契約成立
鯛のポワレ。鯛あらの豆乳スープ。温野菜サラダ。イチジクのカプレーゼ。そして唐揚げとポテトフライ。
洒落た食器の上で、それらが鮮やかに輝いている。
「……凄いな」
「まあ料理は好きだしね」
スグリが照れくさそうに鼻を掻いている。
見た目も綺麗だが、何より手際が凄まじい。
スーパーに寄り、家に着いてから1時間程しか経っていない。相当作り慣れているな。
「唐揚げサクうま! スグリメシはこれがないとねー」
「……やはりポテト。ポテトフライは主食足り得るし将来的に癌にも効く」
雰囲気の合わない唐揚げポテトは姉妹用か。どうやら気の置けない間柄の様だな。
「……見てないで食べたら? コイツら遠慮ってものを知らないから気を抜くとなくなっちゃうよ」
「ああ、頂こう」
素っ気ない態度だが僕の事をガン見している。なんだかそわそわして落ち着かない様子だ。
僕は箸で鯛の身を裂き、口に運ぶ。
「————うまい」
「……よかたああああああ!」
今までのツンとした様子は何だったのか。ガッツポーズを決めて変な踊りを始めるスグリ。これは太極拳か?
「めっっっちゃ緊張した! いきなり初対面の男に飯を作れとか無茶振りなんだよおお! 出前の寿司で良いじゃんよ! ピザでいいじゃんよぉ! この1時間生きた心地がしなかったんだぞおおお!」
それは悪かったな。僕がやらせた訳ではないが、ちょっとだけ罪悪感が湧く。腕折って叩きのめした相手に今更だが。
というか僕が攻撃したのはスグリにだけだな。双子には指一本触れちゃいない。そう思うと座りが悪くて、何となく口が軽くなってしまう。
「いや本当に美味いよ。スグリは……スグリと呼んでも良いか? ……ありがとう。スグリは器用なんだな。蓮香に化けた芝居も上手だったし、格闘術も見事だった。パワーでゴリ押したのが申し訳なかったよ」
そう伝えると、スグリはカチコチに固まって太極拳に戻った。おーい、料理が冷めるぞ。
「こらこら。うちの稼ぎ頭を口説かないで貰おうかー! ちなみに私の事は蘭香って呼んでね」
「その猫娘はムッツリだから気をつけた方がいいよ? 知らないうちに認知求められるかも? ……私は蓮で」
「そんなつもりは全くないが……稼ぎ頭?」
確かにスグリはすごい奴だが、その呼び方は違和感があるな。作戦立案は蘭華らしいし、それを言うなら蘭華の方ではないだろうか?
「ああ、稼ぎ頭っていうのはアプリの話じゃないよ。それは、」
「言うなあああああああああああああ!」
正気に戻ったスグリが掌で蘭華の口を塞ぐ。一体何の話なんだ?
疑問に思っていたら、スッと蓮がスマホを出してきた。
『どもにゃ! 寿司天使系YouTuberのカシスんですにゃ! みなさん元気かにゃ? 今日もえげつい創作寿司を作っていくよおおおお!』
「うわああああああああああああああ!」
ポップなBGMと共に動画が流れる。
映っているのは猫耳カチューシャを付けたスグリ。なるほどなー。
「かなりバズっててさー。スグリはこれで自立出来てるんだよ。企画は私が考えてるんだけどね。んでチャンネル名義と資金運用が蓮の仕事」
「だいぶ増やした」
無表情でピースサインを決めている蓮。もう片方の腕はまっすぐ上に伸び、そこから絶えずカシスんさんの声が流れている。
スマホを奪い取ろうとするカシスんさんだが、いかんせん身長が足りなかった。
しかし増やしたとは投資の事か。こんな所に同業者がいたとは驚きだな。
「……投資をやっているのか? 実は僕も」
「だいぶ増えたよねー! 今年いくらくらい?」
「コーラが10万缶買えるくらい」
………………。
「ん? 先輩なんか言った?」
「いや特に何も言っていないけど? このスープは絶品だな。特にスープが絶品だよ」
本当にこのスープがうまい。
「ご馳走様でした。美味かったよ」
「あーうん、……ありがと。食後にハーブティーやるけどいる? 苦手だったら緑茶もあるけど」
「いやそれでいい。茶まで頂いて悪いな」
スグリが食器を下げつつサムズアップで返してきた。流石にノリが良いな。
すぐに四人分のティーカップが並べられ、お茶が注がれた。
「……ふぅ」
こういうのも偶には良いな。
「さて、そろそろ真面目な話をしようかな」
蘭華の言葉に蓮とスグリが無言で頷く。やはり単なる食事会ではなかったわけだ。いいね。
「僕は構わないが夜も更けてきた。君達は大丈夫なのか?」
「うちらの親は基本仕事で家にいないんだ。スグリはそもそも一人暮らしだし」
「借家だけど私の城だよ」
「お茶が美味しい」
まあ大丈夫ならいいか。それぞれの事情にまで口を出すつもりはない。
「ならいいか。だが話の前に————ステュクスの小瓶を寄越せ」
二人の顔に緊張が走った。蓮が何かを言いかけたが、蘭華がそれを腕で制止する。
なおスグリはお茶を飲んでいた。
「……あらら、バレちゃってたか」
「先輩抜け目ない」
蓮が小瓶を手渡してきた。先程貰った小瓶と同じデザインだが、明らかに水の量が違う。僕の物より多い。
「さっき試してみたんだ。一回や二回の誓いでは、そこまで水の量は減らなかった。フレンド登録のどさくさですり替えたんだろ? 適当な誓いを繰り返せば、契約は消せるからな」
抜け目のないのはそっちの方だ。しかし水の残量は減っていない。はぁ……。すぐに奇襲するつもりはなさそうだな。
貰ったステュクスの小瓶をポケットにしまい、僕の物を蘭華に投げ渡す。
「これで本当に契約成立だな」
「……やっぱり先輩ってばお人好しだね。もしかして私の事好きなの?」
「それは違う。僕はお人好しなんかじゃない。相互不可侵なんてつまらないと思っていたからな。抜け道を作って襲い掛かってくる分にはなんとも思わない」
だが家族に牙を剥くとなれば話は別だ。その芽は潰しておきたい。この遊びで懸けるのは僕の命だけだ。
「秒で否定とか傷付くなー。でもそのステュクスも偽物かもしれないよ? 秒で約束破っちゃうかもよー?」
「構わないさ。何度でも相手になろう。————だが俺の家族に手を出すつもりなら」
お前らを殺す。それだけだ。
「……っ! 冗談だよ。先輩を敵に回すつもりはない」
「……ちょっと出たかも」
「何がっ!? 私の家でマジやめろよそれ!」
緊張ねーなー。
まあ常に張り詰められても話し辛い。緩急あると褒めるべきだろうか。
「悪意のある嘘は敵対に該当する。だから信じてよねー。先輩とは持ちつ持たれつ仲良くしたいんだ」
「そう考えると、小瓶のすり替えは綱渡りだったんじゃないのか?」
「ステュクスの水を寄越せって言われて寄越したじゃん? それに敵対ってのもかなり曖昧な表現だからね。契約書はよく読む様にって奴だよ」
「契約に反する場合は直前で警告が入るからね。うっかり即死はないよ」
それなら安心だ。さっき試す時に適当に誓っちゃったからな。破る事はないと思うがリスクは小さい方が良い。
「なるほどな。ステュクスの小瓶についてはわかったよ。こちらの用件は終わりだ。今度はそっちの話を聞こうか」
蘭華が笑みを深める。家にまで誘っての歓待は今からする話の為だろう。さて、どんな内容やら。
ちなみにスグリはうたた寝を始めていた。
「話の前にさー。最初に先輩を誘った時に、俺の願いに合致しないって断ったよね。先輩の願いって何だろ? 先輩は何の為にこのゲームで命を懸けているの?」
別に隠す程の事でもない。何かを願って戦っている奴等にとっては異質に映るだろうけどな。
「願いなんてない。このゲームが気に入ったから遊んでいるだけだ。クランも悪くはないが緊張感に欠ける。僕のプレイスタイルに合わない。それだけだな」
蘭華がうんうんと何度も頷く。蓮は黙って僕たちの会話を聞いている。
我ながら異常な発言だと自覚しているが、二人の様子に変わりはない。心の内は分からないが。
「なるほどー。それなら私達の目的には合致するかもね。……先輩を誘ったのには理由があったんだ。茉莉花を倒した先輩なら、茉莉花の穴を埋める事が出来ると思ったから。今日戦ってみて確信したよ。先輩がいればアイツらに勝てるって!」
蘭華の言葉に熱が混じる。アイツらに勝てる。とても面白そうな予感がする。既にわくわくが止まらない。
こんな激戦を繰り広げた後にすぐ、どんどん楽しい事が降ってくる。やはりこのアプリは最高だ!
「4vs4でのクランバトル。その助っ人を先輩にお願いしたいの!」
「やろう」
即答だった。
次の戦いはチームバトルか。まったく、飽きさせるという事を知らないゲームだ。
蘭華が伸ばしてきた手を握る。
蓮がそれに掌を合わせてきた。
「若輩者だがよろしく頼む」
「頼りにしてるよ先輩!」
「同じ犬科同士仲良くやろう」
「むにゃ……ラーメンと寿司を合体させるにゃ……」
スグリは脚を広げて眠っていた。




