狼と狼と猫と犬
「「プロトコル解除」」
示し合わせた様なタイミングで双子がプロトコルを解除した。
「しんどい……何もかも蘭華のせい」
「蓮華は殆ど何もしてないじゃん! 疲れたのは私の方だし!」
スコルが尻餅を付く様にへたり込んだ。
そしてステュクスの小瓶を蓮香に投げ渡す。
「……稲上蓮華は斑目刃と敵対しない事を誓う」
ハティも片割れと同様に不戦を誓った様だ。
なんだ、本当に終わりなのか。騙し討ちとか4人目の登場もなく?
折角プロトコルも延長したのに……まあいいか、俺も解除しよう。
「ふぅ……」
今回は中々楽しめたな。茉莉花との戦いと比べても遜色はない。
あの一瞬の隙を引き出す為に良く仕組んだものだ。ただの伏兵ではこうはならなかった。
終始敵のペースだったが、そういうのも割とアリだな。もっとも棍棒が無ければ奴隷にされていたが。
《トロールの棍棒》はただの鈍器では無かった。
あれは妖術師の杖なのだ。
ゲームやアニメでは脳筋モンスターであるトロールだが、北欧神話においては幻覚や呪詛を操る妖術師としての一面があった。
おかげでダンジョンでは大苦戦。リペアまで使う羽目になり、ポイント残高はみるみる減っていった。くそう。
「不戦なんか誓っていいのか? 僕は茉莉花の仇なんだぞ。再戦したり不意打ちしたりとか出来なくなるんだぞ?」
「先輩なんで心配そうなの……? ていうか茉莉花への義理は果たしたしね」
「先輩の事は元々恨んでないよー。勧誘失敗したらついでに仇とってやるかー! くらいのテンションだったし。そこで伸びてるスグリもそんな感じ」
猫又の名前はスグリというのか。……なんというか本当にドライな奴らだな。猫又が倒れた時も置いて逃げようとしてたし。
だがドライな言動に対して、二人はやるせない表情をしている。
「ポイントない癖に強がってさー。私達が貸すって言っても受け取らなくて。……果てには一般人にまで手を出したんだ。どのみち茉莉花に先は無かったんだよ。たまたま終わらせたのが先輩ってだけ」
「好きな男の手に掛かったなら本望かもね」
なんとも複雑な関係の様だな。
まあコイツらの事は分からん。初対面だし茉莉花の事だって詳しいわけじゃないんだ。
考えても仕方がない。それよりも終わったのなら戦後処理だ。
「さて、僕が勝ったという事でいいよな? ならいくつか要求するが……構わないよな?」
「分かってるよ……抵抗出来ないのをいい事にあんな事やこんな事をされるんだよね?」
「せめて明かりは消してね……」
…………はぁ。
「待って! 冗談だから鞄持って帰ろうとしないで!」
「なんでも言う事聞くよってのをユーモラスに表現しただけだから」
帰ろうとしたら引き止められた。
このまま帰った方がコイツらには都合が良いと思うんだがな。勧誘を諦めてはいないのか?
「……僕からの要求は二つだ。一つ、一人頭300ポイントを寄越せ。二つ、ステュクスの水を寄越せ。以上」
「えっ……」
「……それだけでいいの?」
それだけだと言われてもポイントの相場もわからないからな。
今回のゲームは楽しかったしポイントがマイナスにならなければ良い。
「ああ。だから僕の気が変わらないうちに寄越せ」
「……じゃあお言葉に甘えるね。先輩のスマホを出してー」
言われた通りスコルの前に出す。
「フレンドのとこをタップしてー」
フレンドのとこをタップする。
「————ケルベロスにフレンド申請。はい、出てきた通知のOKのとこタップしてー」
OKのとこタップする。
————スコルからのフレンド申請を受理。スコルとフレンドになりました。
「……あれ?」
「はい! これからよろしくねー先輩!」
「ずるい。先輩、私ともしようよ」
なんて狡猾な奴なんだ! 言われるがままにフレンドになってしまった。
まあいいか。コイツらの作戦は素晴らしかった。
四六時中べったりはごめんだが、たまに一緒にチームプレイするくらいなら楽しいかもしれない。
「はいはい今度な。それよりポイントを寄越せポイントを」
「ごめーん、今送るよ。————スコルからケルベロスへ900ポイントを譲渡する」
————スコルから900ポイントが譲渡されました。
「おお、増えている……」
プロトコルを1回使って1回延長。そしてネストによる修繕の徴収。今900ポイント貰ったので+270。合計1950ポイントもある!
プラス収支って良いなぁ……。
「それからステュクスの水も渡しとくね。蓮香、先輩に」
「あいあいさー。……先輩どうぞ」
ハティが俺の手を握る様に手渡してきた。
これがステュクスの水か。見た目にはただの水だな。心無しかさっきより水の量が減っている気がする。
「ステュクスの水は使う度に減っていく。使わなくても段々と減っていく。その水が無くなった時、契約も解消されるから注意して。無くなる前に他のステュクスで上書きすればいいんだけどね」
なるほどな。永続ではないのか。
まあ生き死にが掛かっている契約がずっと続くなら使い辛いしな。
「ところでそこで伸びてる金髪の名前は何だっけ?」
「スグリの事? 芥子谷スグリだよー。それがどうかした?」
「スグリはチビの癖に胸が大きい。……まさかそういうのが好み?」
ちょっと面倒くさくなってきた。
無視して小瓶を胸にあてる。
「……斑目刃は己とその家族が害されようとしない限り、稲上蘭華、稲上蓮華、芥子谷スグリの三名と敵対しない事を誓う」
————其の誓約は絶対なり。違える事あらば汝の前に冥府の扉が開くであろう。
「ッ!」
何だ今のは? 誓った言葉が頭から離れない。胸の奥にナイフで文字を刻まれたみたいな感覚。……なるほど。破る気にはなれないな。
「敵対しないって……その為にステュクスが欲しかったの? 先輩ってキザ過ぎ! でも格好いい!」
蘭香が抱きついてきた。今まで気にしてなかったが結構な美人だな。
だが俺を嵌めた謀略の数々を思うと素直に喜べない。こういった接触にも裏がありそうだ。というかあるだろ。
「初対面の男にあまり近寄るな。今のはステュクスの効果を検証しただけだよ。……それにフレンドになったのに一方的な関係ってのはつまらないだろ?」
「……先輩ってお人好しだね」
「私はまだフレンドになってないんだけど……」
はいはいまた今度な。取り敢えず今は代表とさえ連絡を取れればいい。
敵対出来ない誓約が何処まで適用されるかは分からない。
だが逆に言えば分からない以上、迂闊な事は出来ないだろう。例えば嘘をついたりとかな。
これで及川からの情報をダブルチェック出来る様になった。アイツは中々信用できないからな……。
「ん……寿司うまいにゃ……」
妙な寝言と共にスグリが寝返りをうった。
なるほど。確かに蓮香の言う通りだな。……ってまずいまずい。
「そろそろこいつも起こした方がいいんじゃないか? 寝ている間に色々決められるのも可哀想だろう」
「それもそだねー。後で説明すんのも面倒だし……」
そう言いながらポケットからスプレーを取り出した。
……僕を苦しめた香水だ。まさか全員持っているのか? 本当に用意周到な奴らだな。
蘭華がそのままスプレーをスグリの鼻先に向ける。
「スグリは元々鼻が良いんだ。だからこいつを噴射してやると……」
「ぎゃああああああああああ!」
スグリが飛び起き、そのまま鼻を押さえて地面を転がり回る。
「なんて物かけやがるんだよおお! 何だこれ!?」
「……私の手作り香水だけど?」
「毒じゃねーかよおお! 蓮華が作った物はなんでも毒になるじゃんね! 香水もポプリもオムライスも! その才能は現代社会じゃ活かせないんだよおお!」
————シュッ。
「ぎゃああああああああ! だから掛けんなよおお!」
騒がしい奴等だな……。つい先ほどまで殺し合いをしていた相手には見えない。毒気を抜かれてしまいそうだ。
「はいはい、そこまでー。いつまでも遊んでないの。これからスグリん家で先輩の歓迎会やるから」
「「は?」」
僕とスグリの口から揃って疑問符が出た。
そしてスグリが僕を見て固まる。ようやく状況を思い出した様だ。
「え? どゆこと?」
「私達は負けたの。で、仲直りしたんでこれからスグリの家で歓迎会しようって話になったの」
「今日のディナーは芥子谷シェフの気まぐれフルコースだよ」
太陽みたいな笑顔と月の様な微笑。
二人は大袈裟に手を広げてそう言った。
「……聞いてないんだけど?」
すまない。それは僕も聞いていない。




