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第六話:鳥籠捕らわれたアイリス

 王都グランヴェルザ。その豪奢な城の奥深くで、第一王女アイリスの運命はひっそりと狂い始めていた。


 彼女は生まれながらにして、二つの特別な能力を持っていた。一つは、遠く離れた場所や人の悪意すらも見通す『千里眼』。もう一つは、小鳥やリスなど『小さく弱い動物たちと会話ができる』という不思議な力だ。


 それに加えて、アイリスは聡明で慈愛に満ちた心を持っていた。しかし、その才能と人望、そしてすべてを見通す眼は、裏で不正に手を染めていたヴィルヘルム王の疑心暗鬼を煽り、逆鱗に触れてしまったのだ。


「化け物め! その眼で余の罪を暴き、玉座を奪う気だな! この娘を辺境の塔へ幽閉しろ!」

 理不尽な断罪を下され、辺境へと護送される馬車に乗せられた日のことを、アイリスは今でも鮮明に覚えている。


 アイリスが最後にすがろうと視線を向けた先には、実の母親である王妃が立っていた。しかし、王妃は感情が抜け落ちたような虚ろな瞳で馬車を見つめるだけで、眉一つ動かさず、ただ王の言葉に黙従していた。


「お母様……」

 助けを求めるアイリスの小さな声は、誰にも届くことなく虚空に消えた。


◇◇◇


 辺境の塔に幽閉されてから、アイリスの日課は『千里眼』を使って塔の下に広がる町の人々を観察することになった。

 ある日、彼女は監視役の護衛騎士を呼び止めた。


「あの、町の東通りにあるパン屋さんの裏路地で、男の人が火を放とうとしています!! どうか、止めてください!」

 最初は半信半疑だった護衛たちだが、急行してみると確かに放火魔がおり、間一髪で大惨事を防ぐことができた。

 別の日には広場のスリを指摘し、またある時は森で迷子になった子供の居場所を正確に言い当てた。


 監視役の護衛や侍女たちは、そんなアイリスの姿を見て感銘を受けた。

 本来なら、自分からすべてを奪い、塔に閉じ込めている憎き監視役の人間だ。罵倒されてもおかしくない。しかしアイリスは、護衛たちにすら「夜風が冷たいですから、お体には気をつけてくださいね」と心からの配慮を見せた。


「我が子をこんな辺境の塔に独り閉じ込めるとは……現国王陛下は狂っておられる」


「ええ。ご自身がこれほど悲惨な境遇にあるというのに、決して他人を恨まず、民の安否を気遣うなんて……」

 いつしか、塔で働く者たちの間には現国王への静かな怒りと共に、アイリスへの深い尊敬の念が芽生えていた。彼らは密かに、この孤独な王女を『慈(・)愛(・)の(・)聖(・)女(・)』と呼び、敬うようになっていた。


 しかし、彼女も一人の少女に過ぎない。

 太陽が沈み、塔が夜の静寂と暗闇に包まれると、昼間の凛とした「聖女」の仮面は剥がれ落ちた。


「どうして……お父様は、私を嫌ったの……?」

 冷たい石のベッドの上で膝を抱え、アイリスは静かに涙をこぼす。


「お母様は……どうして、私に一言も声をかけてくれなかったの……?」

 思い出すのは、氷のように冷たかった母の仮面をかぶったかのような表情。

 自分は誰からも必要とされていないのではないかという絶望感と、押し潰されそうな孤独感。夜の闇はいつも、アイリスの弱い心を容赦なく苛んだ。


 それでも朝が来れば、彼女の元にはささやかな癒やしが訪れる。


「チュン! チュンチュン!」


「ふふっ、おはよう。今日も良いお天気ね」

 鉄格子の嵌まった窓辺に、何羽もの小鳥たちが飛んでくるのだ。アイリスは涙の跡を拭い、彼らと他愛のないおしゃべりをする。


『アイリス、きいて! 森の奥で、甘いきのみがいっぱいなっていたよ!』


『まちの広場でね、おっきなお祭りをしてたんだ!』

 小鳥たちが教えてくれる外の世界の話は、色鮮やかで楽しかった。アイリスはそれを聞いて護衛たちに町の様子を尋ねたり、自分がその場にいるような空想に耽ったりした。


 退屈はしなかった。護衛たちも優しくしてくれる。

 けれど、決して心の底から満たされることはない、空虚で鳥籠の中のような日々だった。


 そんなある日の朝。


 一羽の青い小鳥が、興奮した様子でアイリスの肩に止まった。


『アイリス、きいてきいて! 草原に、すっごくへんてこなニンゲンの子供がいるの!』


「へんてこな子供?」


『うん! 魔法も使わないのに、おっきな岩をポーンって跳び越えちゃうの! ぼくたち鳥よりも速く走るんだよ!』

 魔法を使わずに、鳥よりも速く走る人間。


 そんな話を聞いたのは初めてだった。好奇心を刺激されたアイリスは、そっと目を閉じ、小鳥が教えてくれた草原の方角へと『千里眼』を向けた。


 視界がぐんと遠くまで伸び、やがて一人の少年の姿を捉える。

 アイリスの青い瞳が、驚きに見開かれた。


「あの子は……一体?」

 視線の先。

 そこには、常識外れの速度で大地を蹴り、無邪気な笑顔で野を駆ける少年の姿があった。


 魔力の波動は感じない。ただ純粋な己の力だけで、風を切り裂き、どこまでも自由を謳歌している。


 冷たい鳥籠に囚われ、夜の孤独に震えていたアイリスの目に。

 その規格外で、圧倒的に自由な少年の姿は――あまりにも眩しく、希望に満ちて映ったのだった。

◆◆◆◇◇◇◆◆◆


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