第五十六話:再び訪れた好機
「うえっ、まっず!!」
一気に喉の奥へ流し込んだ瞬間、あまりの不味さに僕は盛大に顔をしかめた。
「本物の血ではないはずだが、かなり不快な味がするらしいな」
「不快ってレベルじゃないですよ! 生臭い上にザリザリした泥みたいな舌触りで、後味も最悪に臭いです!」
「ほー、どれどれ……うおっ、くさっ!」
空き瓶を受け取って鼻を近づけたレイモンド先生が、顔をクシャクシャにしてすぐさま空き瓶を僕に投げつけてきた。
「お前、よくこんな物ためらわずに飲み干せたな……」
「先生が飲めって言ったんでしょうが……」
「おっ、お前の両眼が赤く光ってきたぞ。どうやら効果が発動したらしい」
「目が、赤く?」
「ああ。狂戦士の血を飲むと眼球が赤く発光する。それが薬効が現れたサインだ。効果時間は平均して十分程度だが、人によってかなり個人差がある。五分で切れる奴もいれば、三十分も持続する奴もいるらしい」
そう言われても、僕自身の視界が赤く染まっているわけではないので、いまいち実感が湧かない。
本当に効いているのだろうか? 僕は座り込んでいた階段から立ち上がった。
「あっ……!」
驚いた。鉛のように重かった体が、羽のように軽い。
全身を苛んでいた激痛が嘘のように消え去っている。それどころか、完全に折れていたはずの左腕が、何事もなかったかのように自由に動かせるではないか。
「すごい……痛みもないし、腕も動くぞ!」
「折れた骨も一時的に強引にくっつくらしいからな。ただ忘れるな、薬が切れた瞬間に再び折れるし、痛みも倍になって返ってくる。絶対に油断するなよ」
「は、はい。……じゃあ、行ってきます」
僕が第八階層のガーディアンの破片を左腕に括り付けながら言うと、レイモンド先生は痛む右腕で僕の背中をバァン! と強く叩いた。
「必ず生きて帰ってこい!」
「はいっ!」
僕は力強く頷き、再び第十階層のフロアへと飛び出した。
――ビーーッ! ビーーッ!
やかましい警報音が鳴り響き、フロアの中央に戻っていた六本腕のガーディアンが再びこちらへ視線を向ける。
僕の今の出で立ちは、左手に鏡面加工された装甲の破片を盾のように構え、右手にガーディアンから奪った戦斧を握りしめているという、ひどくちぐはぐなものだ。
「さあ、リベンジだ!」
神速の踏み込み。敵も即座に反応し、再び激しい死闘が幕を開けた。
使い慣れない斧のリーチ、重量に苦戦を強いられ、剣や槍の猛攻に防戦一方になる。しかし――さっきとは明らかに違う。
「見える……! 敵の動きが、はっきりと目で追えるぞ!」
狂戦士の血による身体能力の底上げ。視覚情報から筋肉への伝達速度が飛躍的に向上しているのか、六本腕から繰り出される複雑な連続攻撃のパターンが、手に取るように分かってきた。
槍を弾き、剣を躱し、僕は斧を強引に叩き込んだ。
ガコンッ!!
敵の装甲に斧を打ち込むも、やはり感触がない、衝撃はすべて吸収されてしまう。
「もっとだ! もっとダメージを食らわせてやる!」
敵の反撃を掻いくぐりながら周囲を見渡すと、床に『もう一つの戦斧』が転がっているのが視界の隅に映った。さっきの戦闘で、こいつが僕に向けて投げつけてきたものだ。
「使わせてもらう!」
僕は敵の横薙ぎをジャンプしてかわすと、空中で体を激しく回転させ、右手に持っていた斧をガーディアンに向けて思い切り投擲した。さっきこいつが僕にやった攻撃の、そっくりそのままの模倣だ。
斧は的確に敵の頭部に直撃した。しかし、ガーディアンは意にも介さず、僕の着地点めがけて槍を突き出してくる。
だが、それも計算通り。
地面に着地した瞬間、僕は床に落ちていたもう一つの戦斧を拾い上げ、そのまま神速の踏み込みでガーディアンの懐へと潜り込んだ。
全身のバネと踏み込みの力をすべて乗せた、アッパーカットのような斬り上げ。
ドゴォォォォォンッ!!!
強烈な一撃が敵の胴体を跳ね上げる。
その瞬間――敵の胴体に埋め込まれた巨大な魔石が、太陽のように眩く発光した。
「――来るっ!!」
僕の物理エネルギーを限界まで吸収し、魔法攻撃として撃ち返してくるカウンター。
極大のエネルギー波が放たれる。その瞬間、狂戦士の血によって極限まで引き上げられた僕の知覚は、迫り来る閃光の軌道をスローモーションのように捉えていた。
(なんか、死ぬ前の走馬灯を見てるみたいで嫌な感じだな……)
そんな極限状態のなか、のんきな感想を抱きながら、僕は着弾する一歩手前で体を鋭く回転させ、左腕に括り付けた『第八階層の装甲』を盾のようにして、迫り来るエネルギーの奔流へと真っ向からぶち当てた。
カァァァァァァーーーーンッッ!!!!!
鼓膜が破れそうなほどの甲高い音が鳴り響き、左腕に山が激突したかのような凄まじい衝撃が走る。
しかし、装甲は砕けない。目論見通り、第八階層の魔法無効装甲は見事にエネルギー波を反射し、極大の閃光が真っ直ぐにガーディアンの胴体へと跳ね返っていった。
「よしっ!!」
直撃コース。間違いなく粉砕できる。そう確信した次の瞬間。
ズォッ。
ガーディアンは六本の腕と四本の足を滑らかに連動させ、信じられないほどの身のこなしでスッと横へスライドし、自らが放ったはずのエネルギー波をいとも容易く回避してしまったのだ。
「――は?」
呆然とする僕の目に映ったのは、エネルギー波を躱した勢いそのままに、僕の首元へ向けて無慈悲に振り下ろされる剣の刃だった。




