↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

18/34

柏音茉莉花


「外は寒かったでしょ? そこに掛けなよ」


 ————明晰夢という奴か。

 言われた通り空いている椅子に座る。意識がクリアになってきた。これは現実ではない。

 その証拠が目の前で喋っているからな。

 柏音茉莉花。クラスメイト。背中まで伸ばした髪で大きく三つ編みを作っている。いつもオドオドしている。そして僕が


「僕(・)が(・)殺(・)し(・)た(・)相(・)手(・)だ(・)。あの時はキツかったな。痛いし熱いし苦しいし。最悪なキスだったね」


 心が読めるのか。

 まあ夢の中だ。そういう事もあるだろう。

 それより酷く寒い。どうにかならないのか?


「心が読めるからって黙るのやめてくれない? 私が寂しい人みたいに見えるでしょ? ……まあそれなら、」


 茉莉花が指を鳴らした瞬間、家の内装が様変わりした。

 暖炉はテレビに、怪し気な器具の入った棚は本棚に。僕が座っていた椅子は、薄桃のシーツが敷かれたベッドに変化した。

 悴んだ指先と体の震えが止まった。


「……暖かい」


「私の部屋だよ。男の子を入れるのは初めて」


 茉莉花が照れた様に頬を撫でている。

 ピンク配色の多い特徴的な部屋だが、全く見覚えが無い。これは果たして僕の夢の中なのだろうか。どうなんだ?


「…………」


 茉莉花は黙って三つ編みを弄っている。

 …………はぁ。


「ここは僕の夢の中なのか?」


「知らないよ。私は刃君に殺されてからずっとあの森で過ごしていたんだ。私にとっては、ここが死後の世界で刃君も堕とされてきた……って方が納得出来るな」


 死後の世界ね。それもあり得るかとも思ってしまう。

 バーバ・ヤーガはヤギーニャという女神が変化した存在だと言う説がある。

 ヤギーニャは生者の世界と死者の国の間にある門を守り、魂を最後の旅へと送り出す役割を担っていたらしい。

 バーバ・ヤーガ自身も、生者と死者の世界の境界に立つ存在だと解釈されている。


「そして貴方のケルベロスは、死者を冥界に閉じ込めておく存在とも言える。どっちのせいかは分からないね」


 都合の良い時だけ心を読む女だな。

 死後の世界なんて信じちゃいない。だがいつか誰かが言っていた。————お前の現実は既に壊れているのだと。

 壊れているのなら、こうして死者が会いに来ても不思議じゃない。


「会いに来たのは刃君の方だけど?」


「そうかな? ……そうかもしれないな」


 だってずっと会いたかったから。

 こうして話せるのがとても嬉しい。小鳥の囀りの様な声が心地良い。

 あの夜以来、ジャスミンの甘い匂いが恋しかった。

 どうしてもっと早く語らえなかったのか。

 茉莉花を思い出すたび、僕はそればかりを考えていた。 

 

「……やっぱり夢だね。私にとって都合が良過ぎるもの」


 茉莉花が僕の隣に腰を下ろした。ベッドの端に掛けた手が僅かに震えている。

 夢だとしたら僕の物だろう。殺した相手を夢の中に閉じ込めて自分を慰めている。

 これが愛情なのか、それとも罪悪感なのか。

 僕には分からない。


「それならずっと私を閉じ込めていて。刃君の中に私の居場所を頂戴。……そうしたら、私の全部を貴方にあげる」


 茉莉花の潤んだ眼が僕を映している。きっと僕の眼にも茉莉花が映っているのだろう。

 瞳の中の僕が近付いてくる。拒む気にはなれなかった。

 口付けを交わす瞬間、瞳の中の僕が消えた。


 茉莉花には眼球が無かった。


「……芥子谷に貴方は渡さないよ」




 


「ッ! ……はぁ……はぁ」


 酷い夢を見た。己の醜さを直視させられた気分だ。

 スグリの方を見ると腹を出して眠っていた。

 物音を立ててしまったが起こさなかったようだ。

 腹をしまって布団を掛けてやる。


「……ん……刃君……」


 不意に自身の唇に触れてしまう。

 あれは本当に夢だったのだろうか?

 分からない。だが自分でも不思議なくらいに、ずっと茉莉花の事を考えている。彼女が夢に現れるのも当たり前かも知れない。

 ずっと胸の中に茉莉花が棲んでいるのだ。そんな状態でスグリの誘いに乗れるわけがなかった。


「……ふぅ」


 動悸が落ち着いてきた。……今何時だ? 学校は自主休校するつもりだが、スグリの予定が分からない。

 いつまで居てもいいのか聞いとけば良かったな。

 スマホを取り出し時間を確認する。……なんだ四時じゃないか。まだいけるな。


「……ん?」


 アプリの通知がきている。僕は迷わず扉のアイコンをタップした。


 

 レベルアップ! モンスターの成長により、システムスキル————イリーガルが使用可能になりました。

 

 ・身体強化  500ポイント

 ・冥府の門番 500ポイント

 ・魔女の雷  500ポイント


 現在使用可能なイリーガル・スキルは以上です。


 

 ————私の全部を貴方にあげる


 顔が熱くなるのを感じる。

 殺しの道具を貰って喜ぶとは。とんだ異常者だな。

 ひとまず今日は寝直そう。世話になった手前、みっともなく寝坊は出来ない。

 それに夢の中でなら、また逢えるかもしれないから。




 

「おはよう!」


「……おはようございます」


 大きな声に目を覚ますと、すぐ傍でスグリがニコニコと笑っていた。

 髪はしっとりと湿っていてシャンプーの香りがする。


「へへっ、こんな風に誰かの寝顔見るのはじめて……って凄い隈だけど大丈夫? よく眠れなかった?」


「まあ緊張はあったしな。隈がどれほどか知らないけど見た目程じゃないさ。わりと快調だよ」


「意識してくれてたり? ……男の子だもんね。私なら大丈夫だよ? 結構そういう事にも興味あるし……」


 スグリは照れた様に視線を外している。朝からする話ではないぞ。


「もっと仲良くなったらな。それより僕は何時まで居ていいんだ?」


「住んでもいいよ? ……ってのは冗談だけど三時くらいまでなら。蘭ちゃん達が来て揶揄われるのはヤダし!」


 それは僕も勘弁願いたいな。

 あの狼の皮を被った狐娘に見られたらどうなるか分からない。

 気が付いたらスグリと結婚させられてそうだ。


「じゃあどうする? シャワーにする? ご飯にする? ご飯ならパンとお米どっちが好き?」


「シャワーが先。食事はお米で頼む」


「私と同じだ! じゃあ浴びてる間に用意するね」


 昨日買った下着を持って浴室に向かう。

 脱衣所にあるドラム型の洗濯機の中には乾燥の終わった衣類が詰められている。

 そしてその下には、スグリのパジャマ等が脱ぎ散らかされていた。

 ズボラなのか狙っているのか分からない。まあ前者か。台所周りは整っているのにな。

 汗が張り付いて不快だ。さっさと流してくるとしよう。


「あ、もずく酢とか食べれる? 苦手じゃ……」


「いやああああああああああ!」


 狭い部屋に悲鳴が上がった。

 ベタな展開だがもう少し気を付けてほしい。

 

「ごめん! まだ入ってないとは思わなくて……でも逆じゃない? これ?」


 男だって裸を見られるのは恥ずかしいんだよ。


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。