第六十五:初代英雄王の遺言
土煙が晴れ、Aクラスの全員が沈黙した闘技場に、一瞬の静寂が落ちた。
直後、地鳴りのような万雷の拍手と、割れんばかりの歓声が巻き起こった。
「すげええええっ!! FクラスがAクラスを破ったぞ!!」
「あのFクラスが……これは歴史的快挙だぞ!!」
「おいルーク! 剣の心配なんか後でいいから、観客に手を振ってやれよ!」
クラスメイトたちに背中をバシバシと叩かれ、僕は戸惑いながらもヒビの入った大剣を片手に持ち、観客席に向かってぎこちなく手を振り返した。
だが、その熱狂に包まれた闘技場の中で、一人だけ顔を真っ赤にして激昂している男がいた。貴賓席に陣取っていた、元・四年生Aクラスのリーダー……クロード・ヴァン・アルジェント侯爵令息である。
「認めん! あのような平民が……絶対に認めんぞ!!」
クロードは身を乗り出し、喉を枯らさんばかりの暴言をまくし立て始めた。
「卑怯な手を使ったに決まっている! Aクラスが負けるなどあり得ない! ええい、Fクラスのゴミ屑どもめ、今すぐその首を刎ねて――」
しかし、その暴言は最後まで続かなかった。
エリート気取りの醜悪な怒声に耐えかねた観衆の一人が、クロードに向けて飲みかけ飲み物を投げつけたのだ。
それが彼の美しい金髪に命中したのを皮切りに、次々とゴミや食べかけの果物が貴賓席へ向けて投げ込まれ始めた。
「な、なんだ貴様ら!! 私は筆頭侯爵家の次期当主だぞ! 我がアルジェント家に逆らって、ただで済むと思っているのか!?」
クロードは激高し、背後に控えていた取り巻きの貴族たちへ命令を下した。
「お前たち! 私の前に立って、その体でゴミを防げ!」
「あ、いや……我々はこれで……」
「失礼します……」
しかし、先ほどまで彼に媚びへつらっていた取り巻きたちは、、形勢不利と見るや、蜘蛛の子を散らすようにこそこそとその場から逃げ出していってしまった。
「き、貴様ら……ッ! ええい、警備兵! 警備の者はおらんか!!」
孤立無援となったクロードは完全にパニックに陥り、大声でわめき散らした。
「この不敬な者どもを捕らえろ! 暴動だ! 全員ひっ捕らえて牢にぶち込んでしまえ!!」
彼の見苦しい態度に、観衆の怒りはさらにヒートアップし、一触即発の暴動が起きようとした、その時だった。
――♪――――……
騒然とする闘技場に、突如として澄み渡るような美しい歌声が響き渡った。
それは、ただの歌ではない。魔力を帯びた、祈りのような旋律。王家に古くから伝わる『凪の聖歌』――パニックに陥った人々の心に安らぎを与え、怒りを静める鎮静の魔法歌だ。
その神聖な歌声に、怒号は次第に小さくなり、ヒートアップしていた人々の心に急速に落ち着きが戻っていく。
静まり返った闘技場で、貴賓席の奥から、深く被っていたフードを脱ぎ捨てて前に進み出た者がいた。
「……高位貴族たる者、王家と共に民を愛し、導くべき存在。その見苦しい姿、貴族として到底似つかわしいものではありませんね」
凛とした声と共に姿を現したのは、アイリス女王陛下だった。
「ひぃっ!? へ、陛下……! なぜこのような場所に……!」
クロードは腰を抜かし、その場にへたり込んだ。
「それに、クロード殿」
アイリス様は、冷ややかな氷のような視線で彼を見下ろした。
「Aクラスの生徒が持っていたあの盾。地下迷宮で回収されたガーディアンの装甲は、すべて王家が厳重に管理しているはずの『重要遺物』です。……一体、どこから手に入れたのですか?」
「あ、あれは……その……」
「国家の重要遺物を不正に流用し、私物化した罪。これは明らかな『国家反逆』に相当します。アルジェント侯爵家の爵位剥奪も含め、後ほど厳しく追及させていただきます」
有無を言わせぬ女王の断罪に、クロードはその場に崩れ落ち、完全に消沈してしまった。
静寂の後、非道な高位貴族に対する裁きを下した女王の采配に対し、観衆からは先ほど以上の大歓声と割れんばかりの拍手が巻き起こった。
◇◇◇
「……なんで、アイリス様が見に来てるんだ?」
グラウンドに立つ僕は、拍手喝采を浴びる彼女の姿を不思議そうに見上げていた。
すると、アイリス様は観衆に優雅に手を振りながら、貴賓席を降りて、まっすぐに僕たちFクラスの元へと歩み寄ってきた。
「あっ、女王陛下こちらに向かってこられるぞ?!」
「跪け! 早く!」
クラスメイトたちがバッとその場に片膝をついて頭を下げる。
呆然としていた僕も慌てて、「やべっ」と剣を地面に置いて跪いた。
「国の英雄であるルークよ。……面を上げなさい」
威厳に満ちた声が降り注ぐ。
顔を上げると、アイリス様が僕の目の前に立っていた。
「あの……」
僕は小声で、何よりも先に謝罪を口にした。
「本当に、すみません。アイリス様から頂いた大切な国宝の剣、ヒビを入れちゃって……」
しかし、アイリス様は怒るどころか、満面の笑みを浮かべていた。
「ふふっ。謝る必要はありませんわ。むしろ、よくやってくれました!」
「えっ?」
アイリス様は、ヒビの入った大剣を指差して、声を張り上げた。闘技場の観衆全員に聞こえるように。
「遙か昔、この国を建国した『初代英雄王』。彼は崩御の際、自身の愛用したその大剣に厳重な封印を施し、こう遺言を残しました。
『この封印を解いた者は、私の生まれ変わりである』と」
ざわっ、と闘技場がどよめく。
「その言葉は、建国以来の絶対の法律として現在も生きています。この剣の封印を解いた者は……『二代目英雄王』となる絶対の資格があるのです!」
「へ……?」
僕はあっけに取られ、間の抜けた声を出した。英雄王? 資格? 全く意味が理解できない。
「ルーク様。その剣に入ったヒビは、破損ではありません。封印の殻が割れかけている証拠です。さあ……そのヒビに触れて、殻を開いてください!」
「あ、はい……」
言われるがまま、僕が刀身のヒビ割れにそっと指を触れた瞬間だった。
――パァァァァァァンッッ!!
ヒビ割れた刀身が弾け飛び、中から天を衝くような眩い光の柱が立ち昇った。
観衆が思わず目を細めるほどの神々しい光の中から姿を現したのは、純白の輝きを放ち、魔力の波動を纏った、法印の解かれた『英雄王の大剣』だった。
「おおおおおおっ!!」
「伝説は本当だったんだ!! 二代目英雄王の誕生だ!!」
観客席が狂乱のるつぼと化す。
「ふふふっ……ああ、ルーク様。本当に夢みたいです」
アイリス様は頬を林檎のように真っ赤に染め、潤んだ瞳で僕を見つめ上げた。
「二代目英雄王たる資格を持つ貴方なら……もう、身分差を理由に、貴方が私の隣に立つことを反対する人は誰もいません」
「アイリス様……?」
「ですから、その……ルーク様さえよろしければ。どうか私と共に、お城へ来ていただけませんか?」
「えっ? あ、はぁ。それは構いませんけど……わわっ!?」
「ありがとうございます! ああ、もう絶対に離しませんからね……っ!」
僕が頷いた瞬間、感極まったアイリス様はギュッと僕の腕を両手で抱きしめ、そのままの勢いで歩き出した。
ズリズリズリッ。
「ちょっ、待っ……えっ? なんでアイリス様、こんな馬鹿力あるの!? ど、どこにこんな力が……!」
「愛の力ですわ! さあ、急いでお城に帰って、お父様たちへのご挨拶と結婚式の準備を……!」
「あ、歩くから! 自分で歩くから引っ張らないでぇぇぇっ!!」
華奢なアイリスの力とは思えないすさまじい腕力で、僕は無理やり闘技場の出口へと引きずられていく。
「…………」
「…………」
残されたリリアやミアたちFクラスの面々は、ただポカーンと口を開けて、ルークが連れて行かれるのを眺めているしかなかった。




