第七話:アイリス 秘密の日課
私がこの辺境の塔に幽閉されてから、数年の月日が経った。
先日、私は七歳の誕生日を塔の中で一人寂しく迎えたばかりだけれど……あの日、小鳥たちに教えられて『あの少年』の姿を千里眼で見て以来、私の退屈だった日課はすっかり変わってしまった。
「……またやってるわ。今日は昨日よりもさらに大きな岩を背負っている……どういう体の構造をしているのかしら?」
朝の六時。私は鉄格子の嵌まった窓にぴったりとおでこをくっつけ、千里眼を全開にして大草原をガン見していた。
視線の先には、例の不思議な少年の姿がある。
私と同年代のはずなのに、身長は頭二つ分ほど高く、まるで十歳か十一歳の少年のような立派で逞しい体つきをしている……にもかかわらず、笑った時の顔は年相応のあどけなさがあって……そのアンバランスさが、なんだかとても不思議だった。
『アイリス、みてみて! あの子、いま丸太を三本かかえて走ってるよ!』
「ええ、見ているわ。昨日より一本増えたわね。……って、丸太!? 魔力による身体強化もなしに!?」
小鳥たちの実況中継を聞きながら、私は窓枠にすがりついてツッコミを入れる。
聡明で落ち着きがあると謳われた王女の面影は、今の私には欠片もなかった。まるで珍しい生き物を観察する学者のように、あるいは舞台上の英雄に夢中になる熱狂的なファンのように、私は彼の朝から夜までの行動を、息を呑んで見守り続けるようになっていた。
午前十時。
少年は白髪のお爺さんと剣の特訓を始めた。
……特訓、なのだろうか? 少年が素振りをするたびに「ブォンッ!」と竜巻のような風が巻き起こり、お爺さんが感動の涙を流しながら宙を舞って吹き飛ばされている。
「お爺さん、死んじゃう! ……あ、でも少年がすごい速さでキャッチしたわ。優しいのね。ふふっ」
私はホッと胸を撫で下ろし、侍女が淹れてくれた紅茶を一口飲んだ。
午後一時。
彼は町外れの小さな診療所に帰り、両親らしき男女と昼食をとり始めた。
「……待って。あの山盛りのパンと、大きな丸焼きのお肉……まさか一人で食べる気?」
私の予想通り、少年は胃袋へ次々と食べ物を吸い込んでいく。しかし、その食べ方は決して下品ではなく、本当に美味しそうに、幸せそうに頬張るのだ。そして何故か気品すら感じる。
「あんなにたくさん食べるのに、贅肉がついていないなんて……ううん、よく見ると引き締まった筋肉が……ハッ!? 私としたことが、殿方の体をまじまじと観察するなんて、はしたないっ!」
両手で熱くなった頬を押さえつつも、指の隙間からしっかりと千里眼で観察を続ける。
午後三時。
少年はご両親のお手伝いをしているようだった。
馬車に積むべき巨大な木箱を、彼は片手でひょいひょいと持ち上げて運んでいく。時折、診療所にやってくる患者のお婆さんの荷物を持ってあげたり、笑顔で手を引いてあげたりしている。
「なんて……なんて優しい少年なのかしら……」
私は完全に親目線、いや、彼に夢中な乙女の目線でうっとりとため息をついた。
◇◇◇
「……アイリス様は、今日も窓の外を見つめておられる」
「ああ……。きっと、我々には見えない『世界の嘆き』に寄り添い、祈りを捧げてくださっているのだろう」
「なんとおいたわしい……まさに慈愛の聖女様だ」
背後の扉の向こうで、護衛の騎士たちが涙ぐみながらそんな会話をしているのが聞こえた。
(ごめんなさい、皆様方。私、今はただ一人の逞しい少年を観察しているだけなの……! 淫らな女と罵ってください!!)
猛烈な罪悪感に襲われたものの、少年のあまりにも規格外で素敵な日常から、私はどうしても目を離すことができなかった。
魔法至上主義のこの世界で、魔力を一切使わずに己の肉体だけで規格外の行動を連発する少年。
そんな彼の姿を追っている間だけは、親に捨てられた孤独も、冷たい塔の夜の恐怖も、すべて忘れることができた。彼の無邪気な笑顔が、モノクロだった私の世界に、鮮やかな色を塗ってくれている気がした。
「……あの子は、どんな声で笑うのかしら」
窓の外、オレンジ色に染まる夕焼け空を見つめながら、私はぽつりと呟く。
遠くから眺めるだけじゃない。いつか、彼と直接お話をしてみたい。
そんな願いを抱き始めたアイリス。その思いは叶うのだろうか……。
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