第三十九話:鳥籠の少女
新女王アイリスの誕生は、驚くほどすんなりと国民に受け入れられた。
当初は、幼い辺境の王女が突然玉座に就くことに対し、反発する一部の貴族たちもいた。
しかしアイリスは、『千里眼』と生来の聡明さを活かし、前国王と一部の貴族たちの間にあった根深い癒着や不正を次々と明るみに出し、一掃してみせたのだ。
この鮮やかな手腕は民衆からの熱狂的な支持を集め、反対派の貴族たちも沈黙して彼女を認める他なかった。
政治の表舞台では、今回の立役者であるマクシミリアン公爵が宰相に就任し、手腕を振るっている。
しかし、アイリス自身の類まれな博識と勤勉さもあり、月日が経つにつれて、彼女自身が政務の重要な決断を下す場面が確実に増えてきていた。西のガルム帝国など、関係が悪化していた隣国との外交も、彼女の誠実な対応によって徐々に以前の良好な関係を取り戻しつつあった。
だが――
夜が更けて公務が終わると、アイリスは決まって深い孤独に包まれた。
以前の冷たい塔での生活に比べれば、衣食住のすべてが比べ物にならないほど贅沢になり、城内を歩き回る自由も得た。
それでも、彼女は以前よりも強い『孤独』を感じていた。
(ルーク様とお話ししたいな……)
アイリスは自室の窓辺から夜空を見上げ、小さくため息をつく。
一度、こっそりと通信の魔導具を使ってルークと話せないかと思案したこともあった。しかし、女王の私室や玉座の間、食堂などには、他国からの盗聴や悪意ある魔導具の使用を完全に防ぐための『極めて強力な妨害結界』が何重にも張り巡らされており、通常の通信魔導具は一切機能しなかったのだ。
以前は辺境の塔に囚われていた身が、今度は『王国』という巨大な鳥籠に囚われてしまったような感覚。
それでも、人々の不安や不満を自分の力で解消し、国を豊かにできることは、何よりも国民を愛するアイリスにとって確かな幸せであった。
数年の時が流れた。
たまに、ソフィアが王都での魔導具開発の合間に城へ遊びに来てくれることがあったが、そこにルークの姿はない。
ソフィアからルークの近況を聞くことはできたが、アイリスは直接、本人の声が聞きたかった。アイリスの『千里眼』をもってしても、遠方にいるルークの姿を覗き見ることはできなかった。
そんなある日。
ソフィアが、アイリスに一つのプレゼントを手渡した。
「これは……?」
「ふふっ。ルークが彫った、新しい木彫りの小鳥よ」
それは、数年前にルークが塔の窓越しにプレゼントしてくれた『木彫りの小鳥』と対になるような、美しい意匠の小鳥だった。
ソフィアによれば、ルークが精魂込めて彫り上げた木鳥の内部に、ソフィアが錬成した特殊な『魔石』をコアとして組み込んだ特製の魔導具なのだという。
「どのような効果がある魔導具なのですか?」
「それは秘密。夜が更けて、アイリス様が一人になったら……その子に話しかけてみてね」
ソフィアはいたずらっぽくウインクして帰っていった。
その日の深夜。
不思議に思いながらも、アイリスは寝る前に、二羽並べた木彫りの小鳥の新しい方へ向かってそっと話しかけた。
「……寂しいです。ルーク様に会いたい。お話が、したいです」
それは話しかけたというより、夜空への『お願い』のような呟きだった。
すると――コトリ、と。
動くはずのない木彫りの小鳥が首を傾げ、「チュンチュン」と可愛らしく鳴いたかと思うと、パタパタと翼を羽ばたかせ、開いていた窓から一直線に夜空へと飛び立ってしまったのだ。
「えっ!? あ、あの……!?」
アイリスは慌てて窓から身を乗り出したが、小鳥はすでに星空の彼方へ消えていた。
「……変わった魔導具ですね」
アイリスは首を傾げながら、その日は諦めて就寝した。
翌日。
アイリスはいつも通り、女王として休む間もなく大量の政務と勉強をこなす忙しい日々を送っていた。
すっかり魔導具の小鳥のことを忘れかけていた、月明かりの美しい夜。
自室に戻ったアイリスは、窓辺の机を見てハッと息を呑んだ。
昨日飛んでいってしまったはずの新しい小鳥が、数年前にルークがくれた古い小鳥のすぐ横に並んで、ちょこんと立っていたのだ。
「お帰りなさい。ふふっ……こうして並ぶと、まるで『つがい』みたいですね」
アイリスは、頬杖をついて二羽の小鳥を見つめた。
数年の時を経て少し大人びたとはいえ、一人の夜はただの恋する乙女である。アイリスの脳内で、年相応の妄想がどんどん膨らんでいく。
「こっちの古い小鳥がルーク様で、こっちの新しい小鳥が私……。ダメですよルーク様、こんな誰かが見ているかもしれない場所で、くちばしを寄せ合うだなんて……きゃーー、はしたないわよアイリス!」
一人で顔を真っ赤にして身悶えしていた、その時。
『ルーク』という名前に反応したのか。
ソフィアから貰った新しい小鳥が、トコトコと机の上を歩いて、アイリスの目の前までやってきた。
そして。
『――アイリス様。聞こえますか?』
「えっ……?」
アイリスの心臓が、大きく跳ねた。
小鳥のくちばしから発せられたのは、少し大人びて低くなったけれど、ずっとずっと聞きたくてたまらなかった……大好きな『ルーク』の声だったのだ。




