第六十二話:新しい身体強化魔法
レイモンド先生が提唱した『魔力を併用して物理で殴る』という脳筋理論。
この新カリキュラムによって、僕たちFクラスの面々は劇的なパワーアップを遂げた。元々魔力が少なくて魔法が上手く扱えなかった彼らだが、筋トレで基礎体力を上げ、そこに身体強化魔法を乗せることで、見違えるような近接戦闘力を手に入れたのだ。また、体幹を鍛えることによって、魔法の命中率にも恩恵を与えていた。
しかし、目標である『Aクラスへの下克上』を達成するには、まだ高く分厚い壁が立ちはだかっていた。
「はぁっ……はぁっ……! くそ、もう魔力が空っぽだ……!」
「俺もだ……。強化魔法を維持し続けると、すぐに魔力切れになっちまう……」
グラウンドでの模擬戦の最中、クラスメイトたちが次々と膝をついていく。
そう、以前から懸念されていた『燃費の悪さ』である。
身体能力を底上げする強化魔法は、発動中、常に魔力を消費し続ける。魔力総量が少ないFクラスの生徒たちがこれを使えば、いくら鍛え抜かれた肉体があっても、数分でガス欠を起こしてただの案山子になってしまうのだ。
これでは、圧倒的な魔力量で遠距離から魔法を連発してくるAクラスのエリートたちには到底及ばない。
重苦しい空気が漂う中――唯一、その壁を独自の斜め上のアプローチでぶち破り、新たな段階へと進んだ者がいた。
「てりゃあっ!」
――ドゴォォォォォンッ!!
清楚で大人しい雰囲気の同級生、リリアである。
彼女が華奢な腕で振り下ろした『何か』が訓練用の硬いダミーゴーレムに直撃した瞬間、ゴーレムは爆発したかのように粉々に砕け散った。
彼女が手にしているのは、僕のばかでかい大剣をリスペクトして特注したという『打撃に特化した巨大な杖』である。
元々Fクラスの中では魔力操作のセンスがずば抜けていた彼女は、常時強化魔法を発動させるのではなく、信じられないほど繊細な操作技術を編み出していた。
巨大な杖を持ち上げる瞬間。
そして、敵に当たるインパクトの瞬間。
その一瞬の動作のピンポイントにだけ、爆発的な身体強化魔法をオン・オフで切り替えて付与しているのだ。これにより、魔力消費を極限まで抑える『超燃費特化』の戦法を確立したのである。
「ふう……。ルークくん、どうですか! 私の新しい杖術は!」
土煙が晴れた後、彼女は巨大な杖を軽々と肩に担ぎ、額の汗を拭いながら満面の笑みでこちらを振り返った。
その姿に、グラウンドでへばっていたクラスメイトたちから一斉に総ツッコミが飛ぶ。
「「「お前、もうそれメイスかハンマー持てよ!!」」」
「えっ!? こ、これは杖です! ちゃんと先端から魔法も撃てる、ルークくんをリスペクトした立派な杖なんです!」
顔を真っ赤にして反論するリリアだが、先端から魔法を撃つ前に物理で粉砕していて、杖というより鈍器に近い。
とはいえ、彼女の器用極まりない魔力操作は見事の一言だった。
クラスメイトたちもリリアの『ピンポイント強化』を真似しようと試みたが、戦闘の激しい動きの中で、コンマ数秒のタイミングに合わせて魔力のオン・オフを切り替えるなど、並の能力では不可能だった。タイミングがズレて自滅したり、武器をすっぽ抜かしたりと散々な結果に終わる。
そして、それは僕も例外ではなかった。
「……駄目だ。やっぱり上手くいかない」
グラウンドの隅で、僕は木剣を振り下ろしながらため息をついた。
リリアの戦法に感心した僕も自分の戦いに取り入れようとしたのだが、どうにも勝手が悪い。インパクトの瞬間に魔力を流そうとすると、どうしても過剰に出力されてしまい、木剣が内側から弾け飛んでしまうのだ。
「ルークくん……あの、落ち込まないでください」
見かねたリリアが、とてとてと駆け寄ってきて僕を励ましてくれた。
「ルークくんは、私たちとは比べ物にならないくらい魔力量が規格外すぎるんです。ダムの決壊みたいな巨大な魔力を、針の穴を通すように細かくオン・オフするなんて……逆に難しすぎるんだと思います」
「うーん、そう言われると慰められているのか何なのか微妙なところだけど……でも、ありがとう」
彼女の言う通り、大雑把な僕の魔力操作では、あの繊細な技術の模倣は不可能に近いのだろう。
だが。
僕には昔から、諦めの悪さにだけは定評があるのだ。
前世で寝たきりの病床にいた頃から、できないことをすぐに投げ出すような性格なら、とっくに心の方が死んでいた。
「魔力のオン・オフができないなら、いっそ『別の形』に変えられないか……?」
それから数日間。
僕は夜な夜な、誰もいないグラウンドでひたすらに己の魔力と向き合い、試行錯誤を繰り返した。
Aクラスの魔法攻撃をも凌駕できるような新しい身体強化の『形』はないか。
愚直に、ただひたすらに練り上げ、失敗し、また練り上げる。
そんな泥臭い日々の積み重ねは――やがて、誰も想像しなかった『まったく新しい身体強化魔法』を、僕の中に生み出すことになるのだった。




