第四十八話:会いたかったあの人
万年最下位の吹き溜まりだったFクラスが、格上のDクラス、そしてEクラスを立て続けに圧倒した。
この前代未聞の『下剋上』は、瞬く間に王立魔法学校中の噂になった。
「おい、聞いたか? あのFクラスが勝ったらしいぞ」
「一体どんなズルをしたんだ? 魔法も使えない平民が、ヤバい違法魔導具でも使ってるんじゃないのか?」
「いや、平民だけじゃない。Fクラスの奴ら全体がおかしかったんだよ。踊りながら魔法を撃ってきたり、杖で殴りかかってきたり……あいつら、絶対になにかの邪教にハマってる!」
廊下を歩けば、そんな根も葉もない噂話が嫌でも耳に入ってくる。
周囲が騒がしくなる一方で、僕たちFクラスはそんな雑音を一切気にしていなかった。他のクラスの連中がヒソヒソと僕たちを遠巻きに見ている間も、僕たちはただひたすらに、ストイックな特訓をこなしていた。
「ハァッ……ハァッ……! ルーク、今日の走り込みはあと何周だ!?」
「まだ三十周だよ、マルコ! 息を乱さないで、リズムを意識して!」
「ふふっ……この重さが、心地よくなってきましたわ……!」
グラウンドの隅では、マルコやクラウスたちが泥だらけになって走り込みを続け、リリアは自分の身長ほどもある丸太のように太い魔杖を、ブォンッ! ブォンッ! と恐ろしい風切り音を立てて振り回している。
そしてミアは、ステップをさらに改良し、完全に独自の境地へと足を踏み入れていた。
すっかり地獄の特訓が日常になってしまった彼らの顔には、もう以前のような卑屈な影は一切ない。
他人にどう思われようと、自分たちが確実に強くなっているという『自信』が、Fクラスのみんなを別人のように精悍な顔つきに変えていた。
そんなある日のホームルーム。
いつもは面倒くさそうに教室に入ってくる担任の先生が、今日ばかりは顔を紅潮させ、息を切らして教壇に立った。
「お前ら、よく聞け! すんごいニュースだ!」
先生はバンッ! と黒板を叩いて、興奮気味に告げた。
「来週、王都の宮廷魔導士団、ならびに王属近衛騎士団から『特別視察団』が我が校へやってくることになった! 有望な学生を青田買いするための、スカウトのようなものだ!」
「「「おおおおおっ!?」」」
宮廷魔導士や近衛騎士への推薦状をもらえるかもしれない大舞台に、教室が一気にざわめく。
普段なら、上位であるAクラスやBクラスの生徒たちだけがアピールする場であり、Fクラスの僕たちには全く縁のないイベントだ。しかし、今の僕たちなら。
「それに合わせて、各クラスから代表者二名を選出し、全学年を通した『タッグトーナメント戦』が開催されることになった。
もちろん、学年ごとのハンデなどない、完全な実力勝負だ。……お前ら、最近調子がいいみたいだが、見学するか? それとも……」
「出るに決まってるだろ!!」
先生の言葉を遮るように、クラウスが立ち上がって叫んだ。
マルコたちも力強く頷いている。誰も、上位のクラスや上級生に怯える様子はない。
「代表の一人は、当然ルークで決まりだな」
「ああ。ルークの突破力がなきゃ始まらねえ」
満場一致で、僕の出場が決定した。
問題は、僕とタッグを組むもう一人の代表者を誰にするかだ。
「俺は防御特化だし、ルークの足にはついていけないからパスだ」
「俺も、アクロバット回避には自信があるけど、攻撃力不足だからな」
クラウスとマルコが辞退する中、バチッ! と激しい火花を散らすように視線を交合わせた二人がいた。
「ルークさんの背中はお任せください。わたくしの物理……いえ、回復魔法で完璧にサポートいたしますわ。近づく虫ケラは、わたくしが全て叩き潰します」
「はー? リリアじゃルークの爆速とか絶対ついてけないっしょ。ルークには、アタシの神ステップとバフ盛り盛りが一番相性いいに決まってんじゃん!」
杖を構えるリリアと、腰に手を当てるミア。
二人の激しいアピール合戦が始まり、教室の空気がピリついた。
「えっと……二人ともありがとう。でも、今回はトーナメント戦で連戦になるから、相手の魔法を待つより、こっちから一気に距離を詰める速攻が有効だと思うんだ」
「ってことは?」
「ミアのバフ魔法で僕の身体能力をさらに引き上げてもらいつつ、ミア自身も機動力を活かして相手のターゲットを分散させてほしい。……だから、ミアにお願いしたい」
「うぇーいっ! マジ任せな!」
「くっ……! 仕方ありませんわね。今回だけは譲って差し上げますわ。……でもルークさん、怪我をしたらすぐにわたくしに仰ってくださいませ?」
両手でピースサインを作って喜ぶミアの横で、リリアが少し頬を膨らませてジト目を向けてくる。僕は苦笑いしながら「うん、分かったよ」と頷いた。
――そして、トーナメント当日。
強固な結界が張られた巨大なドーム型の闘技場には、全校生徒だけでなく、貴族の保護者たちや関係者が押し寄せ、凄まじい熱気に包まれていた。
僕たちは選手待機所で、周囲の上級生たちから「一年生のFクラス? 冗談だろ」 「すぐに泣いて逃げ出すさ」と冷ややかな視線を向けられていたが、ミアは全く気にする様子もなく、イヤホン型の魔導具で音楽を聴きながらステップの最終確認をしている。
僕も大剣の柄を握り直し、ふと、遥か上部にあるガラス張りの『VIP席』の方を見上げた。
そこには、王都からやってきた豪奢なローブ姿の宮廷魔導士たちや、銀色の鎧に身を包んだ近衛騎士たちがズラリと並んでいる。
んん?
父さんと母さんの地獄の不意打ち特訓で鍛え上げられた僕の『魔力探知』が、遥か遠くのVIP席の中心から、微かだけれど、とても温かく、懐かしい魔力の波長を捉えた。
(……え? ま、まさか……)
僕は思わず息を呑んだ。
視力を強化して目を凝らすと、屈強な近衛騎士たちに前後左右をガチガチに固められたVIP席の中心に、上質なローブのフードを深く被った小柄な人物が座っているのが見えた。
顔はフードで隠れていて見えない。
でも、僕には一瞬でわかった。一日たりとも忘れたことのない、あの優しくて温かい魔力。
あそこにいるのは――女王となった、アイリス様だ。
心臓が、早鐘のように激しく鳴り始めた。
立派な騎士になって、彼女を直接お守りできる身分になってから会いに行く。そう心に誓ってこの学校に来たのに。
まさか、彼女の方からお忍びで視察にやって来るなんて。
「……っ」
手の中の大剣が、微かに震えていた。怖いわけじゃない。嬉しさと、使命感で、胸が張り裂けそうだった。
「ねぇルーク、そろそろウチらの出番っしょ! テンションぶち上げてくよ!」
「……うんっ!」
ミアの声に頷き、僕は強く大剣の柄を握りしめた。
アイリス様が見ている。
なら、僕がやるべきことは一つしかない。誰よりも強く、誰よりも頼もしい成長した僕の姿を、彼女の目の前で証明するだけだ。
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