第六十三話:伝わる気持ち
――Aクラスとのクラス対抗戦を明日に控えた、放課後のグラウンド。
「僕の無駄に多い魔力を、みんなにそのまま分けてあげられたらいいのに……」
数日前、燃費問題に苦しむクラスメイトたちを見て、僕はふとそんなことを考えた。
すぐに魔導具を使い故郷の父さんに相談してみたのだが、返ってきたのは恐ろしい警告だった。
『技術的には可能だが、絶対にやめておけ。人の魔力には「器」の限界がある。ルーク、お前のその莫大な量の魔力を他人の小さな器に注ぎ込めばどうなるか分かるか? 水風船のように内側から破裂するか、良くても全身の毛穴という毛穴から魔力が血のように吹き出してのたうち回ることになるぞ』
想像しただけでゾッとして、僕は魔力の譲渡をきっぱりと諦めた。
魔力操作に不安のある僕がそんなことをやれば、大惨事になるのは目に見えている。
けれど内側に入れるのが駄目なら、外側からなら……。
試行錯誤の末、僕は『自分の魔力を外に放出し、仲間を包み込んで外側から肉体を強制強化する』、範囲魔法を編み出した。
「いくよ、みんな! ――『イクシード・リンク』!!」
僕が魔力を解放した瞬間。
グラウンドにいたFクラスの全員の体が、淡い黄金色のオーラに包み込まれた。
「な、なんだこれ!? 体が……羽みたいに軽いぞ!?」
「す、すげえ……! 自分で全力の身体強化をかけた時よりも、遥かに力が溢れてくる……!」
明確な数値を測る術はないが、僕の体感でも彼らの普段の全力を優に上回っている。
しかも、これは僕の魔力による身体強化だ。つまり――。
「ルークくん、これ……この状態から、さらに『自分自身の強化魔法』を重ね掛けできます!」
リリアが目を輝かせながら、愛用の巨大な杖を構えた。
僕の範囲魔法で基礎能力が爆上がりした状態から、彼女が得意とするインパクトの瞬間の『ピンポイント強化』を重ねる。
ぶんっ、と軽く振っただけの巨大な杖が空気を叩き割り、凄まじい衝撃波がグラウンドの土を大きくえぐり取った。
「「「うおおおおおっ!!」」」
燃費の悪さという最大の弱点を僕の魔法で補い、さらに自らの魔法を上乗せする。
歓喜に沸くクラスメイトたちは、グラウンドで次々と岩を砕き、信じられない跳躍力で空を舞い始めた。もはや全員が魔獣である。明日のAクラスとの対抗戦、これなら絶対に勝てる。
「大成功だな。……でも、この魔法、一体どこまで届くんだろう?」
僕は自分の手のひらを見つめながら首を傾げた。
この魔法の対象は『僕と絆が繋がっていると認識した相手』だ。練習場にいるクラスメイトには問題なくかかった。
なら、もし僕が強く意識すれば、距離なんて関係なく届いてしまうのだろうか?
「例えば……故郷の父さんや母さんとか。……王都のアイリス様とか……」
僕は無意識のうちに、遠く離れた家族と、初恋の人の顔を思い浮かべてしまっていた。
◇◇◇
その頃。
ルークの故郷である辺境の領地にて
「あら?」
庭先で洗濯物を干していたルークの母は、突然自身の体を包み込んだ黄金のオーラに首を傾げた。
直後、彼女が無意識にシーツのシワを伸ばそうと『パンッ』と振った瞬間――凄まじい衝撃波が発生し、庭の巨大な岩が粉微塵に吹き飛び、上空の雲が真っ二つに割れたような衝撃を感じた。
「まあ。今日はやけに体が軽いわね」
「おい!! またあの馬鹿息子が王都で何かデタラメな魔法を使いおったな!?」
書斎から飛び出してきたセオドアが、割れた窓ガラスの前で頭を抱えて叫んでいた。
王都の王城・執務室では……
山積みの書類仕事に追われていた女王アイリスもまた、突如として全身に漲る爆発的な力と、温かな魔力の波動を感じ取っていた。
「……っ!? な、何事ですか、と、とても暖かく……包み込まれるような感覚……!」
バキィッ!!
アイリスが驚いて立ち上がろうと机に手をついた瞬間、王家の歴史ある頑強な大理石の執務机が、まるで紙で作られたような机のようにぺしゃんこに潰れてしまった。
「へっ?」
ほこり舞う中、アイリスは自分の両手を見つめ、やがてその頬を林檎のように真っ赤に染め上げた。
「ああ……ルーク様の魔力を感じますわ……まるでルーク様の熱い腕の中で強く抱きしめられているような……彼の存在を強く感じますわっ……ッ!!」
両手で頬を包み込み、身悶えする女王陛下。
王城に響き渡る轟音に駆けつけた近衛騎士たちは、潰された大理石の机と、なぜか恍惚とした表情で身をよじる女王の姿に、ただただドン引きし、速やかに主治医を予備に走ったという。
◇◇◇
「へっくしゅんっ!」
グラウンドの隅で、僕は誰かに噂されているような悪寒を感じて盛大にくしゃみをした。
「まあいいや。みんな、明日のAクラス戦、この調子で絶対に勝とう!!」
「「「おうっ!!!」」」
Fクラスの士気は最高潮に達していた。
だが、僕たちはまだ知らなかった。
この学園の暗がりで、過去の怨念を煮えたぎらせている男の存在を。
――学園に隣接する、王都の高級宿舎の一室。
暗い部屋の中で、三年前の闘技大会の日にアイリスとの顔合わせをすっぽかされ、完全にコケにされた元・四年生Aクラスのリーダー……クロード・ヴァン・アルジェント侯爵令息が、不快な笑みを浮かべていた。
「明日はいよいよ、クラス対抗戦か……。あの忌々しいFクラスのガキ……ルーク。私の顔に泥を塗り、あまつさえアイリス陛下の御心を惑わす下賎な虫ケラめ」
彼はすでに侯爵家の当主代行として権力を握る立場にあった。
クロードの手元には、明日の対抗戦に関する『ある仕掛け』の計画書が握られている。
「せいぜい今のうちに喜んでおくがいい。明日、貴様を完膚なきまでに叩き潰し、その英雄という偽りのメッキを剥がしてやろう……!」
三年の時を経て、陰湿な貴族の執念が、ルークたちFクラスの晴れ舞台に暗い影を落とそうとしていた。




