第四十三話:編入
ドガァァァァァァンッ!!
王立騎士養成学校の訓練場に、本日も凄まじい轟音が響き渡った。
舞い上がった土煙が晴れると、そこには魔法の標的用に設置されていた分厚い石壁が、綺麗な円形に丸く消し飛んでいた。
「お、お見事です、ルーク君……」
「ありがとうございます!」
左腕にバックラーを装備したルークが、爽やかな笑顔で汗を拭う。
彼と向かい合っていた教官は、引きつった笑みを浮かべながら、手元のバインダーに挟まれた『施設修繕費・請求書』の束を力強く握りしめていた。
その日の放課後。
騎士学校の理事長室には、ルークと、辺境の町から呼び出された両親――セオドアとソフィアの姿があった。
向かいに座る校長と教官は、今にも泣き出しそうな顔でセオドアたちに頭を下げている。
「どうか……どうかルーク君を、第一区にある『王立魔法学校』へ転入させていただけないでしょうか!?」
「えっ!?」
突然の通達にルークが目を丸くする中、セオドアは腕を組んで面白そうに笑った。
「うちの息子が、何かご迷惑をおかけしましたかな?」
「いえ! 態度は極めて真面目、才能はずば抜けています! ですが……我が騎士学校には魔法学校のような強力な防御結界がなく、彼が魔法を跳ね返すたびに壁や備品が粉砕され……もはや我が校の予算は限界なのです!」
校長が涙ながらに訴える。
しかし、ルークは真剣な顔になって首を横に振った。
「お断りします。僕は立派な『騎士』になって、女王陛下をお守りしたいんです。後ろから魔法を撃つ魔法使いになりたいわけじゃありません」
ルークがキッパリと断ると、校長は机から身を乗り出して必死に説得にかかった。
「き、聞いてくれルーク君! 君は勘違いをしている! この騎士学校を卒業しても、女王陛下の御前でお守りする【王属近衛騎士】には絶対になれない! 近衛騎士になるには、圧倒的な実力と、それを証明するための『高位の学歴』が必要なのだ。あの魔法学校を好成績で卒業し、エリートたちに君の力を見せつければ、必ずや近衛騎士として陛下の側近に抜擢されるはずだ!」
「えっ……本当ですか?」
「あ、ああ! 本当だとも!」
アイリスの側に行ける一番の近道だと知り、ルークの目が輝き出す。
セオドアとソフィアは顔を見合わせてクスクスと笑い、息子に向けて頷いた。
「いいんじゃないかしら、ルーク。あなたの思うようにしてみなさい。」
「そうだな。校長の言う通り、そっちの方が面白そうだ。……そうだルーク、編入の祝いとして、父さんから新しい魔導具をプレゼントしよう」
セオドアはそう言って、一対の美しい銀色の『ガントレット』を取り出し、ルークの両腕に装着させた。
「これは……?」
「盾の代わりだ。特殊な金属と魔法で編み込まれており、恐ろしく軽くて頑丈だ。腕の動きを一切邪魔せず大剣を振るうことができる。面積が狭い分、バックラーよりも魔法を弾く難易度は跳ね上がるが……今のルークなら扱えるだろう。さらに、このガントレットには特別な機能がある」
セオドアはニヤリと笑う。
「弾くだけじゃない。ほんの数秒だけだが、敵の放った魔法を『掴んで投げる』ことができる」
「魔法を……掴む!?」
「そうだ。炎の球をボールのようにキャッチして、相手に全力で投げ返すことができるし、両手で巨大な魔法を受け止めることだってできるぞ」
その信じられない性能を聞いたルークは、歓喜で顔を紅潮させ、ガントレットを嵌めた両腕の拳をガチンッ! と打ち合わせた。
「すごい!! さすが父さん!! ……教官! いますぐ訓練場に行って、僕に魔法を撃ってみてください! 試してみたいです!!」
「ひぃぃぃぃぃっ!?」
「や、やめてくれえええええええっ!!」
意気揚々と訓練場へ、教官を引きずるルークの腰に、校長が半泣きになりながら必死にすがりつく。
「頼むからこれ以上うちの学校を壊さないでくれぇぇ!! その恐ろしい機能は、超強力な結界がある魔法学校で、好きなだけ貴族のぼっちゃんたちに試してやってくれええええっ!!」
大の大人が必死に泣きつくシュールな光景に、セオドアとソフィアは笑いを堪えつつルークを引き留めるのだった。
――数日後。
王都の中心部、第一区にそびえ立つ『王立魔法学校』。
白亜の豪華な校舎と美しく整備された庭園。国内でもトップクラスの魔力を持つ高位貴族たちだけが通うことを許された、完全なるエリート養成機関である。
真新しい制服を着て、背中に巨大な剣、両腕に銀のガントレットを装備したルークは、校門の前でポカンと口を開けていた。
しかし、周囲の空気は彼を歓迎するようなものではない。
「ちょっと、見てよあの子。田舎者丸出しね」
「見ろ、あの背中に背負っている野蛮な鉄屑を。剣なんて前時代の遺物を持ち歩いている奴に、まともな魔力があるわけがない」
登校してくる貴族の生徒たちから、冷ややかで侮蔑を含んだ視線と、ヒソヒソという嘲笑の声が絶え間なく突き刺さってくる。
彼らの常識では、剣を背負った者など、魔法の的になるだけの『動く肉盾』以下の存在だった。
(……すごい見られてるな。やっぱり、この大剣は目立つか)
だが、ルークはそんな周囲の嘲笑を、風の音程度にしか感じていなかった。
彼がここにいるのは、立派な近衛騎士となり、女王となったアイリスの隣に胸を張って立つためなのだから。
「よしっ、今日から頑張るぞ!」
ルークは両腕のガントレットをギュッと力強く握り締め、貴族たちが露骨に避けて作った道を、堂々とした足取りで歩き出した。
時代遅れの剣を背負った少年が、魔法至上主義のエリート学園の常識を叩き壊す劇の幕が、今ここに上がろうとしていた。




