第五十九話:その後
あの地下空洞での死闘と、レイモンド先生の貴族昇格からしばらく経った頃。
僕たちの周りの環境は、良くも悪くも激変していた。
まず、事件の元凶である『魔法を特権階級のものだと宣言した犯罪集団』の動向だ。
アイリス様はこの事件の深刻さを重く受け止め、あの地下で回収した『虚無の楔』の残骸を証拠として、各国に事件の全容を共有。世界の魔力を脅かす犯罪集団に対して、国家間で共同対策を練るよう強く呼びかけた。
そして、この事件を知って誰よりも怒っていたのが、僕の両親だった。
息子が死にかけたという事実を知った父さんと、母さんは、テロ組織への対策に本腰を入れた。
かなり広い地域で同様の不審な動きがあったらしいのだが、父さんの迅速な対応が功を奏し、全く大事になることなく解決に向かっているという。手紙には『害虫駆除は順調だから安心していいぞ』と、爽やかな筆致で書かれていた。
僕も何かの役に立ちたいと参加を申し出たのだが、返ってきたのは『お前は学生の本分を全うしろ』という父さんからの厳命だった。
結果として、王家の手でさらに強固な防衛結界が何重にも張られた学園で、僕は大人しく学生生活を謳歌することになったのだ。
ちなみに、僕に対する褒賞の件は少しだけ揉めた。
アイリス様は当初、国を救った功績として「新たな爵位の進呈」や「最高位の勲章の授与」、さらには「王家直属の騎士への任命」など、ありとあらゆる特権を与えようと息巻いていた。
しかし、これに待ったをかけたのが父さんだった。
『ルーク、よく聞け。これからは貴族が優位に立つ時代じゃない。しがらみに縛られず、自由に生きられる平民の方がずっと幸せだ。特権という首輪を嵌められる前に、よく考えなさい』
その言葉は、どこか過去の苦労を滲ませたような、ひどく実感のこもった重たいものだった。
結局、僕への褒賞は『ルークが成人を迎えてから、本人に決めさせる』という異例の形に落ち着いた。
「まあ、難しいことで悩むのは大人になってからでいいか」
父さんの言う通り、今はただの学生だ。僕は気持ちを切り替え、残りの学園生活を満喫することにした。
◇◇◇
さて、僕の通う落ちこぼれの集まりこと『Fクラス』だが、こちらの状況も一変していた。
僕が大会で不戦勝とはいえ優勝し、さらにアイリス様たちを救ったことで、Fクラスのカリキュラムは大幅な改新を遂げたのだ。
主導したのは、もちろん我らが担任のレイモンド先生である。
公開処刑の寸前から一転、アイリス様の肝煎りで『高位貴族』の爵位を賜り、強力な王の後ろ盾まで得てしまった先生に対し、学園の上層部はもう一切口出しができなくなっていた。
「いいかお前ら! 魔法全盛のこの時代において、魔力総量に劣る我々が勝つための答えは、あの脳筋……コホン、ルークが証明してくれた! 重要なのは『肉体の強化』と『肉体強化魔法の実用化』だ!」
先生の熱弁により、僕たちのクラスは魔法の座学よりも、徹底的な筋力トレーニングと、少ない魔力で身体能力を限界まで引き上げる特殊な実技に重きを置くようになった。
結果が出るには長い年月がかかる茨の道だ。しかし、目標は明確に定まっていた。
『卒業する四年目までに、エリート揃いのAクラスに実力で下克上を果たす』
それが、新生Fクラスの合言葉となった。
僕ももちろんFクラスに籍を残している。しかし、クラス内には一つだけ『絶対の決まり事』ができてしまった。
『ルークは強すぎるので、実戦訓練や対抗戦では極力戦いに参加せず、指揮役と指導役に徹すること』
クラスメイトたちからの切実な嘆願(ルークが入ると一瞬で終わって練習にならない、等の理由)により、僕は前線を退くことになったのだ。
最初は少し物足りなさもあったが、今では僕自身もその立ち位置に賛同している。
「あいつら、今日は少し重心が高かったな。明日は体幹のメニューを増やしてみるか……」
汗水流して鍛錬に励み、日に日に見違えるように強く、逞しく成長していくクラスメイトたち。
それをグラウンドの隅から腕を組んで見守る僕。
争いのない、平和で、騒がしくて、愛おしい日々。
そんな学園生活を全力で駆け抜け、季節は巡り――。
――そして。
僕たちは、学園の最高学年である『四年生』の春を迎えたのだった。




