第六十一話:四年生の春
四年生の春。学園の教室は、進路決めの話題で持ちきりになっていた。
魔法学園のルールとして、生徒へのスカウトやオファーが解禁されるのは、最高学年である四年生になってからと厳格に定められている。
この世界では、上位貴族の子息であっても、卒業してすぐに実家の跡を継ぐわけではない。人脈作りや実社会での経験を積むため、卒業後は騎士団や魔導具ギルド、あるいは他家などに身を置き、「外の飯を食う」のが一般的なのだ。
当然、成績優秀なAクラスのエリートたちの元には、解禁と同時に国中から引く手あまたのオファーが舞い込み、早々に進路を決めていく。
一方、僕たちFクラスはというと……例年なら進路探しに四苦八苦するところだが、今年は少し事情が違った。
レイモンド先生の『魔力を併用して物理で殴る』という特殊なカリキュラムで徹底的に鍛え上げられたクラスメイトたちには、実戦重視の傭兵団や、前線任務の多い辺境の騎士団から、ちらほらと熱烈な声がかかり始めていたのだ。
「なんだ、この山の高さは……」
「すごいわね、ルーク。有名貴族の用心棒から、大陸最大手の傭兵団まであるじゃない」
ドサッ、と積まれた数十通の手紙。呆れ顔で手紙を覗き込んできたのは、クラスメイトのミアだ。
どうやら、三年前の闘技大会での(不戦勝だけど)優勝と、地下空洞での事件解決の噂がどこからか漏れ伝わっているらしく、僕の元には各所からのオファーが殺到していた。
「あ、これ王都の第一騎士団からのオファーですよ。さすがルークくんです」
僕の大剣に影響を受けたらしく、魔力操作の才を持ちながら『打撃兼用の巨大な杖』を愛用するようになった清楚系同級生、リリアも手紙を仕分けしてくれている。
「ん? なんだこの無駄に豪華な封筒は……」
手紙の山の中に、一つだけ分厚い蝋封がされた見慣れない封筒があった。
ペーパーナイフで開けて中身を読む。
『王宮よりのオファー:アイリス女王陛下直属・専属近衛騎士
(※城内での居住必須、夜間護衛含む。高待遇)
――ただし、本オファーを受諾する条件として、今年のクラス対抗戦にてAクラスに完全勝利すること! エリート気取りの貴族たちの鼻をへし折るルーク様の勇姿、期待しておりますわ!』
……しれっと、アイリス様のお手製と思われるヤバすぎるオファーと、とんでもない条件が紛れ込んでいた。
そもそも僕がこの学園に入学したのは、立派な騎士になって、思いを寄せるアイリス様の側に少しでも近づきたかったからだ。
だからこのオファーは、まさに僕がずっと夢見ていた目標そのものなんだけど……相変わらず彼女のやることは極端すぎる。
「えっ……ちょっとルーク。これ、王家からの直々のオファーじゃない!?」
手紙を覗き見たミアが、素っ頓狂な声を上げた。
「しかもアイリス様専属って……それにこの待遇……おかしいですよ!? 」
リリアも目を丸くして震えている。
二人の声を聞きつけ、他のクラスメイトたちもわらわらと僕の机に集まってきた。
「おい見ろよ、『Aクラスに完全勝利すること』が条件だってよ!」
「マジかよ! 女王陛下直々に、俺たちの3年越しの目標だった『Aクラスへの下克上』を後押ししてくれてるってことじゃねえか!!」
「絶対勝つぞお前ら!!」
男子たちが勝手に奮い立ち、教室のボルテージが一気に上がる。
その熱狂の中、男子生徒の一人がふとニヤニヤしながら近づいてくる。
「そういえば、前々から思ってたんだけどさ……ルークってアイリス女王陛下とどういう関係なの?」
「闘技大会の時もやけに親しげだったし、お前が地下で大怪我して入院してた時も、陛下が何度もお忍びで病室に通ってたって噂、クラスの皆知ってるんだぜ?」
僕は慌てて封筒を伏せ、誤魔化すようにひらひらと手を振る。
「いや、違うって。僕とアイリス様は、ただの……昔からの知り合いだよ」
「「「女王陛下と平民が昔からの知り合いになるわけないでしょ(だろ)!!」」」
クラス全員からのつっこみが飛んできた。
……まあ、そりゃそうか。
「ええっと……昔、アイリス様がまだ王女だった頃、権力争いか何かで、うちの辺境の領地にある塔に幽閉されていた時期があってさ。僕がそこにこっそり忍び込んで、よく話し相手になってたってだけだよ」
僕は頭を掻きながら、少しだけ昔話をした。
暗く冷たい塔の中に閉じ込められ、孤独と重圧に押しつぶされそうになっていた小さな彼女。
窓越しに外の景色を教えたり、くだらない話をして……身分なんて関係なく、ただの一人の女の子として笑ってくれたあの頃の記憶。
「まあ、その……」
思い出すと少し気恥ずかしくなって、僕は頬をかきながら、誰に言うともなくぽつりとこぼした。
「僕にとっては、初恋の相手、なんだよね」
――ガシャァァァァンッッ!!
突然、教室の床の石畳が砕け散るような轟音が響いた。
驚いて振り返ると、リリアが背負っていた『巨大な杖』が手から滑り落ち、床にめり込んでいる。
「……リリア?」
「……え? あ、初、恋……? じょ、女王陛下が……?」
リリアの目が、完全に焦点が合っていなかった。
ふと隣を見ると、ミアも「初恋……よりによって女王陛下……そ、そんなの勝ち目なんて……」とブツブツ呟きながら、顔面を真っ白にして壁に手をついていた。
「お前すげえな! 幽閉されてた女王様を慰めてたのが初恋なんて、おとぎ話の主人公かよ!」
「絶対そのオファー受けろよ! そのためにはAクラスぶっ倒さねえとな!」
男子たちは無責任に大盛り上がりして僕の肩をバシバシと叩いてくるが、なぜかリリアとミアをはじめとした女子組は、この世の終わりのような絶望のオーラを漂わせている。
……なぜだろう。
アイリス様からの無茶苦茶なオファーと、クラスメイトたちの不可解な反応を前に、四年生の春は波乱の幕開けとなりそうだった。




