第三十六話:王国の王子たち
――王都、玉座の間
普段は威厳に満ちているはずのその空間は、今や重苦しい沈黙と絶望に支配されていた。
「第二王子、レオンが……死んだだ……?」
玉座に腰掛ける国王ヴィルヘルムの口から、掠れた声が漏れる。
床に平伏する伝令の兵士は、血と泥にまみれ、激しく震えながら報告を続けた。
「は、はいっ……! 事前の情報では、我が王国軍と同盟軍が合流し、西のガルム帝国を数で圧倒できるはずでした。レオン殿下の輝かしい初陣を飾るには、最適の布陣であると……」
「それが、何故だ! 何が起きたのだ!!」
ヴィルヘルムが怒声と共に立ち上がる。兵士はビクッと体を跳ねさせながら、絞り出すように答えた。
「い、いざ現地に赴き、陣を張った直後のことです。正面のガルム帝国軍だけでなく、合流したはずの同盟軍が、突如として北と南から我が軍に牙を剥きました……っ!」
「なっ……」
「完全に不意を突かれた三方からの包囲攻撃でした。近衛騎士たちは殿下だけでも逃がそうと盾陣を敷きましたが、敵の苛烈な魔法の集中砲火を浴び……殿下は、あえなく……」
ヴィルヘルムは、頭を強く殴られたような衝撃を受けてよろめいた。
第二王子レオンは、王が自らの後継者として手塩にかけて育ててきた、唯一の「まともな」王子だったのだ。
第一王子は、救いようのない愚息であった。
政務を放り出してはこっそりと城下へ下り、酒池肉林の大騒ぎを繰り返している。表立って口にこそ出さないが、貴族たちからも「あれは阿呆だ」と見限られており、次期国王に推す声など皆無である。
第三王子は、生まれつき体が弱く、一年の大半をベッドの上で過ごしている。公務や軍事をこなす体力など到底なく、王位を継ぐことなど不可能だ。
そして第四王子は、異端の宗教と黒魔術に狂い、自室に引きこもっている。国費を湯水のように浪費して怪しげな儀式や錬金術を繰り返す奇行の数々は、貴族たちから薄気味悪がられており、政治の表舞台に出せるような状態ではなかった。
だからこそ、ヴィルヘルムにとって第二王子のレオンだけが希望だった。彼に武功を立てさせ、確固たる地位を築かせようとした矢先の、この悲劇。
「……そ、そうだ。東のゼント王国はどうなった!? 辺境の忘却の城には、三千の軍勢が差し向けられたはずだ! アイリスは……あの目障りな娘は死んだのであろうな!?」
ヴィルヘルムは、せめてもの希望にすがるように尋ねた。
しかし、別の伝令から返ってきたのは、王の期待を完全に打ち砕く絶望的な報告であった。
「申し上げます! 東の防衛戦は……我が国の『大勝利』に終わりました!」
「は……? 防衛に、成功しただと?」
「はい! たった十数人の左遷兵の部隊でありながら、ゼント王国の三千の軍勢を一人残らず敗走せしめ、さらには敵の指揮官クラスの将校を数名、生け捕りにしたとの報告が入っております!!」
玉座の間にいるすべての文官や武将たちが、どよめいた。
三千の大軍を、たった十数人で無傷で退け、敵将まで捕らえたというのか。それは戦史に残る奇跡――いや、異常事態である。
「なぜだ……」
ヴィルヘルムは、糸が切れた操り人形のように、玉座へと力なく崩れ落ちた。
死んでほしい娘は生き残り、次期国王として生きてほしかった息子は死んだ。
「陛下、さらに芳しくないご報告がございます……」
重苦しい空気の中、今度は内政を司る文官が進み出た。
「西の敗戦と、同盟国の裏切りを知った我が国の魔導具研究者たちが、次々と他国へ亡命や、引き抜きが行われています! このままでは、我が国の魔導具産業は完全に立ち行かなくなります……っ!」
文官の悲痛な報告。
――しかし、もはやその声は、虚ろな目をして玉座に沈む国王の耳には届いていなかった。
(なぜだ。なぜ、こうなった……。余は、国を強固なものにするために、ただ正しい選択をしてきただけのはずだ)
ヴィルヘルムの頭の中には、後悔と疑問だけが渦巻いていた。
同盟国が裏切ったのも、魔導具の質が落ちてガルム帝国が見限ったのも、研究者たちが国を見捨てて逃げ出しているのも。
すべては、この国を支えていた『セオドアとソフィア』という絶対的な大黒柱を、彼自身が些細なプライドと嫉妬で追放してしまったことが根本の原因である。
しかし、愚かな王は未だに、自分が追い出した二人の重要性に微塵も気がついていなかったのである。




