第三十三話:圧倒的火力
完全に、怒りで我を失っていた。
背後でパパが僕に何かを叫んでいた気がする。だけど、もう止まれなかった。
十メートル以上ある城門を跳躍で飛び越えた先には、地平線を埋め尽くす無数の敵兵。
空から降ってきた小さな子供を前に、三千の兵士たちは唖然として動きを止めている。
(誰だ……? 誰が、あの塔を攻撃した?)
空中で視線を巡らせる。
はるか後方で、派手な兜を被ってふんぞり返っている偉そうな隊長か?
その横に並び、杖を構えているローブ姿の魔法使いたちか?
(……ああ、面倒だ。全員、斬り伏せてやればいい)
僕は空中で身を捻り、背後の城壁を思いきり足で蹴りつけた。
ドガァッ! という轟音と共に分厚い城壁に巨大なクレーター状のヒビが入り、その反発力を利用して、僕は砲弾のような凄まじい速度で敵陣の最奥へと一直線にカッ飛んだ。
「なっ!? 槍衾だ! 構えろ!!」
我に返った敵兵たちが、空中の僕に向けて無数の槍を突き出してくる。
僕は空中で身を躱し、大剣の腹で最小限の動きでそれらをいなす。後方の隊長がいる場所まであと十数メートル。空中からの飛距離だけでは届かない。
(着地点を開ける……!)
落下しながら、眼下の密集地帯へ向けて大剣を横薙ぎに一閃する。
凄まじい暴風のような剣圧が放たれ、着地点にいた数十人の敵兵が悲鳴を上げて吹き飛ばされた。
ポッカリと空いた空間に、音もなく着地する。
「ヒィッ……!?」
「ば、化け物……!」
いまだに呆然としている周囲の敵兵を完全に無視し、僕は一直線に後方の指揮官へと向かって地を蹴った。
敵の部隊長が慌てて兵をけしかけてくるが、肉体強化魔法で限界を超えた僕の目には、彼らの動きが止まって見えた。
(どうして……!)
迫り来る刃を最小限の動作で躱しながら、僕の胸を支配するのはどす黒い怒りと、悲しみだった。
(人々の安寧を祈り、小鳥と会話をするのが毎日の楽しみで……僕と同い年の彼女なら、もっと同じ歳の子たちと笑ってお喋りしたり、遊んだりしたいはずだろう……!)
彼女が一体、どんな罪を犯したと言うのだろう。
なぜ、あんな冷たい塔に一人で閉じ込められなければいけないのか。
無抵抗の女の子へ攻撃をしてきた敵兵への『怒り』と、アイリスをあそこに幽閉した何者かへの『怒り』が、僕の心を完全に支配していく。
小さな子供が戦場のど真ん中を駆けてくることに面食らい、攻撃を躊躇する兵士もいた。そんな者には目もくれず、ただ一直線に駆ける。
もちろん、相手が子供であろうと容赦なく立ち塞がる者もいる。
体は自然と動き、立ち塞がる者を力任せに斬り伏せていった。
僕が剣を振るうたびに巻き起こる猛烈な剣圧に、周囲の兵士たちが恐怖で身じろぎ、後退していく。
気がつくと、僕の周囲にはぽっかりと巨大な空間が空いていた。
兵たちが一斉に距離を取ったのだ。
「――放てェッ!!」
後方の魔法部隊が、一斉に魔法を発動させた。
前方から、無数の巨大な炎の玉が僕に向かって殺到してくる。僕は進行の角度を変えて躱そうとしたが、炎球はこちらの動きに合わせて不気味に軌道を変え、追尾してきた。
(なら、真っ直ぐ行くまでだ!)
パパが僕のために作ってくれたこの魔剣には、『切りつけた敵の魔力を無効化する』という機能が付与されている。
遠回りをやめた僕は、一直線に炎球の群れへと突っ込み、迫り来る炎を次々と大剣で切り裂いていった。
パチンッ、パチンッ! と。
恐ろしい熱量を持ったはずの炎球が、大剣に触れた瞬間にまるでシャボン玉のように呆気なく霧散していく。
そこからは、完全に一方的な展開だった。
敵の魔法部隊がパニックに陥りながら僕に集中攻撃を浴びせるが、僕は魔剣でそのすべてを無効化し続ける。そして、破壊された魔法の残滓は分厚い『土煙』となり、逆に僕の姿を覆い隠す完璧な煙幕となった。
「ど、どこに消えた!? あのガキはどこだ!!」
煙の中で、敵の指揮官が叫ぶ声が聞こえた。
――そして。
風が吹き、魔法の土煙が晴れた時。
視界が広がった先に転がっていたのは、すでに白目を剥いて討ち取られた敵の大将の姿と、残る魔法部隊へ向けて大剣を振り上げるルークの姿だった。
「ひっ……! た、隊長ォォォォッ!?」
大将を失い、敵陣の指揮系統が完全に崩壊する。
混乱が伝播する敵軍のさらに後方、城門付近でも異変が起きていた。
「そこを退きなさい。私の息子への道を開けなさいッ!」
ソフィアが、戦場を舞うようにくるくると回りながら、美しくも絶望的な威力の魔法を次々と放ち、敵兵を吹き飛ばしている。
そしてその魔法使いをぐるりと円陣で囲うように、護衛隊の面々が分厚い盾を構え、一人の敵兵も通さない鉄壁の防御を構築していた。
彼らはまさに一つの『移動要塞』となって、ルークの元へと一直線に進軍してきていたのだ。
大将を討たれ、前からは無敵の少年、後ろからは鉄壁の魔法部隊。
指揮系統を失った敵兵たちが、恐怖で完全に右往左往し始めた、その時。
――空が、赤黒く染まった。
『灰燼に帰せ』
城壁の上から、セオドアの冷徹な声が響き渡る。
単独で詠唱を完了させた【メテオフォール】。
雲を突き破り、頭上から燃え盛る無数の巨大な岩石が、左右に分断された敵兵たちの頭上へとピンポイントで降り注いだ。
ドゴォォォォォォォォォンッ!!!!!
天地を揺るがす轟音と業火が、戦場を舐め尽くす。
もはや戦いなどと呼べるものではなかった。
圧倒的で、理不尽すぎる暴力。
「逃げろォォォッ! あんなの勝てるわけがねえ!!」
「化け物だ! あそこは、化け物の巣窟だぁぁぁっ!!」
こうして、三千を誇ったゼント王国の先遣隊は。
開戦からわずか数十分で、一人残らず恐慌状態に陥り、蜘蛛の子を散らすように背走していったのである。




