魔女と三人
「ふぅ……そこそこ稼げたねー」
「ビリじゃなかった……ビリじゃなかった……」
「ぎゃああああ! 土足土足ぅ! はやく靴脱いでよおお!」
蓮がゲートを起動し、スグリ宅まで帰ってきた。帰りのゲートにポイントは要らないが、発生させた場所にしか戻れないとの事。
しかし今日はたまたま運が悪かった様でアイテムは殆ど落ちなかった。
僅かばかりの鉱石を蓮に買ってもらい、現在1380ポイント。
《トロールの棍棒》を失った事を考えると大赤字だ。蘭華の話によると、他の武具に比べてとんでも性能だったらしいし。
だが三人との戦いは楽しかった上に次の予約も出来た。アプリの事も聞けたし後悔はないね。
「……やっば。もうこんな時間じゃん。帰るよ蓮華!」
「22時30分。定期連絡の時間まであと僅か……」
時計を見て焦り出す双子。家に親はいないという話だったが。
「蘭ちゃんと蓮華の家は、寝る前に部屋でビデオ通話する決まりがあるんだよ。お金もあって実質二人暮らしだから遊び歩かない様にって」
「過保護なんだよ。家に殆ど帰らない癖にさー」
「約束破ったら口座が凍結される……やばい」
未成年じゃ証券口座一つ自由に持てないからな。うちは放任主義だからいいが、口煩い親だと大変そうだ。
「じゃ! なんかあったらグルチャで言うから無視しないよーに!」
「じゃ……なんもなくてもグルチャで言うから無視しない様に」
二人が足早に去っていく。
……僕も急がないとな。今からだと走っても終電に間に合うかどうかだが。こういう時は都会が羨ましくなる。
「じゃあ僕もお暇しようかな。今日はありがとう。どの料理も美味かったよ」
「……美味かったなら皿洗いくらいしてくれない? 結構大変なんだよね。あの二人は手伝ってくれた試しないけど」
そう言われると気まずいのだが終電……仕方ない。タクシーで帰るか。走っても間に合うか怪しいしな。
「そうだな、やろう。扱いに気を付ける食器があれば教えてくれ」
「……んー! そう素直だと調子狂うなぁ。単なる軽口だよ。やらなくていい。お湯で流して食洗機入れるだけだしね。電車の時間もギリギリでしょ?」
「どうせ終電には間に合わないからタクシーを呼ぶつもりなんだ。少しくらい手伝っても問題ないさ」
「……ならさ、泊まってく? タクシー代勿体無いよ。変な事もしそうにないし」
コイツは何を言っているんだ。
本気なのか? 会話を交わしていたのは双子とばかりだったから、いまいちキャラが掴めない。
こいつと交わしたのは攻撃だけだからな。
「そもそもステュクスでの誓いがあるからな。というか明日も学校があるんだが……」
「どうでもいいじゃん? 学校なんて」
それもそうだな。
「お世話になります」
「……うん! じゃあまずはお風呂でも入る? 沸かすまでの時間でコンビニにお菓子買いに行こうよ! あと下着と歯ブラシもだね。あ、煙草は駄目だよ。体に良くないから」
スグリが大袈裟にポージングを変えながら早口で言う。
コイツ、浮かれると太極拳キメる癖でもあるのか。
しかし流麗な動きだ。素人目にも一朝一夕の物ではないと分かる。
太極拳は拳法だ。これが近接戦の強さの理由かもな。
「落ち着いて喋ってくれ。僕は別に逃げない。……それから煙草は辞めたんだ」
「あ、ごめん。鞄から煙草の臭いがするからつい……でも良い事だよ。健康は大切だからね」
戦いにおいてデメリットしかないからな。
たまに口寂しくなるが、次に吸うのはあの馬鹿を見つけてからだ。
「なんか楽しそうだね。……私もちょっとだけ嬉しい。あの二人以外と過ごすのなんて初めてだから」
楽しそう……? まあ退屈ではない。スグリは面白い奴だからな。
棍棒を前に一歩も退かない胆力。
腕の骨を砕かれても反撃してくる度胸。
金髪に映える真っ黒な猫耳と語尾のニャ。
コイツを忘れる事は難しいだろう。
「よし! じゃあ行こうすぐ行こう。お風呂は洗ってあるからボタン押すだけなんだ。コンビニでなに買う? チョコとチョコクッキーとポテチと……お酒とかも買っちゃう!?」
「お酒は体に良くないからダメ」
後で薊にメッセージ送っとかないとな。弁当作って貰ったら悪いし。
「おやすみ」
「ああ、おやすみなさい」
風呂入ってお菓子食って駄弁って。気が付けば深夜二時。連日夜更かしをしてしまったな。
僕はソファーとタオルケットを借り、スグリは隣で布団を敷いて寝ている。
同室はどうかと思ったが、リビング以外の一部屋は撮影用らしく、ここで寝る様にと家主からの命令である。
…………今日は色んな事があったな。
まさか茉莉花の仲間に狙われるとはな。考えてもみなかった。
だが人が死んでいるんだ。悲しむ者、憎しむ者。そんな奴等がいても当然だ。僕は単に逃避していただけだろう。
三人と和解出来たのはただの幸運だ。今後戦う時は正しく覚悟しておかなければならない。
「……ねえ、起きてる?」
「ああ、神経質なタイプでね。ベッドが変わると眠れないんだ」
「それはソファーが硬いからじゃない? ……こっちに来る?」
やけに甘ったるい声でスグリが言った。
顔を向けると頬杖をつきながら僕を見ていた。暗くて表情は見えない。だが何処となく楽しそうだ。
昼間とはまるで別人だな。
———— その猫娘はムッツリだから気をつけた方がいいよ?
なるほど。
「ねえ……無視しないでよ。ステュクスの小瓶に誓ったから大丈夫でしょ? ……それに同意があれば敵対じゃないよ?」
「……お前はなんで僕に構おうとするんだ? 今日会ったばかりの筈だが」
「……茉莉花がさ、あなたの事ばかり話すんだ。斑目君が挨拶を返してくれた。斑目君と同じ委員会に入れた。斑目君はすごく妹想いだった。そんな感じに……もう耳タコだよ」
三人とも妙に距離が近いと思っていたが、それが理由か。
住所まで茉莉花に知られているって話だったからな。
僕のプライベートなんて筒抜けだったわけだ。
……というか茉莉花はどこまで僕の事を調べてたんだ?
「だから前からあなたの事は気になっていたんだ。……最悪の出会いだったけどね。腕折られたし」
「それはすまなかったな。……でもスグリだって僕の顔面に毒香水を吹き掛けたじゃないか。それでチャラにしてくれ」
「あれホンッッットに毒だよねええ! 材料には何一つ危険物が使われてないのが今世紀最大の謎だよお! 絶対あいつのモンスターはハティじゃなくてヒュドラだああ!」
妖艶な雰囲気が一瞬で消し飛び、昼のスグリが帰ってきた。
こっちが素だな。今のやり取りは芝居だろう。
そういえば僕はこいつの演技に騙されて腹を貫かれたんだったな。
「ははっ、折角のムードが台無しだな。無理しなくていい。今のはなんだ、蘭華の指示か?」
「ちゃんと私の意思だよ! 蘭ちゃんはそこまで外道じゃない。……まあ私があなたの事気になってたのはバレてるだろうし、お泊まり会も読まれてそうだけど」
今思えば、あの策士が時間を忘れた上に慌てて帰るなんて違和感しかない。
終電に間に合わない様に時間を調整した? ……いやまさかな。
「まあ話はわかったよ。光栄な事だけど取り敢えずはNOだな。そういうのはもっと仲良くなってからだ」
「えええええ! 折角勇気だしたのになぁ……まあ当然かぁ。こんなの初めてだから距離の詰め方がわからないや」
スグリを見ていると安心するな。
最近会う奴は、能力値を策謀に全振りしてる様な奴ばかりだったから。
戦いの中でなら歓迎だが、盤外戦術はちと疲れる。
「ならまた美味いものでも食わせてくれ。餌付けってのは男にも有効な作戦なんだ」
「それなら得意分野だよ! 明日トークで好きな物まとめといてよね。次のお泊まり会の時にご馳走するから!」
そう言ってスグリは枕に顔を埋めた。
本当にさっきとは別人だ。YouTuber恐るべしだな。
「楽しみにしてるよ。まあ夜も遅い。僕は寝るとする。おやすみなさい」
「うん…………おやすみ、」
「「刃君」」
「ッ!」
心臓が跳ねた。……気のせいだろうか。
スグリの声が誰かの声とダブって聞こえた。
「ごめん、名前で呼んじゃまずかったかな……? 私学校行ってないし先輩っていうのもしっくりこなくて……」
「いや……好きに呼んでくれて構わない」
「よかったぁ。それじゃまた明日ね」
…………急に眠気がやってきた。
後頭部が痺れる。こういう日は碌な夢を見ない。
せめて早く目が覚めます様に。
気が付くと僕は森の中にいた。
曇天から僅かに射した光を木々達が遮っている。
地上にいながら海の底を歩いている様な感覚。
————そう、僕は歩いている。
森の中は何の音も聞こえない。聞こえない筈だ。
なのに何かが僕を呼んでいる。その意思に応える様に、僕の脚が勝手に前に進んでいく。
途中、枯葉に埋もれた何かを踏んだ。音は聞こえなかったが、小気味良く砕けた事はわかった。
気にせず進む。
森の中はとても寒い。早く家に帰り暖を取らねば。
気持ちが逸って小走りになる。
急ぐ脚は次々に野晒しにされた何かを砕いていく。
「みつけた」
僕の喉が勝手に音を鳴らした。
白い生垣に囲まれた家だ。
その上には同じ色のランタンが置かれていた。
二つの空洞から淡い光を放っていて、とても洒落ている。
ひとりでに生垣の入り口が開いた。僕は気分よく敷地に入る。
さて、家に入りたいが高さが合わない。
どうしようかな? そう困っていると家の方が脚を曲げて屈んでくれた。
「ありがとう」
やはり歓迎されている様だ。
漸く辿り着いた。扉の隙間から暖かな光が漏れている。
それを見てぶるりと体が震えた。
とても寒いからだろう。早く入らなければ。
————コンコン。
ノックに応える声はない。ただゆっくりと扉が開いた。
中には家の主人が椅子に座っていた。こちらに背を向けて暖炉の火に当たっている。
顔は見えない。ただ揺らめく光が枯れ草色のローブを照らしていた。
「いらっしゃい」
初めて耳が音を拾った。女の声だった。女が椅子から立ち上がった。
バタンッと後ろから音がした。振り返ると扉が閉まっていた。
そこで我に帰った。
おかしいとは思っていたんだ。
だって暖炉の火はちっとも暖かくなく、この部屋は凍えそうな程に寒かったから。
女が振り返り、僕に微笑んだ。
「久しぶり————刃君」
そいつは柏音茉莉花だった。




