第四十九話:四年生
タッグトーナメントの第1回戦。
闘技場の中央で最初に圧倒的な力を見せつけたのは、やはり学園の頂点に君臨する最上級生――『4年Aクラス』の代表ペアだった。
「――極光の裁き《ホーリー・レイ》」
4年Aクラスの代表が短い詠唱と共に杖を振るうと、対戦相手である3年生のペアは、防御魔法を展開する間もなく、巨大な光の濁流に飲み込まれて闘技場の壁まで吹き飛ばされた。
開始からわずか数秒。圧倒的な魔力量と詠唱速度の違いに、VIP席に座る宮廷魔導士たちからも感嘆のどよめきが上がる。
(すごいな……やっぱり、一番上のクラスの人たちは魔法の威力がけた違いなのに、発動までが早い……)
待機室の越しに見ていた僕も、素直に感心してしまった。
その後もいくつか試合が続き、順当に上位クラスの生徒たちが勝ち上がっていく中、ついに闘技場にアナウンスが響き渡った。
『――第5試合! 4年Bクラス代表 対 1年Fクラス代表! 両ペアは入場してください!』
「っしゃ、ウチらの出番っしょ! 行くよ、ルーク!」
「うん!」
ミアと拳をコツンと合わせ、僕は歓声と野次が入り混じる闘技場へと足を踏み入れた。
アイリス様が座るVIP席の視線を肌で感じながら、闘技場の中央へ向かう。そこには、すでに対戦相手である最上級生――4年Bクラスの男子生徒二人が、見下すような薄ら笑いを浮かべて立っていた。
「おいおい、ウソだろ? ウチの1年のBクラスの連中が負けたって聞いて、どんな奴らかと思えば……。剣を背負った平民と、チャラチャラした底辺の小娘かよ」
「一年生の連中も落ちたものだな。あんなのに不覚を取るなんてよ」
4年Bクラスの二人は、あからさまな侮蔑の目を僕たちに向けてきた。
「Bクラスのボリスは俺の従弟でね。生意気な平民に卑怯な手を使われて負けたって泣きついてきたから、先輩として直々に『教育』してやろう」
どうやら、見事に逆恨みを買っていたらしい。
僕が言い返そうとする前に、隣のミアが一歩前に出て鼻で笑った。
「はー? 卑怯な手? 実力でボコられただけっしょ。後輩の負け惜しみを真に受けてる先輩も、マジダサすぎ」
「……なんだと、この下級貴族の小娘が」
ミアの挑発に、4年生たちの顔から笑みが消え、明確な殺意が宿る。
『それでは両ペア、構えて……試合、開始!!』
審判の合図が鳴り響いた瞬間だった。
僕は背中の大剣を抜くために手を伸ばし、ミアは僕にバフをかけるためにステップを踏み出そうとした。
「はいっ、テンションぶちアゲ――えっ?」
ミアの動きが、不自然にピタッと止まった。
見れば、彼女の足元の石畳がいつの間にかドロドロの泥沼に変化し、そこから這い出た『無数の黒い手』が、ミアの両足をガッチリと拘束していたのだ。
「なっ……いつの間に魔法を!?」
「バカめ、入場した時から闘技場の床下に魔力を這わせて、トラップを仕掛けておいたんだよ。まともに魔法の撃ち合いなんてしてやると思ったか?
お前等は苦しみながら頭を垂れるんだよ!」
4年Bクラスの生徒が、ニチャリといやらしい笑みを浮かべる。
相手は開始の合図を待たず、最初から『汚い手』を使っていたのだ。
「しまっ――ルーク離れて!!!」
ミアが叫ぶと同時。4年生の杖から、巨大な紫色の電撃が一直線にミアへ向かって放たれた。それはただの雷魔法ではなかった。
あの魔法は、当たれば神経を焼き切られる、強力な麻痺と激痛を伴う呪いの魔法だ。
足を拘束されているミアには回避できない。
僕が大剣を抜いて弾こうとした瞬間、4年生のもう一人が僕の足元に強烈な爆発魔法を撃ち込んできた。
「おっと、肉盾くんはこっちだ。仲間の悲鳴でも聞いてな!」
目眩ましの爆炎が僕の視界を塞ぐ。
その直後。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
紫色の電撃を全身に浴びたミアの、悲痛な叫び声が闘技場に響き渡った。
「ミアッ!!」
「アハハハハッ! いい声だ! 結界が発動して気絶するまで、じっくりと痛めつけてやる!」
4年生は下劣な笑い声を上げながら、動けないミアに何度も紫の電撃を浴びせ続ける。
結界により死ぬことはない。でも、その痛みは本物だ。歯を食いしばり、白目を剥きそうになりながらも、ミアは最後の力を振り絞って、杖を僕の方へ向けた。
「ご、めん……ルーク……っ。あと、は……アタシの魔力、全部……乗っけるから……ッ!」
パァァァンッ!
ミアの杖から放たれた極大の支援魔法が僕の体を包み込むと同時に、彼女の意識は完全に途切れ、結界の保護システムによって闘技場の外へと転送されていった。
「…………っ」
僕は、自分の足元の爆炎を大剣の風圧で振り払い、ゆっくりと顔を上げた。
静かだけど、全身の血が沸騰するような、怒りが腹の底から湧き上がってくる。
馬鹿にされ続けてきたFクラスの誇りを示すためだけに、彼女は激痛に耐え、自分の全魔力を僕に託してくれたのだ。
「あーあ、ゴミが消えちゃった。さて、残るは何もできない平民の肉盾くんだけだが……お前はどうやって料理してやろうか?」
下劣な笑みを浮かべる最上級生たち。
僕は静かに息を吐き出し、大剣の柄に手をかけた。ミアのバフのおかげで、体が羽のように軽い。
「……よくも、僕の仲間をあんな目に遭わせてくれたな」
「ああん? 怒ってんのか平民。その鉄の塊で俺たちに勝てるとおもっ――」
あんな奴らの話をまともに聞く必要なんてない。
ズガァァァァァンッ!!
闘技場の中央で、凄まじい爆発音が鳴り響いた。
僕がただ一歩、強く石畳を踏み抜いたことによって発生した破裂音だ。
「……は?」
4年生の二人は、目の前の光景に呆けた声を漏らした。
たった今、僕が立っていたはずの場所が、巨大なクレーターのように粉砕されている。だが、そこに僕の姿はない。
「えっ……?」
彼らの上半身が、ゆっくりと斜めに滑り落ちる。
彼らがクレーターの出現を認識したその瞬間には、もうすでに、僕の一閃によって彼らの胴体を一刀両断にする。
ミアのバフと、怒りによる僕の踏み込み。それは、魔法使いの動体視力はもちろん、音すらも置き去りにするほど静かな斬撃だった。剣を振るう音すら気がつかなかっただろう。
「あ……、が……っ!?」
彼らの背後に立った僕が、静かに大剣を背中に収めたその時。
遅れてやってきた凄まじい死の激痛に、真っ二つになった4年生たちが絶叫を上げ、直後に白目を剥いて泡を吹いた。
ビーーッ! と試合終了のブザーが鳴り響き、結界のシステムが作動して彼らの肉体を修復し始める。
闘技場が、水を打ったように静まり返る。
魔法の撃ち合いすらない。たった一瞬の、静かすぎる一撃。
実況のアナウンスすら言葉を失う中、僕は遥か上部のVIP席をまっすぐに見上げた。
――アイリス様、見てくれましたか。
僕は、こんな卑怯な奴らには絶対に負けません。
VIP席の中で、ローブを深く被った小柄な人物が、ほんの少しだけ頷いたような気がした。




