第二十七話:出会い
アイリスに贈るプレゼント。それは、僕が細部にまで徹底的にこだわって彫り上げた『木彫りの小鳥』だ。
前回の誕生日から、実に一年がかりで作り始めた力作である。完成に近づくにつれ、「若干リアル過ぎるのではないか?」という疑問も頭をよぎったが、もう止まれないんだ! と勢いで彫りきってしまった。
一年前には高くそびえる絶壁のように思われた城壁も、毎日の厳しい特訓の甲斐あってか、今では楽々と乗り越えることができた。
周囲に人影はない。
前世で観たスパイ映画の主人公のような身のこなしで、音もなく気配を殺し、アイリスが幽閉されている塔の真下まで静かに駆け寄る。
(……なんか、段々楽しくなってきたぞ!)
だが、いざ塔の最上階を見上げると、急に心臓がドクンと跳ね、少しの不安がこみ上げてきた。
懐から手彫りの小鳥を取り出し、月明かりの下で再び確認する。
ママは詳しい身分を教えてくれなかったが、おそらく高位の貴族であろうお嬢様が、こんな手彫りの木の人形なんかで喜んでくれるのだろうか……。
いつも小鳥と話しているからといって、鳥が好きとはかぎらないよな。虫と話せるからって虫のフィギュアをもらって嬉しいかと言われたら微妙だよな……。
(今なら、まだ引き返せるけど……)
うだうだと悩んでいると、遠くの方から「ザッ、ザッ」と規則正しい足音が聞こえてきた。護衛の巡回だ。
(もう決めたんだ! 男は度胸だ!)
僕は意を決し、静かに、一切の音を立てずに塔を登り始めた。
練習で登っていたゴツゴツした崖とは違い、塔の壁は白塗りで思いのほかツルツルしている。それでも、事前に確認していた通り、手や足をかけられそうな僅かな石の継ぎ目があったので、なんとか上まで登っていけそうだ。
スルスルと壁を這い上がり、見る見るうちに地面が遠ざかっていく。
あっという間に、最上階の窓の下へと辿り着いた。
(着いたけど……アイリス、起きてるのかな……)
もし寝ていたらどうしよう。窓をノックして、驚いて護衛とか呼ばれたらどうしよう……。
(ここまで来てうじうじ悩んでも仕方ない!)
僕は、なぜか震え始めた手で、そっと窓をノックした。
静かに、まるで小鳥が嘴で窓を叩くように、優しく。
コンコン……
少しの間を置いて、分厚いカーテンの隙間から、驚いたようなアイリスの顔が覗き込んだ。
(ああ、やっぱり綺麗だな……)
間近で見るアイリスの顔は、遠目で見ていた時よりもずっと繊細で、輝くように美しかった。
月明かりに照らされた彼女の姿が、まるで夢みたいにフワフワとして見えて――。
ズルッ。
「あっ」
見惚れていたせいで指先の力が抜け、僕の体が塔の壁から剥がれ落ちそうになる。
危ない! なんか急に気が抜けて眠くなってきちゃった……
バンッ!! と勢いよく窓が開き、アイリスが身を乗り出して、僕の腕をぎゅっと力強く握ってくれた。
少し冷たい、アイリスの小さな手。ひんやりしていて、なんだかとても気持ちがいい。
「あ、あ、あの……ルーク様、ですよね?」
戸惑いつつも声をかけてくる彼女の声は、鈴の音のようにとても澄んでいて素敵な声だった。
「あ、あの……初めまして、なのかな? セオドアとソフィアの息子のルークと言います。よろしくお願いします」
「し、知ってます! ソフィア様にはいつも良くしていただいております。アイリスと申します」
地上数十メートルの塔の最上階。窓にぶら下がったままの少年と、それを引っ張る美少女がお互いにペコリと挨拶を交わす。
客観的に見れば、とてつもなくシュールな光景だ。
「ルーク様……そ、それで。本日はなぜ、そのような不審者みたいな……?」
「た、大変失礼しました!」
僕は姿勢を立て直し、窓枠に片手で掴まりながら慌てて弁明した。
「あの、アイリス様は、今日がお誕生日だと聞きました。ぼ、僕も今日が誕生日で……その、アイリス様のお誕生日をお祝いしたくて。
たいしたものじゃないんですけど、プレゼントを持ってきました」
そして、懐から木彫りの鳥を取り出し、アイリスの小さな手のひらにそっと乗せる。
「その……いつも小鳥とお話されているのを見ていたので、鳥が好きなのかなって……」
僕が自信なさげに言うと、アイリスは目を丸くして手元の木彫りを見つめ、やがてパァッと花が咲くような笑みを浮かべた。
「ま、まあ……ルーク様! とても可愛らしい……私、すっごく嬉しいです! 大事に、大事にします!!」
「……! よかったぁ……」
アイリスの心からの喜びの声を聞いて、僕は心底安堵した。
窓越しに、二人で自然と笑顔で見つめ合い、くすくすと笑い合う。
――ドンドンッ!!
そのとき、アイリスの部屋の重厚な扉を強く叩く音が響いた。
『アイリス様!? 今、話し声が聞こえましたが、何かございましたか!?』
護衛の兵士の声だ。
(やば、少し騒ぎすぎた!)
「ア、アイリス様! ま、また会っていただけますか!?」
「ぜ、ぜひ! 何時でもいらしてください!!」
僕はアイリスの笑顔をしっかりと目に焼き付けると、猛スピードで塔の壁を駆け下り、夜の闇に紛れて城から脱出した。
自宅へと続く夜道を一人で歩きながら。
ダメだ、ついつい顔がニヤケてしまう。
さっきまで触れていた彼女の手のひんやりとした感触と、あのとびきりの笑顔が頭から離れない。
「きゃっほーーーーーーっ!!」
僕は誰もいない満月の夜空に向かって、思いきり大きな声を上げてしまうのだった。
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