第六十四話:王家秘蔵の大剣
学園の最高学年である四年生の『クラス対抗模擬戦』は、三年生までの単純な勝ち抜き戦とは異なり、クラス全員で挑む『旗取りゲーム』の形式で行われる。
ルールはシンプルで、大将役から自陣の『旗』を奪い、その場で十五分間持ちこたえれば試合終了となる。
通常、大将は自陣の奥深くで守りを固めるものだが、過去には大将自らが旗を持ったまま隠匿魔法で姿を消し、敵陣へ突撃する戦術や、分裂魔法で偽の旗と旗持ちを大量に生み出すなど、工夫を凝らした様々な戦術が生まれてきた。
しかし、学園の絶対的強者である『Aクラス』だけは例外だった。
彼らは小細工を一切よしとしない。開始と同時に全員で中央へ進軍し、圧倒的な魔力と大魔法の力押しで敵を正面から真っ向に叩き潰す。それこそがエリートとしての誇りであり、観客もまた、その圧倒的な強さを期待していた。
――しかし、今年のAクラスの様子は、どう見ても異常だった。
「ぐっ……! また足元に沼の魔法か!」
「上から無数の氷の礫が来るぞ! 盾を構えろ!」
Aクラスは、Fクラスと正面から打ち合うことを徹底的に避けていた。
空中の安全圏に浮かび上がり、魔法の遠距離射撃で僕らの足を封じ、動けなくなったFクラスの前衛に対して、致死量ギリギリの低級魔法をチクチクと降り注がせている。
本気で勝ちに来ているというより、それは反撃できない相手をじわじわと痛めつける『なぶり殺し』のような戦法だった。
「……ひどいな。あれがAクラスの戦い方か?」
「エリートの誇りがないのか?!」
各界の視察団や上位貴族が顔を連ねる観客席からは、Aクラスの戦いぶりを非難するざわめきが広がっていた。
だが、その声など意に介さず、特等席で一人だけ声高に野次を飛ばし、高笑いしている男がいた。
「ハハハッ! 強いと話題になっていたFクラスの実力も、所詮はこんなもんか! 泥水に浸かって這いつくばる姿がお似合いだぞ!」
元・四年生Aクラスのリーダー、クロード・ヴァン・アルジェント侯爵令息だ。
彼に付き従う取り巻きの貴族たちも「さすがクロード様のお見立て通りですな」「やはりFクラスはFクラスということでしょう」と、露骨なごますりで同調している。
一方、戦場では。
一人、また一人と、魔法の集中砲火を浴びてFクラスの生徒たちが膝をついていく。
前線で大盾を構え、必死に氷の礫を耐え凌いでいた大柄なクラウスが、肩で息をしながら後方の僕へと目配せをした。
(……すまん、ルーク。頼む!)
あの目配せは、限界の合図だった。
Fクラスの皆は「ルークにだけ頼りたくない」と、僕を後衛に温存して戦ってくれていた。だが、もうそんな悠長なことは言っていられない。
「みんな、あとは僕にまかせて!」
僕は叫び、昨日編み出したばかりの範囲魔法『イクシード・リンク』を前線の仲間たちに向けて放った。黄金のオーラがクラスメイトたちを包み込み、彼らの体力を底上げして守りを固める。
そして僕は、ゆっくりと前線へ向けて歩みを進めた。
僕が動いたのを見て、観客席のクロードが下劣に口角を上げるのが見えた。
背中に背負っていた大剣を引き抜く。
それは、アイリス様から直々に下賜された『王家秘蔵の大剣』だった。
身の丈ほどもあるその大剣は、刀身に解読不能な古代文字がびっしりと刻まれており、どこか異様な雰囲気を纏っている。
父さん――セオドアが知り合いのドワーフの鍛冶屋と共に調べたものの、素材は全くの不明。ただ「異常なほど重くて、絶対に傷がつかない」ことだけが判明していた。
本来は儀式用か観賞用とされる代物だが、僕は筋トレにちょうどいいと気に入り、実戦でも雑に振り回していた。クラスメイトからは「国宝を雑に扱うな!」と突っ込まれたが、アイリス様は「ルーク様が是非使ってください! 壊しても全く構いませんわ!」と満面の笑みで言ってくれたので、遠慮なく使わせてもらっている。
「Fクラスの英雄気取りが出てきたぞ! 集中砲火だ!」
Aクラスのリーダーが叫ぶと、僕へ向けて一斉に魔法が放たれた。
僕は父さんが新しく作ってくれた左腕のガントレットを前に突き出し、迫り来る魔法の弾幕を片っ端から弾き返し、そのまま敵陣へとお返しした。
だが、Aクラスもそれは想定内らしい。事前に僕の情報を得ていた彼らは、展開していた強固な多重防御結界で反射魔法を何事もなく受け止めた。
「そこだっ!!」
魔法の光が目眩ましになった一瞬の隙を突き、僕は一気に跳躍。空中に浮かぶAクラスのリーダーの懐に飛び込み、王家の大剣を全力で振り抜いた。
決まった――と思った瞬間だった。
パァンッ!! という、乾いた奇妙な音が響いた。
「なに……?」
僕の凄まじい斬撃は、リーダーの左腕に装備された小さなバックラーによって、鈍く乾いた音をかすかに立て、完全に受け止められていた。
その感触には、嫌というほど覚えがあった。
物理攻撃を吸収し、反射する、あの独特の感触。
「フフッ……驚いたか。お前の物理攻撃など、この盾の前では無意味だ」
Aクラスのリーダーが、脂汗をかきながらも勝ち誇ったように呟いた。
「この盾は、お前が地下空洞でボロクズにされたという六本腕のガーディアンの装甲素材をかき集め、研究の末に作られた最新鋭の魔導具だ!」
なるほど、そういうことか。
こんな高価な非売品を、一学生がクラス全員分揃えられるわけがない。何者かの権力と財力を使って用意されたのだろう。
僕は空中でバク転し、一度自陣へと着地した。
そして、ニヤリと笑う。
「そうなんだ。でも……そんな小さな盾で、本当に僕の攻撃を受け切れると思ってるの?」
「強がるな! 事実、貴様の攻撃は完全に吸収されたではないか!」
僕は大きく息を吸い込み、背後の仲間たちへ向けて大声で叫んだ。
「みんな! 今から僕の身体強化魔法が切れるから、防御に専念して注意して!!」
魔力操作がド下手な僕は、全体バフと自身への全力バフを同時に掛けることができない。魔力量的には余裕なのだが、不器用な僕にはそれが出来なかった。
仲間のオーラが消えたことを確認し、僕は己の内に眠る莫大な魔力を、すべて自分の肉体のみへと全振りにした。
――ズゴンッッ!!
身体強化が完了した瞬間、僕が踏み込んだ闘技場の石畳が爆発したように粉砕された。
爆音の余韻が響く中、僕の姿はAクラスの目をもってしても、完全に『消滅』したように見えたはずだ。
「なっ……どこへ――」
突風が走った。
Aクラスのリーダーが言葉を発するより早く、僕は彼の脳天へ、無慈悲に大剣を振り下ろしていた。
どんなに強力な盾だとしても、それを扱う人間が未熟であれば無意味だ。
彼は自分に大剣が振り下ろされた事すら気がつかないうちに、白目を剥いて地面へと墜落し、土煙を上げて気絶した。
闘技場の結界により、死ぬことは無いし、大けがをすることもない。けれどそれなりの痛みは残る。
闘技場は、水を打ったように静まり返った。
観客も、Aクラスも、そして背後のFクラスの面々でさえ、誰もが呆然として僕を見つめている。
……そういえば、今まで僕が本気で身体強化を使って戦う姿を、誰にも見せたことはなかったな。
「ひ、ひるむな! リーダーの仇だ! 一斉掃射! 跳ね返せないほどの弾幕で押し込め!!」
我に返ったAクラスの副リーダーが、恐怖で声を裏返らせながら叫んだ。
数十人から一斉に放たれる、数え切れないほどの魔法の豪雨。
僕は咄嗟に大剣を盾のように構え、受けに回った。
ガガガガガガガガッ!!!
凄まじい連射が僕を襲うが、完全に魔法の軌道は捉えていた。大剣の腹で次々と魔法を弾き落としながら、僕は彼らに向かって言い放った。
「そんな豆鉄砲じゃ、受け止める価値もないよ!!」
僕は再び姿を消すほどの速度で、残像を残しながら宙を蹴った。
魔法の弾幕を紙一重で躱し、一人、また一人と瞬きする間に太刀を浴びせていく。
空を飛んでいたAクラスの生徒たちが、次々と撃墜されて地面に転がっていった。
「ば、バカな……! バカなバカなバカなッ!!」
最後の一人となった副リーダーが、絶望の表情で巨大な火球を放とうとした瞬間。
僕はその火球ごと、彼を大剣で唐竹割りに振り下ろした。
――ズドゴォォォォォォォォォォンッッ!!!!!
凄まじい轟音と共に、大剣の切っ先が闘技場の分厚い石板を貫通し、さらにその下の地面まで深く抉り取った。
爆発的な衝撃波と土煙が巻き起こり、視界が完全に奪われる。
……そして。
静まり返った闘技場に、土煙がゆっくりと晴れていく。
Aクラスの全員が地に伏し、完全に沈黙している光景が明らかになった。
観客席がどよめき、やがて万雷の拍手が巻き起こっていた。
「た、たいへんっ!! たいへんだぁぁぁぁーーっ!!」
僕は血相を変えて、自陣のFクラスの元へと全速力で駆け戻った。
僕の手には、アイリス様から下賜されたのは、絶対に壊れないとされていた王家秘蔵の大剣だったはずなのに――その刀身には、ピキピキと無惨な『ヒビ』が縦に入っていた。
「ど、どうしよう! 国宝の剣にヒビが入っちゃったぁぁぁっ!?」
涙目で叫ぶ僕に向かって、Fクラスの全員が叫んだ。
「「「だから観賞用にしておけって言ったじゃねえか!!!」」」
クロードの陰謀も、Aクラスのエリートたちの誇りも、すべてを物理で粉砕したFクラスの四年生は、こうして見事なまでの『下克上』を達成したのだった。




