第四十二話:僕何かやっちゃいました?
真っ二つに割れた盾の残骸を腕にぶら下げたまま腰を抜かす教官を見て、ルークはハッと我に返った。
「ああっ! ま、またやっちゃった……!」
慌てて大剣を背中の鞘に収めると、教官の元へと駆け寄る。
「す、すみません教官! つ、つい力加減を間違えてしまいました! お怪我はありませんか!?」
ペコペコと頭を下げるルーク。
教官はピクピクと引きつった顔でルークを見上げると、ゆっくりと立ち上がり、なんとか苦笑いを浮かべてみせた。
「き、気にするな! 最近の若い者は元気があって結構! いまどき、お前みたいに剣術を極めようとする物好きが残っていたとはな!」
「あ、ありがとうございます……?」
「先ほどは、私も少し挑発するような真似をして悪かったな。……おっと、私は少し用事を思い出したのでこれで失礼する!」
そう言うと教官は、生まれたての子鹿のように足をガクガクと震わせながら、足早に訓練場から去っていった。
教官がいなくなると同時に、訓練場にいた平民の生徒たちが一斉にルークを囲んだ。
「お前すげえな!! なんだよあの剣撃!!」
「どこで習ったんだ!? 魔法を使わずに盾を割るなんて信じられねえ!」
質問攻めにあい、ルークが苦笑いしながら適当に誤魔化しているその光景を、訓練場の隅から苦々しい顔で見つめている集団がいた。
魔力は少ないがプライドだけは高い、下級貴族の生徒たちである。
「……ふん。あの大剣に秘密があるに違いない」
「ああ。あんなに大きく重そうな大剣を平民の子供が振り回せるはずがない。実は中身がスカスカで滅茶苦茶軽いのではないか?」
「あるいは、どこかの高位貴族の家から盗んできた国宝級の魔導具かもな。まったく、平民は手癖が悪くて困る」
彼らは自分たちの常識で測れないものを前に、見当違いな勘繰りをして鼻で笑っていた。
――その日の夜
王立騎士養成学校は全寮制であり、身分によって居住区画が分かれている。下級貴族たちは豪華な個室を与えられるが、平民であるルークたちは当然、二十人ほどが寝泊まりする大部屋で暮らすことになる。
「うーん……」
消灯時間が過ぎても、ルークはなかなか寝付けずにベッドの上で寝返りを打っていた。
実家のふかふかのベッドに慣れていたせいか、支給された寮の薄くて硬いマットでは背中が痛くてたまらなかったのだ。
そんな眠れない頭で、ルークは昼間の教官の言葉を思い出していた。
『盾で魔法を跳ね返して、後方の魔法使いが攻撃されないようにする』
(そういえば……忘却の城の護衛のおじさんたちも、分厚い盾を使って母さんの周りを取り囲んで守っていたよな。あの時も、ゼント王国の魔法を盾で『弾いて』いたっけ)
弾く。
その言葉が、ルークの頭の中で引っかかった。
(なるほど。剣で無効化するんじゃなくて、盾で弾く。……うん、明日試してみるか)
翌朝。
訓練場には、一晩寝てもダメージが回復しなかったのか、まだよろよろとした足取りの教官が現れた。
「えー……本日はまず、体づくりを行う! 訓練場の外周を走り込みだ!」
教官が声を張り上げる。
「騎士の持つ盾は非常に厚く、重い! その盾を持ったまま、何キロ、何十キロと従軍することもある。その極限状態の時に頼りになるのは、己の肉体だけだ! さあ、自分の限界まで走れ!」
「「「はいっ!!」」」
生徒たちが一斉に走り始める。ルークもまた、集団のペースに合わせてトコトコと走り出した。
しかし、教官はルークのブレない体幹と軽い足取りを見て、すぐに声をかけた。
「おいルーク! お前はすでに体がかなり出来上がっているようだな。周りに合わせなくていい、本気で走れ!」
「あ、はいっ! わかりました!」
ルークが元気よく返事をした瞬間、彼の姿がブレた。
ドババババッ! という凄まじい足音と共に、ルークは風のような速度で猛ダッシュを始めたのだ。他の生徒がようやく一周する間に、ルークは平然とした顔で何周も追い抜いていく。
「な、なんだあいつ……はええ……っ」
一方、集団の後方では、下級貴族のグループが息を切らしながらブツブツと文句をこぼしていた。
「ハァ、ハァ……! なぜ貴族である私たちが、平民と一緒に泥臭く走らなければならないんだ……!」
「全くだ……。我々貴族が持つ盾は、軽量化の付与魔法が施された高級な魔導具だぞ……。平民の鉄くずと一緒にしないでいただきたい……!」
それから、一時間後。
他の生徒たちが次々と限界を迎えてグラウンドに倒れ込んでいく中、ルークだけは全く速度を落とすことなく、延々と周回を重ねていた。
「なんか……俺、目ぇ回ってきた……」
ルークの異常な速さの周回を目で追っていた生徒たちが、次々と目を回してダウンしていく。
三時間後。
ついに教官が時計を確認し、慌てて笛を吹いた。
「ル、ルーク! いったんその辺でストップだ! これ以上やると次の筋トレの時間がなくなる!」
ピタッ、とルークは急ブレーキをかけて止まると、全く息を乱すことなく教官の前にやってきた。
「はい! 分かりました!」
その後行われた筋トレでも、ルークは常識外れの回数を平然とこなし、教官から「お前はもう筋トレしなくていい。自習してろ」と匙を投げられてしまうのだった。
自習の時間。
ルークは教官の元へと向かった。
「教官。僕、実は『盾』というものを一度も使ったことがないんです。せっかく騎士学校に入ったので、盾の練習をしたいのですが」
「おお……!!」
ルークの言葉に、教官は感動で目を潤ませた。
あれだけ圧倒的な剣の腕前を持っていれば、普通は盾の練習など見向きもせず慢心しそうなものだ。なんと素直で、向上心に溢れた少年なのだろうか。
「感心だな! よし、私が基本から教えてやろう。いいか、魔法を盾で防ぐというのは、物理的に盾で受け止めるというよりも、盾の表面に『魔法の膜』を張り、それで威力を逸らして『弾く』感覚に近い」
「なるほど。膜を張るんですね」
「ああ。極端な話、魔法をピンポイントで受けられるのならば、盾自体は小さくても良い。お前ほどの反射神経と動体視力があるならば、大型の盾よりも、小型のバックラーの方が向いているかもしれないな。ただ、お前のその大剣とバックラーは、あまり相性が良くない気がするが……」
悩む教官に対し、ルークは備品のバックラーを左腕に装備して見せた。
「教官、まずはその『魔法を弾く感覚』を身につけたいです。僕に魔法を撃ってみてもらえませんか?」
「よっしゃ! 任せておけ! 少し痛いかもしれんが、しっかり耐えろよ!」
教官がファイア・ボールを放つ。
ルークはバックラーを突き出したが、最初は膜を張るタイミングと角度がうまく掴めず、魔法の直撃を受けてしまった。
「熱っ!」
「おいおい、大丈夫か!?」
だが、二発、三発と受けるうちに、ルークはパパの結界魔法の構造を思い出し、盾への魔力コントロールを急激に最適化させていった。
「あ、わかりました。この角度で、こうですね」
パァンッ!
ルークが軽くバックラーを振るうと、教官の魔法が見事に斜め上へと弾き飛ばされた。
「おお! 筋がいいぞ! その感覚だ!」
ルークはおもむろに、グラウンドの隅に転がっていた『的』をいくつか持ってくると、教官に提案した。
「教官、的を何個か置いても良いですか?」
「ん? まあ構わんが、何に使うんだ?」
不思議がる教官をよそに、ルークは教官から数メートル離れた左右に一個ずつ、そして教官の頭上の少し離れた壁に一個、的を設置した。
「じゃあ教官、魔法を連発してください!」
「お、おいおい、いくら弾けるようになったからって無理はいかんぞ?――『ファイア・ボール』!」
放たれた3発のファイアーボール。
ルークはバックラーの角度を絶妙に調整し、魔法を右へと弾き飛ばした。
ドガンッ! と、右に置いた的に魔法が命中して粉砕される。
「え?」と教官が呆気にとられている間に、二発目、三発目がルークに着弾する。
ルークは踊るようなステップで魔法を迎え撃つと、今度は左へ、そして上へと魔法を弾き返した。
ドガンッ! ドガンッ!
見事に、残りの的にも教官の魔法が直撃し、粉々に吹き飛んだ。
「やりました! 弾く角度をコントロールすれば、敵が撃ってきた魔法を、別の敵に反射させられますね!」
ルークが無邪気に喜ぶ横で、教官は自分のすぐ隣にあった的が粉砕された事実を前に、顔面を蒼白にして足の震えを堪えていた。
(ば、馬鹿な……っ!?)
一般的に、盾で魔法を「弾く」というのは、盾に組み込まれた魔石の力で魔法の威力を強制的に『地面に拡散させる』ことを指す。
弾いた魔法の軌道をミリ単位でコントロールし、あろうことか『そのまま相手に跳ね返す』など、常人の魔力操作と動体視力では土台無理な話なのだ。
(こいつ……一体何者なんだ……!?)
教官が戦慄していることなど露知らず、ルークはさらに恐ろしいことを閃いていた。
(これ、工夫すれば敵の魔法をそのままの威力で打ち返すどころか……弾く瞬間に僕の魔力を同調させれば、威力を何倍にも増大させて打ち返せるんじゃないか?)
騎士の防御の概念を根本から覆す、あまりにも非常識な発想。
ブツブツと笑顔で恐ろしい仮説を立てている少年の横から、教官はまたしても生まれたての子牛のようにプルプルと震えながら、無言で訓練場を去っていった。




