者の振りして俺を誘ってきたのか? タチ悪ぃ奴」
「初心者狩りに言われたくないな。弱い者いじめは楽しいか?」
口振りのわりに声は弾んでいる。耳をさすりながらも表情は笑顔。本当に楽しそうだ。
「ああ、それは勘違いだな。弱ぇ奴に興味はねぇ。さらに言えばポイントにもな」
「……では何で俺に斬りかかったんだ?」
九十九はくつくつと笑い出した。なぜわからないのか? そんな嘲りが含まれている様な笑い。
ひとしきり笑うと刀を頭上に構えながら言った。
「ポイントが無いなら殺せばオリジンになるだろ? 俺はオリジンと遊びたいんだよッ!」
「なっ!」
声は俺の背後に移動していた。さっきの瞬間移動か! 俺は振り返らず前方に転がり、斬撃から逃れる。
だが九十九は斬りかからずに前転に合わせて踏み込んできた。
回避動作を読まれている。避けられない。
ならば腕を捨てて蹴り殺す。肉を切らせてなんとやらだ!
「ちょっ!? ……危ねぇな、覚悟決まり過ぎだろ。こんな初心者がいてたまるかっての」
俺の前蹴りは空を切り、九十九の姿が遠のいた。
瞬間移動。位置はスグリが殺したゴブリンのすぐ近くだ。
そして俺の前にはゴブリンの使っていた剣が捨てられてある。
斬りかかられる時には落ちていなかった。
なるほど。そういうルールでの移動技なのか。対象との位置交換。
詳しい条件は分からないが、落ちている武器には用心しないとな。
とりあえず目の前の剣を踏み砕くとする。これで目に見える範囲のゴブリン武器は5つ。九十九の足元に2つ、俺と九十九の中間に2つ、俺の後方に1つだ。
「本当に初心者さ。始めて一週間と経っていない」
「絶対嘘だ。じゃなきゃ化け物だな。しれっと剣を壊しやがって。最近のガキはどうなってるんだよ全く……」
失礼な奴だな、俺は普通の高校生なのに。ただ少しだけ、この遊びに適性があっただけだ。
そして俺は遊びでも勝ちに拘るタイプだ。手を抜いたりはしない。
「ケルベロス——三ツ首解放。PPブースト」
「ケルッ!? 話題の奴かよ! 付喪神深化段階参——鋼ッ!」
付喪神! それで九十九か、安直過ぎるだろ。
九十九にナイフを投げ放ち、同時に全力で駆け出す。
奴は避けようともしない。ナイフは顔に命中するも、甲高い金属音と共に弾かれた。
なるほど、鋼ね。生半可な攻撃は通さないと。
ならば俺の蹴りも審査して貰おうか!
「————シャアッ!」
「うおおおおおッ!」
金属の砕け散る音がした。こいつの左腕は使い物にならないだろう。
だが俺が狙ったのは胸だ。腕を犠牲に防がれた。……まずい。九十九は避けずに受けた。それは攻撃の為だ!
「…………いっっってぇなオイッ! ————アイテムロード、グレイプニル!」
「紐ッ!? ……拘束アイテムかッ!」
空間に突如として現れた紐が俺の四肢を縛り上げる。なんとか転ばずに踏み留まってはいるが、身動きが取れないッ!
「フェンリルを拘束した紐だ。お前にピッタリだろ? 出来ればオリジン戦で使いたかったがね、背に腹って奴だ……いてて、馬鹿力で蹴りやがって——リペア」
九十九がリペアで左腕を治す。何度か左手の握り開きを繰り返すと、刀を両手で持ち上段に構えた。
「付喪神深化段階参——斬。……良い線行ってたけど経験の差って奴だな。最後に言い残す事はあるか?」
……余裕の発言だな。だが調子に乗って封じられた身としては何も言えない。正直自分が情けないよ。
だが言い残す事か。それなら一言言いたい事がある。
「じゃあ言わせて貰おうか。…………すまなかったな」
「……あん? 何がだよ?」
「出来れば一人で戦いたかったんだ。……でも今日はペア狩りの約束をしてしまったから」
「てめぇ、訳わかんねぇ事……グッ!?」
突如として後方よりナイフが放たれ、九十九の背中に刺さった。
驚愕し、振り返る九十九だが背後には誰もいない。
「伏兵ッ!? 舐めた真似しやがってッ! 何処だッ!? 何処にいやがるッ!?」
注意深く周囲を睨みつけるが、当然下手人は見つからない。そりゃそうだ。見つかる訳がない。
しかしよく刺さっているな。中々の切れ味だ。
ゴブリン製のナイフではこうも刺さらなかっただろう。
「……どこに居るのか教えてやろうか?」
「はぁ!? ふざけやがッ」
「……ばぁ! 正解はここでした!」
「ッ!?」
ナイフへの変化を解いたスグリが九十九を羽交締めにする。
無策でプレイヤーと戦う程、俺は自惚れちゃいない。
デート中に難癖つけてきたんだ。二対一でも文句は言わないよな?
そして四肢を封じられても攻撃は出来る。
「…………ガハッ!」
「俺は頭の硬さも自慢なんだよ」
ケルベロスのパワーを乗せた頭突きにより、九十九の意識は途絶えた。




