第二十八話:肉体強化魔法
朝、清々しい気分で目を覚ました僕は、リビングへと向かった。
「おはよう、パパ、ママ!」
「おはよう、ルーク。……そこに座りなさい」
パパの低く、妙に威圧感のある声。
見れば、腕を組んだパパと、にこやかだけれどどこか凄みのあるママが、ソファに並んで座っていた。
「昨日の夜、窓から抜け出してどこに行っていたの?」
ママの言葉に、僕は「ぎくぅっ!」と肩を揺らした。
バレていた。隠密行動には自信があったのだが、暗殺者騒動もあり、監視魔導具を設置していたらしい……さすがです。
観念した僕は、正直に昨夜の出来事を白状した。アイリスの誕生日を祝うために塔へ登り、木彫りの小鳥を渡してきたことまで、すべて。
「まぁ……っ! なんて素敵なの! あんな塔で誕生日も祝ってもらえないアイリス様を可哀想に思って、自分からお祝いに行ってあげるなんて……なんて尊くて、思いやりのある子なのかしら!」
「ソ、ソフィア! ここはしっかり怒らないといけないところだよ!?」
両手で頬を押さえてうっとりとするママに、パパが慌ててツッコミを入れる。
「第一、夜中に城に潜入して塔の外壁をよじ登るなんて、立派な不法侵入じゃないか!」
「あら、あなただって昔、私に対して今考えるとストーカー紛いのことしてたじゃないの」
「なっ!?」
(パパ……昔、いったい何をしたんだ……)
思わぬ暴露に、僕はジト目でパパを見た。
「ソ、ソフィア……! その件については散々謝ったじゃないか!」
「でも恋は障害が高ければ、高いほど盛り上がるものなのよ」
「いやしかし、彼女は……っ」
パパはそこで「おっと」という顔をして、ハッと口を閉ざした。
(彼女の……正体は一体……? やっぱり、すごく複雑な事情を抱えた貴族なんだろうな)
その後もしばらく、パパとママの「愛のあり方」についての醜い……いや、微笑ましい言い争いが続いた。
やがてコホンと咳払いをしたパパが、改めて僕に向き直った。
「……コホン。とにかく、今後は無断であの塔に行くのは禁止だ!」
「うぅ……はい」
「しかし……ソフィアの付き添いのもと、正面から行くのなら許可しよう」
「えっ!? ほんとに!?」
「ああ。アイリス様も、お前の訪問を喜んでくださっているようだからな」
パパの粋な計らいに、僕はガッツポーズをした。これからは堂々とアイリスに会いに行ける!
「それと、ルーク。お前は剣が得意だが……そろそろ、もう一度『魔法』も勉強してみないか?」
パパからの思いがけない提案に、僕は少しだけ表情を曇らせた。
以前、魔導具による再鑑定により『膨大な魔力』があることが判明した後、パパとママは僕に魔法を教えようとしてくれたことがあった。
けれど、何度練習しても、僕は火を起こしたり水を出したりする初級魔法すら使えなかった。誰もが日常的に使っている生活魔法でさえ、一切発動しなかったのだ。
魔力は、確かにあるらしい。でも、僕には『魔法の素質』が全く無いのかもしれない。
そう考えて落ち込んでしまった僕は、その悔しさを誤魔化すように、ひたすら体を動かす剣の特訓へと逃げ込んでいたのだ。
「……でもパパ、僕、前に全然ダメだったよ」
「魔法の系統にはいくつかあるんだ、ルーク。パパはね、お前のあの規格外の身体能力は、無意識のうちに己の魔力で体を強化しているからじゃないかと考えているんだよ」
パパの言葉に、僕はハッとした。
「サポート魔法である『肉体強化』の魔法なら、お前にも扱えるかもしれない」
「肉体強化……」
「ああ。ただ、この肉体強化の魔法というのは、今ではあまり盛んに研究されていなくてね。すでに失われた術式もあるくらいなんだ」
この世界では、魔法がすべて。日常の些細なことから戦闘に至るまで、何をするにも魔力を使う。
それは兵士たちが使う武具も例外ではない。この世界の武器や防具は、使う者の魔力を吸収し、切れ味が落ちないようにしたり、元の素材以上に硬く丈夫にしたり、あるいは相手の魔法効果を打ち消したりする機能を持っている。
「そういった魔力駆動の武具と、『肉体強化』の魔法は、すこぶる相性が悪いんだよ。両方に同時に魔力を注ぎ続けると、魔力の消費が激しすぎてすぐに倒れてしまう。いわゆる『燃費が悪い』状態だね」
だから、一般的な兵士や騎士は、魔法を使って自身の体を強化するよりも、自身の魔力を使って『魔導具である武器や防具の能力を上げる』方を選ぶ。そのほうが圧倒的にコストパフォーマンスが良いからだ。
「だが、ルーク。お前は違う」
パパの眼鏡の奥の瞳が、鋭く、期待に満ちた光を放った。
「お前の魔力量は、常人の枠を遥かに超えている。魔力喰いの強力な魔導具をフル稼働させても、まだ有り余るほどの魔力の海がお前の中にはあるんだ。……もし、その余剰魔力をすべて『肉体強化』に注ぎ込むことができたら」
――僕の身体能力は、今の何倍にも、何十倍にも跳ね上がる。
「やってみるかい? ルーク」
「……うん! やるよ、パパ!」
僕は身を乗り出して頷いた。
魔法が使えない落ちこぼれだと思っていた僕に、新たな可能性の光が差し込んだ瞬間だった。




