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第三十話:ルークの肉体強化魔法

 パパの指導のもと、僕の『肉体強化魔法』の修行がスタートした。


 しかし、パパが城の書庫庫から引っ張り出してきた古い魔導書を読んで、僕は絶句することになった。そこに記されていた肉体強化魔法の体系は、僕が想像していたものとはあまりにもかけ離れていたからだ。


 まず、【初級】の肉体強化魔法。

 効果は『握力を少しだけ増やす』、あるいは『どんなにぶよぶよのお腹でも、見た目だけ腹筋が割れる』というもの。


 次に、【中級】。

 効果は『全身の見た目だけ筋肉バキバキになる』、そして『どんなに頭がツルツルでも一時的に髪が生えてくる』というもの。

 ……ちなみに、この『髪が生える魔法』だけは、現代でも血眼になって熱心に研究を続けている魔導士が少なからずいるらしい。気持ちは分からなくもない。


 そしてようやく、【上級】。

 ここで初めて『ジャンプ力が二倍くらいになる』『足が速くなる』『筋力が増す』といった、実戦で使えそうな効果が現れるのだ。


「なるほど……肉体強化魔法が衰退した理由がよく分かったよ」

 現存している初級・中級の魔法は、ほぼ『見た目を良くするため』のハリボテ魔法であり、実戦ではまったく役に立たない。


 そしてようやく実用レベルになる上級魔法の効果も、現代では魔導具(武器や防具)を使えば簡単に代用できてしまう程度のものなのだ。

 そりゃあ、燃費の悪い肉体強化魔法なんて誰も使わなくなるわけだ。


 とはいえ、修行のヒントはあった。

 魔導書に書かれている小難しい魔法の原理や術式は、僕の頭ではまったく理解できなかった。けれど、自分の中にある『魔力の流れ』を感じ取ることならできたのだ。


 強化したい部位に魔力を集中的に巡らせることで、そこが強化される。

 つまり、僕の膨大な魔力を『全身』に隙間なく巡らせて固定し続ければ、肉体全部が限界を超えて強化されるということだ。


「よし、やってみる!」

 しかし、言うは易く行うは難し。

 この『全身に均等に魔力を巡らせて維持する』という行為がとてつもなく難しく、僕は数日間にわたって悪戦苦闘することになった。


 一方その頃。

 肉体強化魔法は専門外だと言っていたパパも、僕を教えるために熱心に研究を始めていたのだが……。


「おお……! 素晴らしいな、これは」

 ある日の午後。僕がリビングに行くと、鏡の前でパパがうっとりとポーズを決めていた。

 国内で指折りの天才魔導士というだけあり、パパは専門外の肉体強化魔法(上級まで)をわずか数日で完全にマスターしてしまったのだ。


 問題は、その使い方である。

 最近少し抜け毛を気にしていたパパは、一時的な魔法の効果とはいえ、若かりし頃のような【ふさふさの髪の毛】と、中級魔法による【バキバキのシックスパック】を纏い、鏡の前で自分の姿を大層ご満悦な様子で眺め回していた。

 普段は威厳のあるパパの、あまり見たくない光景をみてしまった……。


「……パパ、何やってるの」


「おっとルーク! い、いや、これは術式の持続性のテストであってだな……」

 コホン、とわざとらしく咳払いをして誤魔化すパパをジト目でスルーし、僕は庭へと向かった。


 気がつけば、すっかり日が暮れかけていた。

 今日も失敗続きだったけれど、なんとなく感覚は掴めてきている。


「最後にもう一度だけ……集中だ」

 夕暮れの庭のど真ん中に立ち、目を閉じる。

 丹田の奥底に眠る、莫大で熱い魔力の塊。それを引きずり出し、血液に乗せるようなイメージで、指先から足の先まで、全身の細胞一つ一つに行き渡らせる。


 ――カチリ、と。

 自分の中で、何かのピースが完璧に噛み合った音がした。


「……できたっ!」

 目を開けると、僕の体は淡い光を帯びていた。

 成功だ。魔力が全身を均等にコーティングし、内側から凄まじい力が湧き上がってくる。

 試しに、手に持っていた木剣を軽く振ってみた。


 ブンッ――バキィッ!!


「えっ」

 空気を切り裂くというより、空気を叩き潰すような破裂音が鳴った直後。

 僕が振るったスピードと腕力に木剣の強度が耐えきれず、なんと振るう途中で木剣が木端微塵に砕け散ってしまったのだ。


「す、すごい……! じゃあ、走ってみたらどうなるんだ!?」

 テンションが上がった僕は、そのまま全速力で野原を駆け抜けてみた。


 ドゴォォォォンッ!!


「うわああああっ!?」

 一歩踏み出した瞬間、地面は抉れ、僕は砲弾のような速度でふっ飛んだ。


 凄まじい風圧と衝撃波が体を襲い、慌てて急ブレーキをかけると、足元の土が深くえぐれて巨大な轍《わだち》が出来上がっていた。


「ゲホッ、ゴホッ……」

 土煙の中から這い出した僕は、自分の姿を見て愕然とした。


 衝撃と風圧のせいで、お気に入りの靴は完全に底が抜け、服はボロボロの布切れへと成り果てていた。



「ル、ルーク!? その格好はどうしたの! まさか、森で上位の魔物にでも襲われたの!?」

 そのボロボロの姿のまま家に帰ると、ママが悲鳴を上げて飛んできた。


「違うんだママ、これは肉体強化魔法が成功して……あ、あれ?」


「ルーク、まさかお前……」

 騒ぎを聞きつけてやってきた髪がふさふさのパパが、呆れたような、困ったような顔で僕を見た。


「その魔法……『解除』の仕方は分かるのか?」


「…………あ」

 魔力を巡らせることに必死で、止める練習をまったくしていなかった。


 結果。

 少し動くだけで家の床や壁を破壊してしまう状態になった僕は、魔法の魔力が自然に切れるまで、夕飯の匂いが漂う中、三時間ほど一人ぽつんと庭の離れの物置に隔離される羽目になったのだった。

◆◆◆◇◇◇◆◆◆


 読んでいただきありがとうございます。


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