第二十六話:作戦当日
「ルーク君、どうしたの? 突然立ち止まって」
高い城壁の上をじっと見つめている僕に、護衛隊の兵士の一人が不思議そうに声をかけてきた。
「んー……なんだか今、あの壁の上からすごくイヤな視線を感じたんだ」
「視線、かい?」
兵士が城壁の上を見上げるが、そこにはただ青空が広がっているだけで、人の姿など微塵もない。
(透明になる魔導具でも使っているのかな……。完全に姿は見えないけど、確かに『見られていた』感覚があった)
僕は念のため、訓練場の隅で兵士たちに魔法の指導をしていたパパの元へ駆け寄り、視線を感じたことを報告した。
「パパ。あの高い壁の上から、誰かに見られていた気がするんだ」
「……ほう」
パパは僕が指さした方角へ向けて、静かに手のひらをかざした。
目を閉じ、探知の魔力波を城壁からその外側へと広げていく。
「……なるほど。透明化の魔導具を使って巧妙に姿と気配を消しているようだが、壁の外側へ向かって、一人異常な速度で遠ざかっていく不審な者がいるな」
パパが目を開け、少しだけ険しい表情を作った。
「先日姿を消した暗殺部隊の件もある。王都からの偵察かもしれないな。皆、十分に注意しよう」
「「「はっ!」」」
パパの指示に、護衛隊の面々が力強く頷く。
王都の影が、確実にこの辺境の町まで迫りつつあるのを感じた。
そして、翌日。
今日はついに、僕の八歳の誕生日。
――あの塔に幽閉されている少女、アイリスの誕生日でもある。
(ついに、計画を実行に移す時が来た……!)
僕は自室のベッドの上で、一人静かに拳を握りしめていた。
計画とはアイリスの誕生日を祝いに、塔に登ることだ。
普通に考えれば、定期的に塔へ通っているママの後ろにくっついていけば簡単に会えるはずなのだが、そうはいかない事情があった。
『いいかい、ルーク。お前は絶対にあの塔の中へ入ってはならないよ』
パパからの、絶対の厳命である。
アイリスが何者なのか、僕はまだしらないが、訳ありの上位貴族だろう。
貴族のドロドロとした権力争いや、いざこざに関わらせたくない、という親心からの言葉だということは痛いほど分かっている。
だからこそ、僕はパパの言いつけを真正面から破るわけにはいかなかった。
(でも……『塔の中』に入らなければ、パパの言いつけを破ったことにはならないよね!)
塔の壁を外側から登って、窓越しに顔を合わせるだけなら「塔の中に入った」ことにはならない。
我ながら見事な屁理屈である。
前世の記憶があるとはいえ、今の僕はまだ七歳(今日から八歳)の子供なのだ。これくらいの屁理屈を捏ねても、子供の特権として許されるはずだ。……たぶん。
夜になり、我が家では僕の誕生会が開かれた。
ママとアンナが腕によりをかけたご馳走がテーブルに並び、パパからは新しい剣の指南書をプレゼントされた。
家族の温かい愛情をたっぷりと受け取り、お腹も心も満たされた僕は、とびきりの笑顔で言った。
「パパ、ママ、アンナ。今日は本当にありがとう! すっごく楽しかった!……それじゃあ、僕、もう眠いから寝るね。おやすみなさい!」
「あらあら、今日はいっぱい体を動かしたから眠いのね。おやすみなさい、ルーク」
「ああ。良い夢を見るんだぞ」
両親に手を振り、僕は自分の部屋へと戻った。
ドアを閉め、明かりを消してベッドに潜り込む。
……それから、数時間が経過した。
リビングの明かりが消え、パパとママが寝室へ向かう足音が聞こえた。
さらにしばらく待機し、家全体が完全な静寂に包まれたことを確認する。
「……よし」
僕は音もなくベッドから抜け出すと、動きやすい服に着替え、窓の鍵をそっと開けた。
「作戦決行だ!」
夜の闇の中へ、僕は一人、音もなく飛び出していった。




