第四十一話:いやな教官
――防衛戦から数年がたった。
十歳になったルークは、両親の元を離れ、王都にある『王立騎士養成学校』の訓練場に立っていた。
この世界における戦闘の常識は『魔法至上主義』である。
遠距離から広範囲を制圧できる魔法こそが絶対の力であり、かつて戦場の主役だった『剣術』は、今や貴族がたしなむ儀式用か、見栄えだけの舞踊のようなものへと成り下がっている。
魔力の高い貴族の子供たちは、エリートの集まりである『魔法学校』へ通う。
そして、魔力が少ない下級貴族や平民の子供たちは、この『騎士学校』へと入学する。
今の時代の騎士に求められる役割は、敵を斬ることではない。
魔法を弾く特殊な『魔石の盾』を構え、後方にいる魔法使いを守るための、いわば『動く肉盾』となることだった。
「いいかお前ら! 騎士の命は『盾』だ! 剣などという時代遅れの飾りはさっさと捨てろ! いかに敵の魔法を盾で受け流し、味方の術者を守り抜くか。それがお前たちの存在価値だ!」
筋骨隆々の教官が、新入生たちに向かって吠える。
平民出身として入学したルークも、他の生徒たちと同じように横一列に並んでいた。しかし、彼の背中には、周囲の生徒たちが持っているような『分厚い盾』はなく、代わりに彼の身の丈ほどもある『巨大な大剣』が背負われていた。
「おい、見ろよあいつ。盾を持たずに、あんなデカい剣を背負ってるぞ」
「バッカじゃないの? 今時、剣なんて儀式でしか使わないのに」
「平民だから、騎士の常識も知らないんだろ」
周囲の生徒たちから、クスクスと嘲笑の声が漏れる。
しかし、ルークは涼しい顔をしていた。自分の戦い方は、この世界では常識はずれであることを父と母による地獄の特訓で理解していたので、周囲の嘲笑などそよ風のようなものだ。
「おい、そこの盾を持たぬ馬鹿者! 前へ出ろ!」
教官が呆れたようにルークを指名した。
「初日からふざけているのか。剣なんぞで魔法が防げるわけがなかろう! 貴様には特別に、私の『初級魔法』をその体で味わわせてやる。剣が戦場では何の役にも立たないことを身をもって学べ!」
教官は意地悪な笑みを浮かべ、杖を構えた。
生徒たちが「あいつ死んだな」と哀れむように距離を取る中、ルークは「はい」と素直に頷ずいた。
「剣など戦場では役に立たん! 魔法防壁となる盾こそが騎士の命だ。それを今から身をもって教えてやる!」
そう吠える教官が、杖から強烈な『ファイア・ボール』を放った。
だが、ルークは慌てることなく、手にしていた支給品の訓練用木剣を無造作に振り抜いた。
パァンッ!
炎の球は、木剣に触れた瞬間にあっけなく霧散した。
三年もの間、父の作った『魔力を無効化する魔剣』で素振りを続けてきたルークは、自身の魔力と剣筋を完璧に同調させることで、ただの木剣であろうと魔剣の無効化能力を完全に『模倣』できるようになっていたのだ。
「なっ……!?」
面食らった教官だったが、すぐに咳払いをして余裕を装う。
「ふ、ふん。少しはやれるようだな。よかろう、ならば本当の戦いというものを教えてやろう。そんな木剣ではなく、自分の武器を持つがいい。
まさか背中のそのデカい剣は、ただの飾りじゃないよな?」
教官はそう挑発すると、全身を覆うような巨大な大盾と、取り回しの良い小ぶりのショートソードを構えた。
「これこそが、今の騎士の絶対的なスタイルだ」
ルークは頷き、背中の大剣をゆっくりと引き抜いた。数年前にセオドアが作ってくれた大剣は、成長したルークの身長に合わせてさらに巨大かつ重厚に作り直されている。そんな常識外れの鉄塊を、ルークは羽根のように軽々と片手で持ち上げた。
そして、静かに正眼に構える。
「おお……っ」
それを見た周囲の生徒たちから、自然と感嘆の声が漏れた。それほどまでにルークの立ち姿は洗練されており、一切の隙を感じさせない、恐ろしいほどに決まった構えだったのだ。
相対する教官も、思わずゴクリと喉を鳴らして冷や汗を流す。
「あ、安心しろ。この訓練場には強力な結界が張ってある。どんな攻撃を受けても死ぬことはないからな」
「はい! なら安心ですね!」
自分が相手を殺してしまう心配がないことに安堵し、ルークは無邪気に微笑んだ。
「行くぞ!」
試合開始の合図と共に、教官が大盾を前方に強く突き出した。シールドバッシュの要領で、盾の表面から見えない魔法の波動が弾丸のように繰り出される。
しかし、ルークは剣を振るまでもなく、ふわりとサイドステップを踏んでそれを躱した。
「え……!?」
「なんで当たらなかったんだ……?」
見ていた生徒たちは目を丸くする。ルークの動きがあまりにも速すぎたため、ただ波動が外れたようにしか見えなかったのだ。
「チッ……!」
教官はじりじりと歩みを進めながら、連続して魔法の波動を打ち出していく。しかし、そのすべてがルークに当たることはなく、教官の顔に次第に焦りの色が濃くなっていく。
「――行きます」
ルークが短く声をかけた瞬間。
ドガァッ!
地面に深くえぐれた足跡を残し、ルークの姿がブレた。
神速の踏み込みで一瞬にして教官の眼前に詰め寄ると、上段から下段へと、巨大な大剣を軽やかに振り抜く。
「――っ!?」
教官が反応するよりも早く。ルークの大剣は、絶対の防御を誇るはずの大盾をまるで紙切れのように真っ二つに引き裂いた。
さらにその余波の猛烈な剣圧は、教官の背後にある訓練場の頑丈な壁に、深く巨大な切れ目を一直線に刻み込んでいた。
「あ……、ああ……」
真っ二つになった盾の残骸を腕にぶら下げたまま、教官は腰から砕け落ち、言葉を発することすらできずに硬直する。
「うおおおおおおおおっ!!」
「す、すげええええええええっ!!」
訓練場は、度肝を抜かれた生徒たちの割れんばかりの大歓声に包まれた。




