3. 店長からのスパルタ特訓
あの順調すぎた面接から一週間が経過した。
青葉さんの言葉通り、今日が俺の『ネットカフェPORT』での深夜シフトのアルバイト初日である。
パリッとした白いシャツに、金のイカリのロゴが入った黒いエプロンという制服を身にまとい、俺はレジカウンターの奥に立っていた。
目の前には、先日俺を採用してくれた若きオーナーの姿がある。
今夜の彼女は、決してフランクな店長には見えなかった。サファイアブルーの瞳のせいか、まるで鋭い折り畳みナイフのような印象を与え、その佇まいは……無意識のうちに背筋をピンと伸ばしたくなるような威圧感を完全に放っていた。
「よく聞きなさい、陸くん」
「は、はい、青葉さん」
「今日から、ここでの仕事の基本をすべて教えるわ。覚えておいて、ネットカフェの深夜シフトはある意味『戦場』だということを。わかった?」
俺は彼女の言葉の意味がわからず、少し首を傾げた。
「あ、えっと……戦場ですか? 深夜シフトって普通、もっと暇なんじゃないですか、青葉さん?」
俺の答えを聞いて、青葉さんは鼻でふっと笑った。彼女は胸の前で腕を組み、シャツのシルエットに少し皺を寄せる。
「甘いわね、君は。暇だからこそ、この時間に来るお客さんは特別な『理由』を持った人たちなのよ」
「終電を逃したサラリーマン、締め切りに追われている大学生、ただ静寂な場所を求めている人たち」
「私たちの仕事はただレジに立つことじゃない。彼らの『逃避場所』の快適さを守ることよ。夜だからリラックスできるなんて思っているなら、今すぐそのエプロンを外しなさい」
(うっ……厳しい。面接の時はあんなに優しかったのに)
俺は生唾を飲み込み、力強く頷いた。
「わかりました、青葉さん。ご指導よろしくお願いします」
「いいわ。返事は合格ね。それじゃあ、VIPルームの清掃から始めるわよ。そのデスクの下にあるマイクロファイバーのクロスと清掃液を取りなさい。ついてきて」
〇
そんなわけで、俺のアルバイト初日は、深夜のネットカフェと見せかけた軍隊のブートキャンプへと完全に姿を変えた。
「陸くん! このデスクを拭いて、キーボードの隙間にお菓子のカスが残っていないか確認して! VIPのお客様はホコリにとても敏感なんだから!」
「は、はい!」
「モニターにまだ指紋が残ってるわ! 適当にこすらないで、時計回りに円を描くように拭くの! 画面に傷がついちゃうでしょ!」
「と、時計回りですね、了解です!」
「リクライニングチェアのクッションは、ホコリを落としてふっくらさせるために三回叩くこと。でも強く叩きすぎないでね、隣のブースのお客様の迷惑になるから!」
「こ、こういう感じですか、青葉さん?」
「もっと優しく! 猫の背中を撫でるような感じでやってちょうだい!」
青葉さんは本当に容赦がなかった……。
彼女は俺を頭の先からつま先まで監視していた。フラットシートやリクライニングシートのVIPルームを清掃する際の俺の動き一つ一つが、彼女のチェックから逃れることは絶対にできなかった。
それだけでは終わらず、漫画コーナーへと移動すると――。
「少年ジャンプのコミックスの四巻が逆さまになってるわ! 早く出版社の五十音順に並べて、巻数の小さい方から順に整理して! 表紙が折れたりしないようにね!」
「青葉さん、異世界漫画の棚にファッション誌を置いていったお客さんがいます」
「元の場所に戻してきて! ジャンルを混ざらせるなんて、ネットカフェにおける大罪よ!」
「は、はい、直ちに戻します!」
(マジで……? 大罪って? この人の完璧主義ぶり、いくらなんでもヤバすぎないか?)
腰が砕けそうになる思いでコミックを整理した後、特訓はドリンクバーのエリアへと続いた。
「いい、陸くん。よく聞いて」
「このコーヒーマシンは『ネットカフェPORT』の心臓よ。うちで使っているコーヒー豆は安物じゃないわ」と、青葉さんは大型の全自動エスプレッソマシンを指差しながら説明した。
「午前二時になったら、新鮮な牛乳とコーヒー豆の補充を必ず確認すること。それから、ソフトクリームのマシンは午前三時に例外なく清掃しなければならないわ。わかった?」
「わかりました、青葉さん。でも、午前三時にソフトクリームを食べたいというお客さんが来たらどうするんですか?」
青葉さんはジト目で俺を見た。
「『申し訳ございません、只今メンテナンス中でございます』って言えばいいのよ。お客様を怒らせないように、最高の笑顔でね」
「なるほど。理解しました」
「それじゃあ、ブラックコーヒーを一杯淹れてみて。私をお客さんだと思って」
俺は頷き、マシンの操作を始めた。
アパートで自分でコーヒーを淹れることはよくあったから、適切な分量で調整するのはそれほど難しいことではなかった。
熱いブラックコーヒーを陶器のカップに注ぎ、彼女の前に差し出した。
「お待たせいたしました。コーヒーでございます」
青葉さんはそれをゆっくりと一口啜った。少しだけ目を丸くし、やがてカップをコトッと置いた。
「アハハハ、悪くないわね……君のコーヒー、結構美味しいわ。苦すぎず、酸味もちょうどいい」
「お褒めに預かり光栄です、青葉さん」
「だ、だからって調子に乗らないでよ! 提供の仕方がまだ硬いわ! VIPのお客様に出す時は、もう少し声のトーンを落とすこと、いいわね?」
なぜだか、彼女の頬が少し赤く染まったような気がした。どうやら彼女は、面と向かって人を褒めることに慣れていないようだ。
(あー……またツンデレが出たな。俺の店長、照れ隠ししてる時って実は可愛いとこあるんだよな)
〇
その後の数日間も、同じような日々が続いた。
丸二週間、俺は青葉さんから徹底的にしごかれた。毎晩、夜の十時から朝の六時まで、俺たちはいつも二人きりで『ネットカフェPORT』の店番をしていた。
もちろん、俺も何度か小さなミスをしてしまった。
予約コードの入力を間違えたり、ドリンクバーでメロンシロップを少しこぼしてしまったり。
だが、青葉さんが理不尽に怒鳴ることは一度もなかった。確かに彼女は厳しいが、その厳しさはむしろ、根気よくリカバリーの方法を教えてくれることへと向けられていた。
そんなスパルタ特訓を通じて、俺たちの距離は知らず知らずのうちに縮まり始めていた。
親しい上司と部下のように、よく言葉を交わすようになった。特に、大半のお客さんがブースで眠りについている、午前四時頃の暇な時間帯には。
「陸くん、悪いけどブラックコーヒーもう一杯淹れてくれない? なんだか目が取れちゃいそう……」
「わかりました、青葉さん」
青葉さんはワークチェアでぐーっと背伸びをし、店長としての威厳を欠片も感じさせない声で愚痴をこぼした。
シャツは少し着崩れており――当然、その豊かな胸の谷間が少しだけ見えていた――残業して帳簿の確認をしていたせいで、彼女の顔には疲労の色が浮かんでいた。
「コーヒー入りましたよ、青葉さん。疲れているなら、スタッフルームで寝てください。本当なら三時間前にシフトは終わってるはずでしょ?」と、俺はデスクにコーヒーカップを置きながら言った。
「うーん……嫌よ。酔っ払い客が暴れたりしたら、君一人じゃ対処に困るでしょ」
「俺も二十歳の男ですよ。酔っ払いのおじさんの一人や二人、どうにでもなりますって」
「そ、そういう意味じゃないわよ!」
「わ、私はただ、まだ眠くないだけ! そう、単に君の淹れたコーヒーが飲みたいだけよ。君のコーヒーは……なぜだか心が落ち着くのよね」
最後の呟きはとても小さな声だったが、それでも俺の耳にはしっかりと届いていた。
「それなら、いつでも好きな時に淹れてあげますよ」
それを聞いて、青葉さんは慌ててコーヒーカップで顔の半分を隠し、口元に浮かんだ安堵の笑みをごまかした。
そうやって俺たちが心地よい雰囲気を味わっていたその時――。
「兄ちゃん! お会計!」
おじさんのダミ声が不意に空気を切り裂いた。ロビーの方へ首を向けると、常連の中年男性が少し薄くなりかけた頭を掻きながらそこに立っていた。
「あ、山田さん。延長ですか?」と、俺は愛想よく尋ねながら、レジカウンターへと歩み寄る。
「ああ、そうなんだ。三時間パック追加で頼むよ。家じゃまだ女房がカンカンに怒っててさ、とても帰れる雰囲気じゃないんだよ。やれやれ……妻帯者ってのは辛いねぇ」と、彼は会員証を差し出しながらぼやいた。
「ハハハ、頑張ってくださいね、山田さん。こちらレシートになります。いつも通り14番ブースでよろしいですか?」
「もちろんだとも! 兄ちゃんは本当に気が利くねぇ。前のスタッフとは大違いだよ」
山田さんは満足そうに微笑むと、緑茶の入った紙コップを手に自分のブースへと戻っていった。
遠ざかる彼の背中を見送ってから、俺は再び受付カウンターへと戻った。
先ほどから俺と客とのやり取りを見守っていた青葉さんが、頬杖をつきながら優しく微笑んでいた。
サファイアブルーの瞳はもはや氷のように冷たくはなく、じんわりとした温もりを放っている。
「今日もお疲れ様、陸くん」
「まあ、口うるさくて優秀な店長の教えの賜物ですからね」と、俺は少しからかうような口調で返した。
「へぇ……私に冗談を言う度胸までついたのね?」 青葉さんはクスリと笑った。その笑い声は、静まり返った夜の店内に、ひときわ心地よく響き渡った。




